とある執筆家のインタビュー
おっさん、とレックから呼ばれる男は今、何故か市長の庁舎でお茶を飲んでいた。手をガクガクと振るわせながら、高そうなお茶に口をつけているが、緊張で味も香りも分からない。
「失礼、あまり口に合わなかっただろうか?」
「い、いえ。あまりこういうのには飲み慣れなくて…」
申し訳ないが、飲んで零すよりはマシだと、淹れたての紅茶をひとまず机の上へと置いた。
ここまで震えるのも仕方ないことだと、おっさんは考えていた。
目の前にいる裁定官ブリューゲル・フォルクハイムの威圧感と冷ややかな雰囲気は常に緊張感を生み出す。特に、洗練された一挙一動を見ると、粗暴な自分が恥ずかしくもなってくる。
「君の著作は知っている。『勇者至言』は良い作品だ」
その言葉におっさんの顔が上がったが、またすぐに顔を俯かせた。
「いえ……あれは、そのままを載せてるだけですから。別に善人ぶりたいわけじゃないんですが、大半は何処かの施設への支援として出してるんです。自分なんかがあの人をダシにして稼ぐだけだなんて、そんな恥知らずな真似はしたくなくてな…」
生活費や諸経費等として必要な分はもらって、他は募金や支援に使うことを決めていた。後ろめたい思いをしてまで、儲けたいとは思えなかった。それはきっと、あの戦場でついていけなかった自分には、それで稼いだ金を自身のちっぽけな欲望を埋めることに虚しさを感じたからだ。
「それは間違いなく、貴殿の高潔さを示している。とはいえ、私の言葉など残すに値するものはないだろう」
その言葉に、後ろに待機していた女性……生真面目そうな様子からすると秘書か、何かだろうか……が、ぴくりと反応した。
「このように、私は自身を語るのに向いていない。あの男はよく市民に応えて凱旋をしていたが、私はあくまでも裏方で影から支える人間だ。そのような者の言葉より、私としては市長のインタビューを勧めるがどうだろうか?」
「そんな卑下しないでください、ブリューゲル議長! 議長の言葉は金言に勝ります。……あくまで説諭なので、色々と手続きは必要かもしれませんが、必要なら私が何とかしてきましょう!」
ついに耐えられなくなったのか、後ろの女性が声を上げた。
その言葉に、ブリューゲルは極めて理性的に受け答えた。
「ノエル君、貴殿には自身の仕事もある。その働きを評価しているが、このためにより忙しくする必要はない。今日は休暇を取ってまでここに来ているだろう。裁定官の仕事は私情を排するからこそ、私生活ではそれを取り戻すべきだと私は考える」
「……わ、私にとっては価値のあることなんです。それこそ、家でじっとしているよりも…」
「そうか。だが、身体はしっかり休めるべきだ。そのあたり、君は無頓着だろう。自身をいたわってほしい。我々の仕事に過ちは許されないのだから」
その一言でノエルは頬を紅潮させ、顔を俯かせた。
「……! ……はい、しっかり気に留めておきます…」
なんだかんだで話はまとまり、おっさんは満足ができそうな仕事にほっこりしていた。
*
庁舎を歩いていると、外では市長……とはいっても、あの明るい少女であるミシェルが二人の男とともに銃を持ちながら談笑していた。
一人は老齢の男性で、紳士的な身嗜みや所作をしていた。
もう一人も老齢ではあるが、快活さが前面にあり、服の上からでも筋肉が浮かび上がる。その笑い声はやけに響き渡り、おっさんにかつての時代を思い起こさせた。
「何やってんだ、あのジジイ…」
「聞こえておるぞ! 誰じゃ、ジジイなどと─」
思わず呟いた言葉を、地獄耳でキャッチされ視線がこちらへと向けられた。
「俺だ、だからその銃を下ろしてくれ。というか、庁舎で何で射撃場があるんだよ?」
堂々と姿を現すと、老人はグイグイと距離を詰め叱責するくらいの声量を出す。
「ワシのことは隊長と呼べ、隊長とな!」
「もう隊から抜けてんだから、隊長と呼ぶ必要はないだろ」
「かーっ、お主を除籍などしておらんわ。そもそも、お主は勝手に軍から抜けただけではないか」
「軍抜けてんだから、隊も除籍されるのが普通だろ…」
「そもそも我ら昔日大隊は──」
隊長が語り始めようとしたとき、紳士的な老人が隊長を止めた。
「思い出話をするなら他所でやってくれ。ああ、君を責めてる訳では無い。コイツの話は長いからな。遅ればせながら、私はオズワルド。ミッセルお嬢様の執事でございます」
そう言って、オズワルドはおっさんに向かって丁寧な礼をした。
「そうだよ、隊長さん。私の訓練に付き合ってくれるはずだったよね」
「ちっ、こんなときでなければ規律をたたき込んでやったものを…。そもそも、あの本はなんだ。『勇者』? そんな華美な意味合いで形容するではないわ! 『勇者』とはっ!」
「いいから静かにしてくれ、ここは軍の駐屯地ではないのだからな」
「……今度会ったときは覚えておけよ?」
そう言って、隊長はオズワルドに引き摺られていった。
「ふふっ、隊長さんはやっぱり面白い」
その様子を見て、ミシェルは笑っていた。
「その、失礼ですが何故庁舎に射撃場が?」
「そんなにかしこまらなくていいよ。公の場でもないんだから…って、公共の場だったね」
ミシェルは軽く受け答える。
「ここにあるのは、うん、ブリューゲルが用意してくれたの。この庁舎には非常時に長く耐えられるように色々な細工がされていてね。その大半の仕掛けが彼の仕業によるものなの。だから、変なとこは触らないでよ?」
ミシェルは何かを考える素振りを見せたあと、ぽん、と思いついたように語り始めた。
「そう言えば、君を治療院のパーティーで見かけた気がする」
おっさんは自身がどんな仕事をしているかを簡単に語ると、ミシェルはうんうん、と楽しそうに頷いた。
「へえ、ならお父さんの…父の日記があるから、それを本にしたりできる?」
その表情には曇りは見せないが、何かしらの想いが秘められている。
「どういったものか、まず見てから決めないといけませんが……おそらくできると思いますよ」
「そう! なら、良かった。父の遺物は取ってあるけど、そのまま埋もれたままにするのも勿体ないなって思ってたから。博物館に寄贈しても、大半は公開されないだろうからね。黎明期の都市で活躍した人の記録なんて、もうあまり掘り返さないでしょ? だから、本にできないかなって思ってたの」
「ただ、本にする、ということは編集するということでもあります。ありのままではなく、加工されてもいいんですか? 俺としては、貴方の意見を参考にさせてもらいますが」
とはいえ、採算に見合う形でなければ、個人としては難しい。売れる見込みはあるし、それを押し通そうと思うが、それを一介の執筆家に任されるべき仕事かといえば分からない。
「いいよ。好きに書いても。私だって、父の全てを知ってるわけじゃないから。だから、こういう機会でもないと振り返られないよね。私としては、その機会のほうが大事だから……まあ、いい加減に書いてたらブリューゲルが黙ってないかもしれないね?」
無邪気に笑うミシェルに、おっさんも自然と笑いがこみ上げてきた。
「任せてくれ。そもそも、俺に書く資格があるだとか、その一線は既に超えてる。なら、泥も栄誉も俺が被ることに躊躇うつもりはない。やってやろう、その依頼を!」




