祝賀会 その3
ミシェルが去った後、ふと気付いたかのようにレックがフィルモニアに尋ねた。
「そう言えば、なんでフィルモニア様は身を隠してたんだ? 英雄なら、堂々としてても問題ないだろ?」
「それは、ブリューゲルに言われたからだよ。『治癒者の狂信者たちは社会的な危険分子となる』って…。ほら、ミシェルが市長の話をしてくれたよね。わたしがすぐに身を隠したのは、市長が市民たちから支持されるようにするためだよ。セツナが言うには、『求心力』があり過ぎるんだって。太陽だって、二つあったら混乱しちゃうから。そういうことだよ」
コハクはフィルモニアの話を聞いて怪訝な表情をした。
「人の言葉をホイホイと信用していいの? アンタの意思はどうなのよ」
「わたしも合理的だと思ったから。表舞台はあまり得意じゃない…。それなら、聖血の運営を任せた方が多くの人にとって良いはずだよ」
「ふうん、それは今回の事件も? セツナに良いように乗せられたんじゃない?」
「コハクちゃん。セツナは…やりたいことはやるけど、必要でなければやらないよ。特に、無意味な事件を生み出そうとはしないから…」
フィルモニアは、コハクがセツナに対して抱く警戒心を少しでも緩めてあげようと、セツナについて話し始めた。
「セツナは『人の足掻く様を見ること』が好きだって言ってた」
「戻ってきたら、うちの話を始めてるの?」
セツナはいつの間にか会話に割って入ってきた。
「アンタの目的は何かって話よ」
コハクが少し不機嫌そうに言う。
しかし、セツナはその様子に気にした様子もなく、コハクの疑問に答える。
「ふうん、別に君たちにとって面白いものでもないと思うよ? うちが望むのはたった一つだけ。それ以外は全部些事に過ぎないし、興味もない。必要だから、やるの」
「それが、人が必死に頑張ってるのを上から見下ろすなんて、本当にいい趣味してるわね。でも、そんなに力を入れてアンタが何をしようとしてるかは知らないけど、無意味になることもあるんじゃない?」
「砕け散ったら、その程度のもの。でも、確かにそれまでの軌跡が流星のように輝きを放つ。そして、砕け散った瞬間には一度限りの閃光が爆ぜるの!」
セツナの語りには異様な熱を孕んでいた。
何処までも破滅の香りが湧き出て漂うように。
「そんな怖い顔しないでよ、コハクちゃん」
「なら、そんな願望は捨てることね」
「でも、それを選ぶのは誰の意志でもない。だから、あくまでもうちの願いだよ。まあ、結局ぽっくり死んでも、穏やかに死んでも構わないけどね。どうせなら、激しく燃え尽きるのを見たいって思うのはそんなに悪いこと?」
セツナはコハクを弄ぶのを楽しんでいるようだった。
「やっぱり、コハクちゃんは弟弟子が可愛くて仕方ないんだね」とひっそり呟いて。
それが聞こえていたとしても、コハクは反応を示さないで、セツナを睨む。
「少なくとも、人の破滅を願うようなことは善ではないわ」
「でも、よほど健全だよ。純粋に、その光景を見たいだけだから」
悪びれもなく語るセツナに、コハクは少しずつ怒りが抑えられなくなっていた。
「だから質が悪いって話よ! その時になったら、手を差し伸べないってことよね。そんな人間に、信頼を寄せられると思う?!」
「落ち着いてくれ、コハク」
「チッ、……なんでよりにもよってヒスイに目を向けたのよ」
「ヒスイ君なら、勇者とは違うことをしてくれそうだから。勇者を超える人間は現れない。それは絶対だとうちは直感してる。というか、アレは目指してなれるものじゃない」
はぁ、とセツナは残念がる身振りをした。
「あの勇者っていうのは、多くの偉業を為してきた。彼が水際で止めなければ、世界は間違いなく既に滅んでいたから。でも、同時に勇者を代償として失ったことで、瘴気を打倒するための力を失ってしまった」
「問題なのは、二度と勇者を超える人間は現れないこと。ほら、伝説とかで聖剣とか出てくるけど量産はできないよね?
