泥沼拘泥
コハクは朝になったのを見計らって、シェイラのいる部屋に入った。既に警察には連絡し、待機してもらっている。
(はぁ…)
コハクからしても、何も感じないわけではなかった。恨みを買っていたとしても、正面からやり合うことならコハクは何も思わない。ただ、子どもにやらせたとすれば、その悪辣さにはやりきれない思いもある。
コハクはそんな事を考えていると、目の前にいる少女の姿に目を奪われた。
シェイラはベッドの上でじっと座っていた。この部屋にはいる前にあった気力は見る影もなく、目元にはくっきりとクマが浮かんでいる。そして、涙のせいか肌も荒れていて、髪はボサボサと乱れていた。
その痛ましい姿に動揺する心を押し殺して、コハクはシェイラを立たせた。
「もう警察は来たから…、罪をしっかり償いなさい」
そう言って、シェイラの手を引いて行こうとしたとき、シェイラはその瞳の中に憎悪の色を見せた。
「…償う? そういう貴方たちは潔白なの? みんな、…みんな嘘ばっかり! 都合がいい言い訳を口にしてるだけだよっ! あはは、だって罪のない人が恨みを買うわけない。…わ、私は、戻ってきたらまたやる…ねえ、それでも償え、なんて言うの? こ、殺したいなら殺してみれば…? きっと、それで帳消しされるよ…」
コハクは表情を消した。シェイラを無理やり引っ張って警察の車へと連れて行く。そこまでに、シェイラが何を言おうと耳にするつもりはなかった。
そして、シェイラを車に放り込んで、顔も見ずにひっそりと呟いた。
「……その考えは、何の意味もないのよ」
*
「うわぁ、キレてるよ…あれ」
その一部始終を見ていたリーナフェルトは、コハクの纏う緊張感に臆しながらも、ついそんなことを口にした。
「ねえ、一夜明けて落ち着いたって言ってたでしょ? もしかして、生意気過ぎて何か火をつけちゃったの?」
リーナフェルトは隣にいたヒスイへと視線を向けるが、ヒスイも首を振った。
「いや、シェイラはそんな人を刺激することを言うようには思えない…。少し関わっただけだから、確かとは言えないけど」
煮え切らない返事に、リーナフェルトは仕事に戻ることにした。
「じゃ、あとは任せて。治安の維持は警察の仕事だからさ」
*
「あははっ、全部壊れちゃえばいい。全部、…腐りきってるなら、そのほうが早いよ。誰も、私たちの悲痛に耳を貸さない。なら、訴えるしかないよ…誰もが注目するような方法で…。でも、君たちは許さないんだよね? 私たちから、抵抗の手段を奪おうとする…。ほら、私から父も母も奪ったように、私の口を塞がないの? それが、貴方たちの常套手段でしょ? あなたたちの決めた道徳や倫理なんて、何も守らない…」
リーナフェルトは調書をしながら、シェイラを観察していた。シェイラはまるで壊れた機械のようにとめどなく話し続けるが、端々で詰まったり、視線が揺れ動いたりしているのに気づいていた。
シェイラはそれを隠そうと、興奮したようにずっと話している。途中から、それまでの狂ったような皮が剥がれて、泣きながら自身を傷つけるように追い詰めている。
「貴方たちは…何もできなくて、私たち、頑張ったのに助けてくれなかった! バカっ! バカ! 貴方たちなんて嫌い! いやっ、…いや、ぃや……」
疲れて気絶するまで、自身を追い詰めていた少女に、リーナフェルトは毛布をかけてあげた。
(休んだところで…また、疲れ果てるまで、こんなことを続けるんだろうね)
リーナフェルトからすれば、こんな調書を取る必要はない。十一、か十二歳くらいの少女を罰する程、この事件は単純ではないが大きなものというわけでもない。どちらかといえば、“保護”の名目のほうが強い。
「それを伝えたら、余計に荒れそうだ」
そんな彼女を見ていると、リーナフェルトも気が滅入ってくる。そう思って、気を紛らわそうと携帯ゲームを懐から取り出した。
そうして、暫くするとシェイラが目を覚ます。
何かを口にしようとして、目の前の警察官が堂々とゲームをしている姿に唖然としていた。
「ん? 起きた。ゆっくりしてていいよ。そういえばご飯とか食べてないよね。カツ丼とか食べてみる?」
「……不良警官」
ぼそりと呟いたシェイラの言葉に、リーナフェルトは軽く笑う。
「いや、今日はそもそも非番だから。ただ、都合よく引っ張り出されただけで。このくらいは許してほしいな。ああ、君もやりたい?」
その言葉に、シェイラは首を振った。
「あんまり良く分からないけど、やり直すってことじゃ駄目なの? まあ、簡単に割り切れるものじゃないんだろうけど。自分を傷つけたって、なかなか死なないし、周りを困らせるだけ。だったら、罪を背負って過ちを償うほうが生産的だから」
「軽く言わないで! それで、捨てられるのならっ……こんなことになってないよ……」
シェイラは自分の惨めさを知りながらも、それをどうしようとも思えなかった。もし、命が蝋燭の火なら、それが自然に掻き消えてほしいと望んでしまうくらいに。
「はぁ…、思ったよりも傷が深そう。少し荒療治だけど、手を借りたほうがいいかな」
そう口にして、リーナフェルトはゲームを中断して、電話をかけることにした。




