開演を告げる序曲
開演を告げる鐘が響く。
アリアは落ち着いて観客たちに礼をし、楽器を構えた。最初に奏でるのはかつての時代、瘴気がない頃の自然に満ち溢れた物語。
旋律は穏やかなものになり、音色が幻想の色を帯びていく。それは祈るように切実に、そして願いだけは手放さない。
目にしたことすらない大海を描き、燃える大地に畏敬の念を抱く。白銀の世界は果てまで続き、その旅路は夜空を覆う暗闇すらも埋め尽くした。
力強い自然を奏で、人々は矮小さを思い知る。
けれど、人々は期待を胸に未知を切り開く。
そういう期待に満ちた時代、挑戦する人々を賛歌する楽章が謳われる。
*
「落ち着いた始まりだな」
それは新しいプログラムの案を見せたときにテッドが口にした言葉だった。
「そうね。でも、どうしてもこの人類史を語らなければならないのよ。人間はかつてこの世界各地、およそ全土に居住していた。文明は栄華を極め、戦争による衰退や疫病などの災害もあったけど、人々はまたレンガを積み立てるように自分たちの居場所を築いてきた」
とはいえ、その時代を知らないアリアからすれば、それは古ぼけた写真のようなものだ。
これは下準備に過ぎない。
「世界史でも語り始めるのか?」
「語らなければならないのよ。勇者という存在が、この世界で何を守ったのかを語るためにね」
*
この都市には多くの人々が住んでいる。
それはかつて世界各地から生きながられてやってきた最後の避難所だからだ。
彼らの間に何かしら違いがあったとしても、それは何の問題にもならない。なぜなら、そういったものは全て瘴気によって塗り替えられてしまったからだ。
この新たな最後の都市は誰の故郷でもない。
だから、彼らが帰るべき場所もここではない。
ワタシたちは孤独な旅路で残された希望の火を追い続ける。それはかつての暮らしに戻るためでも、光に溢れた未来のためでもない。
ただ、今も残された火を長く灯し続けるために。
それこそが美の起源であり、芸術の真髄だとアリアは思う。そのかつての栄光を、別れを込めて告げるのだ。何度でも、何度でも、墓を埋葬するように。
死者に祈りを捧げるように。
深く、深く刻まれた足跡。
今この世界から消えゆく願いを乗せて。
人々の歌は憐れだろうか。
存続は儚き願いに過ぎないのだろうか。
けれど、ワタシたちは挫けない。
膝を曲げることなく前へと進む。
長き暗闇の道を、逃れられない苦悶を音に込めて、その果てにある極光を追い求めて。