そういうこと。彼には、フィルモニアみたいな特別な力もブリューゲルのような知恵もなかった。もしかしたら量産のうちの一本が伝説という物語を生み出したのかもしれないけど、アレには、それができてしまった。理屈は聞かないでね、うちにも分からないから。
でも、アレは比類ない眩い光だった。その殞落も凄まじいものだったけど、まだその輝きは残日のように輝いてる。うちも含めて、あの光に目を奪われたんだ…」
その光を思い出したからか、セツナは笑みを深める。まるで、何かを確信しているかのように。
「だから、ヒスイ君。君には、君だけの鮮烈な瞬間を見せてほしい。
全てを投げ売って、砕け散るつもりでぶつかってよ。
“覚えておいてね?”」
アッハハ、とセツナは笑って去っていった。
その後ろ姿を見送った後、コハクは真剣な表情でヒスイに警告をした。
「ヒスイ、よく覚えておきなさい。あの女は誰よりも利己的なのよ。…だから、せめて協力するときは用心しなさい」
コハクの言葉にヒスイは頷いた。
コハクが禁止しようとしなかったのは、ヒスイの意志を尊重しているからだろう。そして、警告をしたとしてもヒスイは一歩を踏み出すと知っている。
そして、セツナは絶妙な一手で背中を押すのだろう。
*
その剣呑な雰囲気に、イロハはうろたえていた。
(険悪な雰囲気になっちゃった…、折角のパーティーなのに。どうにかできないかな?)
それを安心させるかのように、フィルモニアはイロハの肩を叩いた。任せて、というように。
「ごめんね…、セツナは遠慮しない人だから。良ければ口直しに、わたしの飴でも舐める?」
そう言って、フィルモニアは幾つか飴玉を取り出した。コハク、ヒスイ、レックはそれぞれ別の色の飴玉を選んで、口に入れる。
「……ん?」
「これは…」
「うぇっ、なにコレ…」
レックは沈黙し、ヒスイは目を瞑り、コハクは苦虫でも噛み潰したような顔をしていた。共通したのはこの一言──
(((不味い)))
糖によってまとまった飴は、甘さよりも苦味とえぐみ、諸々のバランスが味覚を刺激し、もはや草を直接食べているかのような風味が体を突き抜け、少し悪寒もする。
「ねぇ…これなに?」
フィルモニアは自身も飴を舐めながら、懐からメモ帳を取り出して材料を口にして言った。生薬の材料を次々と…
おそらく一つ一つなら問題ないであろうそれらが、ぎゅっと一つの飴玉に濃縮されたような…上澄みの上澄みのような高濃度の塊が喉と舌に襲いかかり、なんなら舌がピリピリする気がする。
「健康にいいし、不調を整えてくれるよ。欲しかったら、いつでも言ってね」
「アンタ、これ、不味くないの?」
「え? …不味いの?」
フィルモニアは心底驚いたように目をぱちくりと開いた。
「……じゃあ、これ飲む? これも良いものだから」
そう言って、フィルモニアは持っていた水筒からカップに並々と何かの液体を注いだ。
「今度は何?」
「りんご酢だよ。ほら、ぐいっと…」
フィルモニアはコップ一杯に並々と注がれたりんご酢を注がれた分躊躇いなく飲んだ。明らかに適量を超えた…本人が魔改造していてもおかしくない代物を。コハクは危険を感じて身を引いたが、それに気づいたフィルモニアが悲しそうな表情をしたのを見て、少し心が揺らいだ。
「……アタシはいいわ。ほら、アンタが飲みなさいよ」
「勘弁してくれ、ここに来てまで美味しい料理を見逃したくない! せめて、いい思い出にさせてくれ。こんな罰ゲームみたいな終わり、オレは嫌だぞ!」
二人で言い争っている間に、ヒスイはひっそりと抜けてイロハの隣に向かった。
「に、賑やかですね…」
「…そうだな。イロハは好きなのか? りんご酢」
「…私は甘い方が好きなので」
結局、ドタバタとした後、二人に困惑したままのフィルモニアからりんご酢を受け取って、院長が飲み干した。
「…き、君たち。私の犠牲をムダにはしないでくれ。あと、ダウンした私の代わりにビデオを、頼む…」
そう言って、一人の犠牲でこの珍事は収められた。




