市長ミッセル・マイヤーの憂鬱
「みんな、おはよう、こんにちは、こんばんは! って、こんばんは、は余計だったのかもね。やっほー、みんな。可愛い市長ミシェルだよ!」
アリアはこんなにも初めの挨拶が早く終われと思ったことはない。そもそも、余計なことは好きな質でなない。
「今日はなんと、二人の英雄が来てくれたんだよ。ブリューゲルはいつも来てくれてるけど、今回はあの治癒者フィルモニアさんとこの盛大な歓宴を見届けよう。さあ、フィルモニアさん、どうぞ!」
「みんな、こんにちは」
ただ、今日だけはいつもに増して早く終わってほしいと感じていた。フィルモニアが簡単な挨拶を済ませたと思ったら、またマイクがアイツに渡される。
「実はね、今日を楽しみにしてたんだ。何と言っても、私の親友アリアの舞台だからね。少し厳しいところもあるけど、演奏は本物だからみんなも楽しんでね!」
ミッセル・マイヤーこと、ミシェルはとにかく目立っていた。それを見守る人々は慣れたように「よ、市長!」と持ち上げる。
(ここは宴会じゃないのよ…!)
「この都市に尽力してくれたブリューゲルとフィルモニアさん、そしてここにはいない勇者と守護者に感謝を込めて。今日、十一年目のこの日に慰霊コンサートを開催できたことを嬉しく思うよ。あっ、このままだと私が舞台を独占しちゃうね。はい、本日の主役であるアリアに任せるよ」
けれど、その瞳は何処までも純粋で輝きに満ちている。この場で喧嘩など不要だろう。必要なのは、その目もこちらに集まる目も塗り替えてしまえばいい。
この場はワタシたちの戦場だと。
「お集まり頂きありがとうございます。
黄金楽団はこの日のために、最高の音楽を皆様に届けるために日々研鑽を続けて来ました。まだ道半ばではありますが、この場をお借りして十一年目の歳月を超えた音色を響かせましょう。
この希望で灯された火を強く燃え上がらせて!」
拍手が響き渡るが、これは歓声ではないとアリアは何よりも知っている。全ては為す事を為した後。
そもそも歓声も賛美も要らない。
求めるのは、思うままに奏でられる機会だけだ。
アリアの燃え上がるような激情を、ミシェルは目を輝かせて見つめていた。
*
「最終確認はどう?」
「少し残留思念の消耗が早いな。余程のことがない限り大丈夫だとは思う」
ヒスイは術の効果を確かめて、問題がないかを確認した。
「結局、浮遊演奏は中止したのか」
「ワタシたちは奏者なのよ? 大道芸を見せる芸人じゃないの。ただ、楽器の残留思念と奏者とのリンク…アナタが言うには“共鳴”だったわね。それは必要だから、確認はしっかりね」
あの時、はしゃぐ楽団の奏者たちをアリアは地に引きずり下ろした。流石に安全を保証できないし、少なくとも今やるべきことではない。あれはまだ遊びの範疇だ。
「やっほー、アリア! 何してるの?」
「ちっ、面倒なヤツに見つかったわね」
ミシェルはアリアの背後から抱き着いた。アリアはそれを煩わしそうに振りほどこうとする。
「引っ付かないで! ドレスを整えるの面倒なのよ!」
「えー、私も少しくらいなら整えられるよ? なら、少しくらい構ってよ」
「相変わらずね! するわけないでしょ、お付きの人にでも頼みなさい!」
「だってさ、最近はあんまり外に出ちゃダメってブリューゲルに言われたし、退屈なんだもん。せっかく友達と会えたんだし、邪魔するわけじゃないからさ」
「口を膨らませたってダメよ、そういうわがままにワタシが何度振り回されたって思ってるのよ。後にしなさい」
「やった! じゃ、後でね。君も頑張ってね!」
そんな感じで、ミシェルは風のように去っていった。
「あれは…」
「前市長の娘、一応代理の市長をしてるミシェルよ。学校が同じでね、まあ、今は気にしなくていいわ」
*
鼻歌交じりにミシェルは廊下を軽やかにスキップしていく。
「ふふんふん〜、あっ、テッド!」
まるで弾丸のようにミシェルは見掛けたテッドに近づいていく。
「ミシェルか、アリアならあっちだ」
「さっき会ったよ。あと、そっちは非常口だよね」
むー、と唸るように視線を向けると、テッドは観念した。
「今は忙しいんだ。後にしてくれ」
「分かってるよ。邪魔はしないから」
そう言って、ミシェルは適当な場所に腰を下ろして忙しそうに往来する人々を眺める。
本当に邪魔もせず、ただ眺めている様子を見て、テッドは仕方なく話し相手になることにした。
「……一人でいいのか? また勝手に抜け出して散歩してるんだろ」
「その通り! みんな気にし過ぎだよ。いざとなればバンってね。ある程度なら自分で守れるし、どうせ……ま、どうとでもなると思うよ」
「相変わらず脳筋だな」
「む、レディーに脳筋だなんて失礼だよ。動いた方が早いだけなんだから」
心外そうに、ミシェルは抗議する。
「それを脳筋って言うんだよ。演奏中に寝るなよ?」
「寝ないよ、アリアと君がそうさせないって昔言ったじゃん。君たちと出会ってから、こういうのも楽しいんだって気づけたから」
けれど、楽しいことを見つけたらすぐに機嫌を直す。
「なら、大人しく席に戻ってくれ」
「みんなそう言うよね」
テッドは少し考えて、はぁ、とため息を吐いた。
「…少しここにいたいなら好きにすればいい」
「ううん、もう迎えが来たみたい。ほら、予想通り」
舞台の奥から一人の男が現れた。
「時間だ」
「どうしたら君から逃げられるかな、ブリューゲル?」
ブリューゲルは表情を変えることなく、淡々と答えた。
「私が君の護衛を担当していないときであれば可能だ」
「それ、つまらないよ。どれくらい逃げられるかって遊びでもあるのに。でも、君はいつも私を暫く泳がせてから捕まえるよね。しかも同じリミットで」
「君に逃げる意思はないだろう」
「そうだね、逃げたってこの都市から離れられるわけじゃないし。ここが嫌いなわけでもないから、ただ少し窮屈なだけ。外に出て、空気を吸いたくなるの」
「好きなように風を感じて、風に身を任せたい……。ここで駄々をこねても仕方ないね。ブリューゲル、戻ろ。きっと、私の大親友が新しい風を感じさせてくれるから!」




