終末都市の狂想曲
「その輝きは黄金のよう。こんな暗闇に閉ざされた時代には鮮烈に輝く黄金は、人々を魅了して心を奪う。
けれど、それに惹きつけられるのはそれだけじゃない。なにせ、暗闇を生きる者にとっては格好の獲物だから。鴉のように狡猾な者、餓狼のように飢えた者、蛇のように貪欲な者…それぞれが様々な目的を持って人々から獲物を奪い去ろうとする」
劇場から離れた場所で、セツナは暗闇に沈む都市を眺めていた。隣に同僚…、のような相手へと視線を向ける。
「……本当に、師匠は寛容よね」
コハクはそんな言葉が自然と口から出た。
「思想まで境界を引くことが彼女にできたのか、うちにも分からない。でも、そうできてたらもう少しこの都市の澱はなかったのかもね」
視線を下せば、数人が怪しげな動きをしている。
コハクとセツナは気に留める様子もなく、後から爆発音が響き渡った。
「師匠はできたとしても、そんなことをするとは思えないけど」
「そうだね、白花はあまり区別しないから」
「最後の都市、それは確かに希望を宿しているけど…。同時に、かつては散らばっていた悪を寄せ集める蠱毒となった。煮詰まって、混ざり合って、引き返せないほど罪と業を重ねてきた」
「アンタみたいに?」
「それは少し酷いんじゃない? そもそも、うちはこの中に閉じ込められてるわけじゃないからね。あんな老いぼれや考えなしと一緒にしないで」
本当に心外だというように、セツナは不満を訴えた。
「話を変えよう。こんなことは触れたいとも思わないからね。……さて、やっぱりうちは君たちから“忘却”されないみたい。彼女の弟子だからかな?」
話題としては何でもよかったから、思いついたものから聞いてみることにした。
「そんなこと、知るわけないでしょ」
「あっさりしてるねぇ。それは話し相手がヒスイ君じゃないから?」
「からかうなら、もう少しセンスを磨くべきよ。そんなに退屈なら一人で喋ってなさい」
そういってコハクはもう無駄話をするつもりはないと終わらせようとするが、セツナは気にするつもりなどなかった。
「うーん、うちは長く椅子に座ることが何よりも苦痛なの。オーケストラをじっと鑑賞できないくらいにはね。それに、芸術はどうしても綺麗すぎるから。……君が相手になってくれないなら、駄々をこねてもいいよ? 『おねえさん、わたしの話し相手になってよぉ』って」
「子どもみたいね」
コハクからすれば、セツナの相手をすることなどごめんだった。
「時には童心も必要だよ。純心、という意味じゃなくてね。それを楽しそうって思ったら、全力でやるの。それが人類最後の都市を破滅させることになろうとも」
「大袈裟…」
そういって一蹴しようとすれば、セツナは確信に満ちた顔で笑っている。
「いや、必要なことだよ」
それは単なる真実であるかのように、落ち着いて、言葉にしていく。
「新生には、どうしても破壊が必要。それは覆しようのない真理であり、因果。この都市は人が生きるには狭すぎるの。だから、瘴気をどうにかするか、それともこの結界ごと人類圏を宇宙にでも飛び出させるしかない」
そんなことは不可能だと断言するように、セツナは語った。
「結界で延命された百年で、そこまでできると思う?」
「……知らないわ、そんなの。どちらにしろ、生き延びれるのは一部の人間でしょうけど。この話はここまでにするわ、難しい話は嫌いよ」
どちらにしろ、これ以上相手にするつもりはなかった。コハクからすれば、それは自身が解決すべき課題ではないのだから。
「あーあ、逃げられちゃった」
その会話を聞いていたもう一人が、淡々と口を挟む。
『話が飛躍しているからだろう』
「うっさいなぁ。そんなこと分かってるよ。でも、事実でしょ。この世界がどうしょうもなく行き詰まってるって。君の目算でも、打開策は一部の権力者を助けるものに過ぎない。そんなものを生存と呼べるの?」
