心に秘めたナイフを
空が、赤色に燃えている。
人々が瓦礫の中で混乱して逃げ惑っていた。
慌てて家から飛び出し、行く宛も思いつかず外へと逃げていく。家財や、家族を背負って。
その背後から、紅蓮の火花が激しく爆ぜる。
子どもも、大人も、老人も、その目に恐怖の色が見えた。
目が虚ろな少女は己の手がまだ生暖かい血に濡れて、この景色が夢か幻のように思っていた。
どうして、私たちの手は誰かを抱きしめるのではなく、誰かに血を流させてしまうのだろう。その原因が、増悪でも恨みでも、利己的な欲望であっても……
胸を引き裂きそうな苦しみに襲われても、目をそらすことはできなかった。ただ、背けてはならないと、涙交じりに直感していた。
シェイラは、その場に力無く崩れ落ちる。
人が願うように生きることを許されないのなら、何故私たちはこの世界に生まれてきたのだろう?
*
「家に泊めてほしい? 随分と、急な頼み事だな…」
数日前、シェイラはヒスイの家を訪れ、家に泊めてほしいと押しかけた。
「少しの間だけでいい…、今は家に居場所がないから。必要なら、……何でもするから」
ヒスイは、シェイラに事情を聞くことなく部屋を貸すことにした。
「お金は必要ない。物置部屋があるから…うん、掃除をするから待ってくれるか?」
リビングから出ていったヒスイを確認して、シェイラは周囲を観察することにした。
その内装に派手さはなく、花瓶の中に生けられた花や写真立て、敷かれた絨毯などに生活感を感じる。
(でも、誰かが幸せに暮らすために、首領も、みんなも、不幸になった)
シェイラが刃を握る理由はそれだけで十分だった。
何かの恨みや怒りなんて湧き上がらない。
ただ、目の前で誰の目にも触れられず、ひっそりと支え合って生き延びた“家族”のようなみんなの痛みをずっと見てきたからだ。
それが正しいとか、間違いとかは関係ない。
それが確かにあって、そのために苦しんできたことを、何よりも身近で知っている。
(父や母も、そのせいで全てを失った)
顔も覚えていない両親。
シェイラだけを生かして、結界に拒まれて、今も荒野を魂が行く宛もなく彷徨っているのだろうか?
(なら、私たちの邪魔をさせない!)
けれど、非力なシェイラにとってヒスイのようなしっかりとした体格の大人を倒すことは難しい。
だから、機会を窺うことにした。
相手が油断して、抵抗する間もなく命を奪えるように。




