祝賀会 その2
「そうね…、いつぶりかしら。随分と昔のことだから、いつだったか忘れたわ」
コハクの答えに、フィルモニアは気にした様子もなく柔らかな笑みを見せる。
「それはしかたないかも…、だってヒスイ君の心臓を移植した日だったから」
その言葉に、ヒスイは驚いて瞳を大きく開ける。
「ヒスイさんの、心臓? 定期検診はさせてもらっていましたけど、特別なものなんですか?」
イロハは不思議そうにヒスイの心臓の位置するところを見つめて、首を傾げる。
「うーん、特別かといえば…世界に一つしか存在しないから、特別とは言えると思うよ。だって、わたしの血とブリューゲルの賢者の石、白花の術と……あの人は力を分け与えた? よく分からない…。でも、もう二度と『誰にも再現はできないもの』って、ブリューゲルから聞いたよ」
「はぁ…それ、製作者もどんなものか把握してるのかしらね? ま、それが今もヒスイを生かしてるとこは評価するけど」
コハクは得体のしれないものを弟弟子の身体の中に入れるな、とは思ったものの、それがなければヒスイがここまで生きてこられなかったことを思うと追求するつもりは湧かなかった。
「ね、何してるの?」
そんな話をしていると、横から突然ミシェルが割り込んできた。
「こーんなに、面白そうな人たちが集まってるのに、私が登場しないのはもったいないよね! それで、楽しい話でもしてたの?」
ミシェルは瞳を輝かせたまま、ヒスイの話を聞いた。そして聞き終わると、ヒスイの胸に直接耳を近づけた。
「ふうん、普通の人と鼓動は変わんないね。でも、再現できないのがネックだよね。もしできれば、医療技術はもっと進歩したのに…少し残念」
「へえ。市長らしい倫理観もあるのね、ミシェル。もっとお転婆だと思ってたわ」
「ふふん、これでもお嬢様なんだよ? マナーくらいワル爺から叩き込まれてるから! ああ、ごめんね。でも、この超絶美少女に免じてさっきのことは見逃してよ」
ミシェルは手を挙げてヒスイに断りもなく接触した事を謝りつつも、てへっ、と誤魔化すようにウインクをした。
「いや、別に気にしてはいない…」
内心少し驚きつつも、ヒスイは目の前の少女が市長であることにも混乱していた。
「あ、その目は私が頼りなさそうって目だね。でも、安心してよ。私が頼りなくたって、ここには凄い人たちがたくさんいるでしょ? 怪我をしたらフィルモニアさんに、困りごとがあればブリューゲルにでも聞けばいいんだからさ」
「それ、随分と贅沢よ」
ミシェルは少し首を傾げて、ああ、と納得した。
「ブリューゲルは意外と聞けば答えてはくれるよ。ただ、答えのないことには『自分で考えるといい』って返されるけど。まあ、全部に答えられるのならブリューゲル一人でも何とかなるはずだし。じゃなきゃ、私は市長にならなかっただろうからね」
ねえ、私がなんで市長をしてるのか聞きたい?
ミシェルは言外にそんな空気を放っていた。
まるで散歩に行きたいと全身で訴えかける子犬のように。
「よし、じゃあお父さん…初代市長ルイ・シュトラウス・マイヤーから何故私に引き継いだのか、少し話してあげるね。簡単に言えば、過労死した父のせいで空席になった市長って座を埋めるためだよ」
ミシェルは周囲を観察して、少し躊躇いが見えたイロハを指名した。
「はい、イロハちゃん! 何でも聞いて」
「…どうして、市長の座を埋めないといけないんでしょうか?」
「それは簡単、えっと『秩序を失えば混沌が訪れる』からだって聞いたよ。実際、市長ってバランサーだからね。お偉いさんと市民たちの利益を釣り合わせなきゃいけないからさ。細かいことは分かんないけど」
呆れたようにコハクが呟く。
「その細かいことはブリューゲルがやるんでしょ?」
「そうだよ、私に分かるわけないからね。でも、誰かが市長の席に座らなければならないなら、私が座ったほうが都合が良かったんだよ。権益とか、色々の兼ね合いでね」
やれやれ、というようなジェスチャーで、ミシェルは市長という肩書の肩身の狭さを語り始める。
「市長って、中々面倒なんだよ? 何か好きにやらせてもらえるわけじゃないし、議会はお偉方で埋められてるから。私は、特に何かをするわけでもないから関係ないけど」
「…すまないが、聞いてもいいか?」
ヒスイは聞くか聞かないべきか迷っていたが、少し踏み込んで聞いてみることにした。この少女が何故市長を担おうと思ったのか、それを知りたかった。
「いいよ、何でも! 私に答えられることならね。機密とか、トップシークレットな私の個人情報は明かせないけど」
はは、とヒスイは乾いた笑い声で誤魔化した。
基本的にお喋りが好きなのかもしれない。
「君が市長をする必要はないだろう。暮らそうと思えば、…君の家の事情が分からないから何とも言えないが裕福に暮らしていく蓄えはあるんじゃないかな。なら、何故君は市長の席に座るんだい?」
「ああ、気を遣ってくれたの? 気にしなくていいよ。父はね、頑張り過ぎて死んじゃっただけだから。『子どもには良い未来を残したいんだ』って、それで何を残せたのか見れなかったら頑張り甲斐がないはずなのにね。でも、その想いを無碍にすることなんて私にはできなかったから」
「お偉いさんたちにこの都市を無茶苦茶にさせたくなかったから、私は市長になってもいいってブリューゲルに言ったの。仕事は、まだ勉強中だけど…結局、実務を回すのは私じゃないし、広報活動は主役の私がいなければまわらないからね。どちらにしろ、私たちはこの都市から遠くに離れることなんてできないなら、この都市の市長としてあることを求められることに抵抗はないから」
ミシェルはそう言い終わると、懐から古ぼけた懐中時計を取り出して時間を確認した。
「私の話はここまで。これくらいしか話せることもないからね!」
そう言って、ミシェルは何処かへと走り去っていった。