結局のところ、生存競争からは逃れられない。
生きるものは勝つものであり、勝者は必然的に権力者となる。
『何かは残る』
「逆だよ、断絶する。自分のことしか考えない人たちから、利他性を持つ人が現れたって…それは今あるものと同じとは限らない。そもそも、その利他性が悪意によって食い破られる方が早い気もするけどね。また、この都市の二の舞でもするつもり? 権力者は権力を死ぬまで手放さないよ」
『人は変わるものだ』
「また可能性の話? 確率論で語れるほど、人の業を甘く見ないほうがいいと思うよ。人はそう簡単には変わらない。変わったとして、勝利を手放した瞬間から多くの者を失うだろうね。うちはそんなのごめんだよ」
この問答にも飽きてきた。
最初から暇つぶしのつもりだったのだから、平行線の問題は勝ち逃げさせてもらおうと、セツナは話を変えることにした。
「未来の話をしても仕方ない。フィルモニアと協力して炙り出したアレの後始末は順調?」
『いや、多くの利害が複雑に絡んでいた。処理するには時間がかかる。フィルモニアのコピーたちは少しずつ回収できてはいるが──』
「やっぱり、何か裏があるんだね。はぁ、それはうちも想定外だったなぁ。結局、小悪党なんて悪党が身を隠すための駒でしかないか…。その悪辣さとしぶとさはうちも真似できないね」
人の執念はバカにできないと思うが、それなら少しくらい良くする方向に使えないのかと思う。わざわざ手伝っている自身が馬鹿みたいに思えるから。
「とはいえ、一つ一つ頭を消して回るのも面倒。消しても分裂するだけできりがない。少なくとも、市長……というより君は困るんだよね?」
『証拠を握れれば話は別だ』
「はいはい、それでも身代わりを立てられるだけで、法律は秩序を守ることしかできないんだから。根絶には程遠いよね。多分、それこそ百年や二百年でも膠着してるよ」
『否定はしない』
「けれど、人の居場所は今やこの場所にしかない。人が遠くへと飛び立つには、ここはあまりにも狭すぎるんだ。そうだね、目的地が遠いというよりも飛ぶための助走距離が足りない感じ。インフラも賢者の石だよりで、それも永続を保証できないんだから」
結局のところ、この世界に生きる限りはこの問題は解決しなければならない。自ら弱者になりにいくつもりはない。
「君は、うちが次を見過ぎだと思う?」
『必要なことではある』
「君の言い方は少しずるいねぇ。ま、君に答えを求めているわけではないけどね。うちはうち以外の誰にもなれない。なら、思いついたときに行動するのが一番なんだよ。未来の可能性なんてものに縋るつもりはない。それは未来に考えるべきことで、今考えるべきことじゃない。なにせ、今しかうちにはないんだから」
いつも通り、やるべきことを思ったように進めるだけ。何かに悩む必要なんてない。それは昼に太陽を探すことくらい明らかだ。
「勇者も言ってたでしょ、『この戦いは消耗戦だ』って」
『故に、賭けに出なければならない。失うと分かっていても』
「そういうこと。失わなければ、何も得られないんだから。打開の一撃にはそれなりの対価が必要なの」
「さて、次の話をしようか。都市の中央部はどうしようもないから後回しにして、勇者の置き土産に関してはどうしようか?」
『……アレに勝てるものは現れないだろう』
「それは勇者? それとも、あの駆逐するマシーンのこと? どっちにしろ、なんとかしないといけない。じゃないと、うちらは瘴気の神には勝てないんだから」
夜を追い払うには太陽があればいい。
けれど、その太陽は果てに沈んでしまった。
なら、もう一度あげればいい。
「うちらは成し遂げないといけない。この終末の鐘が鳴り響くウェルトアダムで、勇者の為せない偉業を、ね」




