特訓
ある日の道場、
そこでは二人の戦士が己の力量をぶつけ合い勝負をしていた。
「腕を磨いたわね、レック」
「お喋りする余裕があるのか、コハク? なら、その余裕を剥ぎ取ってやる!」
レックは槍を持って神速の連続突きで果敢に攻めるが、コハクは一部を剣で弾きながらすれすれで回避しながらも好戦的に笑う。
ヒスイはその様子を見ながら、コハクに全く隙が生まれていないのを確認していた。それどころか、消耗戦に持ち込まれた時点でレック槍捌きが徐々に鈍くなっている。
「あらあら。どんどん槍が遅くなってるわよ?」
「はっ、見とけよ!」
次の瞬間、レックは結晶石を反応させて風を引き起こし、砂を舞い上がらせてコハクに目潰しをした。
その僅かな間にレックは敢えて残していた余力で一番鋭い突きを繰り出そうとした。一歩を踏み込み、至近距離から──
「─霜刃」
「──ッ!」
レックは眼前に迫ってきた小さな刃を慌てて槍で弾いた。咄嗟のことで体勢が崩れる。その瞬間に、コハクはレックの喉元に剣を突きつけた。
「目眩ましなんて、小狡い戦法使うじゃないの」
「くっそ~、これでもダメかぁっ。とっておきだったんだけどな」
「アンタの取っておき、これで七回目だけど? ま、引き出しがあることは良いことね」
レックは残念そうに背中を丸めてヒスイの方へと向かっていった。
「ほら、次はお前だ。あの姉弟子の鼻っ柱を折ってこい」
「はは…まあ、頑張るよ」
背中を叩かれ、激励を受けながらコハクの前へと進む。
「何を言ってんのよ。ヒスイがアタシを超えるのに…十年、いや二十年あっても届かないわ」
「なら、精々五年は縮めてみせるさ」
レックと打って変わって、コハクは自分から動かない。ヒスイが打ってくるところを予め察知して防いでくる。
「アンタの動きって単純なのよね。基本に忠実とも言えるんだけど……ほら、もっと攻勢に転じなさい。分かるわよね?」
一撃と一撃の合間を埋めるように剣を振るう。
「攻めは相手のペースに呑ませちゃダメ、自分のペースで攻めるの。アンタ、守りは強いんだから、練習しなくていいわ」
しかし、その連撃はレックと同じように簡単にねじ伏せられてしまう。
「そうそう、こうして勢いを自分のペースに乗せて流れを──!」
それは瞬く間に起きた。
ヒスイがレックと同じように、連撃で終わりと見せかけて油断させた所に最高の一撃を叩き込もうとした。──ドクン、と心臓が鼓動を打ち、剣に鋭い輝きが宿る。そこにあったのは勝ちたいという願望だった。最近のことを思い返し、焦りが出てしまった。力をもっと欲しい。守れるだけの力が欲しいと、そのためにコハクという壁に対して何処まで通じるかを試してみたくなった。不意打ちだとしても……
しかし、その一撃は強い衝撃によって打ち払われる。
気付けばヒスイの剣は弾かれて宙へと飛んでいった。自身は腹部に鋭い痛みが走って、理由も分からないままに後方へと吹き飛ぶ。
地面を数回転がって、仰向けに止まった。
(空が青い……痛っ、)
仰向けになりながら上に広がる青空を見て、痛みで現実に引き戻された。何とか起き上がると、木製の剣はボロボロに砕け、ヒスイの立っていたところには不機嫌そうなコハクが立っていた。
「チッ…、ねえヒスイ…さっきのは何?」
「少し、心臓の力を使って…」
ヒスイはその時になって失態を自覚した。
「へえ、そう。正体もよく分からないし、代償もよく分からない力を使うの?」
淡々と口にして、コハクはヒスイの言葉を待っている。
「分からないからこそ、試した方がいいかなと……コハクなら受けきれると思って」
コハクは、はぁ、と溜息を吐いた。
「…そうね。あれくらいなら、アタシに傷一つ付かないわ。……でも、アンタ自身はどうかしら。その強大な力の負荷に耐えられる身体だと思うの? よく確認してみなさい」
「…!」
視界が歪んで身体が傾く。
「おっと、危ねえ」
レックがヒスイを支えて倒れることはなかったが、酷い立ちくらみと心臓の鼓動が激しく聞こえる。
「さっき、何したんだ?」
「少しね、術で心臓と剣までの経路を麻痺させたの。暴発しそうになったのは剣に受け止めさせた」
その言葉を聞いてレックは呆れた表情を見せる。
「どんな芸当だよ、ったく。その辺にしとけよ、ヒスイだって反省するだろうしさ…な?」
「確かに軽率だった。…すまない」
ヒスイの言葉を聞いて、コハクは矛を収めることにした。
「こんなことなら、あの冷徹男にでもアンタの心臓のことしっかり聞いておけば良かったわ。アレは──」
コハクは何かを言おうとして、優しい音色のハープの音が響いた。チッ、と舌打ちしてコハクは携帯を取り出した。
「何、今日は非番よね? 穴埋め? はぁ? わかったわよ、行くから少し待ってなさい」
コハクは通話を終えたあと、携帯を懐にしまった。
「……続きは帰った後にするわ。でも、これだけは忘れないで」
コハクはヒスイと顔を合わせて、何かを堪えるように口にした。
「アンタが死んだら、アタシは許さないから」
コハクは背中を向けて空に向かって呟いた。
「それだけよ。はぁ…、どうして師匠もアンタも死にたがりなのかしらね。本当に困るわ」
そう言って、何処かへとコハクは向かっていった。




