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四星:ジェネラルブラッド  作者: 徘徊猫


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4/5

雨の中の灯火

 (あっ、今日はヒスイさんの家に行く日だ)

 寝ぼけた思考をはっきりさせたのはそんな言葉だった。口元がにまにまして、心地よいリズムが止まらない。

 こんな幸せなことあっていいんだろうか、とさえ思う。


 「おはようイロハちゃん、今日はいつになく嬉しそうだね」

 「うん、! そうですね。いい日だからかもしれません」

 ぎくしゃくとした人形のようにぎこちない返事を返すと、声をかけてきた研究者は微笑ましそうに笑った。


 「……でも、こういう浮かれるような日には危険もやってくるから、気をつけてね」

 「はい、甘い言葉を口にする人にはついていきません」

 笑顔で答えた後に、あれ? と少しだけ首を傾げた。

 (そういう意味だと、ヒスイさんやコハクさんもそうなる? でも、二人はいい人だから、そんなことない、から?)


 ぐるぐると論理が往復して、何か必要なものが見つからない。

 「どうかしたの?」

 「ううん、何も」

 目の前に人がいることを思い出して、その場を慌ててあとにした。恥ずかしくて頬が赤くなる。

 「ちゃっ、ちゃんとしないと!」

 姉妹たちが見つめるなかで、イロハは宣言した。


 *


 外に出て道を歩きながら、イロハは混乱している思考に理由を求める。

 (風邪かな? でも、それならみんなが言うから……)

 食欲は変わらない、睡眠は少しいつもより早く済ませたし、昨夜まではなんともなかった。

 (……やっぱり、最近ヒスイさんもコハクさんも私に甘いから? やっぱり甘いものばかりだと、虫歯になるんだ…)

 イロハは小さい頃に抜いた虫歯を思い出す。虫歯は痛い。痛いのは嫌い。嫌いだし、抜けた後が間抜けっぽくて嫌だった。

 その時の抜く様子に至っては……院長のデジタルアーカイブ傑作選(全て永久保存)に収録されているほどの……イロハにとっての黒歴史というものだった。

 振り払おうと思えば思うだけ、イロハを身悶えに陥らせる。


 (どうしよう……善意だろうから、やめてなんて言えない)

 それに嫌でもない、というのがイロハの本音だった。

 (これはあの人たちが特別なだけ、あの人たちが特別なだけ……そうじゃなきゃ、なんで他の姉妹は助からなかったんだろう)

 イロハは初めて太陽の光を見た時のことを思い出す。差し込む光から最初に現れたのは銃を構えた兵士だった。

 彼らは生き残ったイロハたちを保護して、治療院へと送った。そこはイロハたちのセーフティーハウスで、いるべきところ……この社会で与えられた居場所だった。

 (私たちは価値があるから生きていける。だって、コピーなんだから。そのために生まれたんだから。でも、私たちは他の人の命を救える。そして救われた人は社会に戻る。そうして、循環の中に私たちはいる)

 ちくちくと刺さる感覚を確かめて、胸の上に置いた手から心臓の音を聞く。

 (恩を返そう。いっぱい、精一杯。あの人たちの傷は私の傷。私が役に立てるのなら、あの人たちの背負うものを小さくしよう。今は無理でも、いつか)

 少しだけ鼓動が落ち着いてきて、大きく深呼吸をした。

 「そうだ、お土産買おうかな。いつもお世話になって申し訳ないから。……うーん、何がいいんでしょう」

 商業地域に並ぶ店舗を一つ一つ確認しながら、イロハはヒスイの家へと向かった。


 *


 「イロハ、遅いな」

 ヒスイは料理を準備しながら、彼女が来るのを待っていた。くつくつと牛すじが柔らかくなるまで煮たビーフシチューの鍋をかき混ぜながら呟く。

 「アタシが見てこようか?」

 「そうだな、遅いと心配だし…」


 コハクが外に出ていったあと、ヒスイは味見をして火を止めた。

 「こんなもんかな」

 少し甘めの味付けはマイルドなコクを際立たせて、他の人参やじゃがいもの甘みを深めてくれるだろう。

 キッチンから席を外して、ヒスイは少し休むことにした。

 (……ここ最近はなんだかんだで忙しいな)

 それが嫌というわけではない。むしろ、そういった日々が充実感を与えている。それは些細で、確かに幸福なものであると知っているから。誰かの役に立つというほど大きなものではなく、けれど確かに周囲の人たちに伝わっていくような有意義な時間。

 そうして日常に追われながら、一日を終えていく。

 この日常が四人の力によって支えられているものだということを忘れてしまいそうになる。


 (いや、違う。多くの人が日常を支えている。特に、イロハのような人によって…)

 結果をもたらしたのは四人だった。しかし、それまでにも多くの人たちがそれぞれの領域を守り、支えていた。それが利益であっても、契約であっても……

 (だからといって、善意を放棄していい理由にはならない。それを失えば……思いやる心がなければ、俺は生きているはずがない)

 師匠がいるから今がある。

 師匠が無条件でヒスイの居場所を与えてくれた。

 かつての限られた食事を分け合った光景を思い返す。誰もお腹は満たされなかったはずだ。けれど、不思議と充実感があった。これからも幸せな日々が続くという理由もない希望があった。

 (今だって、特に変わらないかもしれないな。一食を得るために日夜稼いで、少しの余裕を分かち合う。そんな、贅沢で平凡な一日が)


 *


 暫くすると、玄関ががらがらと開く音が聞こえた。

 ヒスイが玄関まで向かうと、


 「すみません、つい遅くなってしまって…」

 少し大きめの袋を手に下げて、イロハはやってきた。

 「はぁ…この子ね、あんまりにも考えずに歩き回ったから、ショッピングモールの出口がわからずに迷ってたのよ〜」

 コハクは玄関を閉めて、からかうような笑みをした。イロハは真っ赤になりながら、何かを呻いている。

 「そうか…うん、その冒険はぜひとも聞かせてもらおう」

 「ぅ…ぁぁっ、穴があったら入りたいぃ…」

 イロハを迎え入れて、ビーフシチューを振る舞う。イロハが持ってきてくれたお土産……少し、かなり甘いチョコを口に入れながら、ヒスイはお茶を啜っていた。

 その様子を見たコハクがまた意味深な笑みをし、それに気づいたヒスイが露骨に嫌そうな表情を見せた。イロハはそれをにこにこしながら、楽しそうに過ごしている。


 外では雨が降り、全てのものを許すように一家一家の灯火が暗い世界を照らしていた。

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