歳月は忍び寄りて
コハクが冷蔵庫を漁ろうと台所へ向かうと、調理の音が聞こえてこっそり覗き込む。
悪戯心が芽生えて後ろから脅かせてやろうかとも考えたが、流石に子どもっぽいなと思ってやめた。
「あれ? アンタ、今日は休みなのね。お友達との予定はもうないの?」
何気ない風を装ってヒスイに声をかける。
「ああ、アリア…知り合った友達が『後は当日のサプライズ』だと言われてね…。何か日常に戻ったのにそわそわした気分がするよ」
そう言いつつも、普段通り落ち着いた様子でヒスイは朝ご飯を食卓へと運ぶ。コハクも付いていくついでに、いくつか運ぶのを手伝うことにした。
「何か得られるものはあった?」
そう口にしつつも、明確に答えが欲しいわけではない。
それ自体が成長に繋がるものでなくても、コハクからすればヒスイにとって大事にしたいと思えるものであれば何でもよかった。
「得られるもの、と言っても修行じゃないからな…。でも、術の使い方も少しは上達した気がする」
「なら、上々だね。最近はアンタと一緒にいる時間が少ないから、近いうちに剣の腕が訛ってないか見てあげる」
「なら、レックも誘わないか?」
「アイツ? ま、いいわよ。昔みたいに打ち負かして、『コハク姐さん』って呼ばせてやるわ」
幼い頃から腕っぷしには自信があった。
それこそ、弟子の中では早熟と呼ばれるくらいに。
ただ、師匠はそんなことは関係なく分け隔てなく接していたが。
「……この短期間で、随分と多くの人と知り合ったみたいね。なんか、感動よ。これまでのアンタは中々同世代の友達って見なかったから」
「別に閉じこもっていたわけじゃないだろう? 近所のおばさんや子どもたちとは交流してたわけだから」
主夫か、と思いながら、コハクは食事を口に運んだ。
「そういうのを達観っていうのよ。それは師匠くらい経験豊かな人にはいいけど、アンタはもっと同世代と交流して、楽しいことをして、青春ってものを謳歌してもいいんだから」
ある意味、ヒスイは昔から大人しい子だった。
弟気質というのもあるかもしれないが、基本的に要領はいい。ただ、誰の重りにもなろうとはしない。
そう極端だと、自分にできる範囲であればお願いを聞いてあげなくもない。
「コハクも俺とそう変わらないだろう…、そうだ。今度のコンサート、一緒に行かないか?」
「ごめん、パス。その日は用事があるから。でも、次の機会に友達を紹介しなさい。アタシの可愛い弟弟子についてどう思ってるのか聞きたいから」
「ははっ、手加減してあげてくれ。きっとコハクも気に入るはずだ。なにせ、みんないい人たちだからな」
そんな冗談を口にして、楽しそうに話すのを見れるだけで十分。ヒスイも、もう自分の意志で歩めるのだから。幼かった頃の、右も左も分からなかった少年はここにはいない。
「そうね、アンタの目を疑ってなんてない。……はぁ、暫く休職でもしようかしら。もっとお茶でも飲んでのんびり過ごしたいわ」
「良いんじゃないか? それくらいの蓄え自体はある。そうしたら、立派な姉弟子のために料理でもてなすよ」
そんな日が、いつかは来るのだろうか?
……師匠の件もある。もしかしたら、自身はその場に入れないかもしれないが構わない。
その時に大事なのは、何が残されているか。
少なくとも、これ以上失わせはしない。
「いいわね、楽しみにしてる」
*
公演日当日、ヒスイは身だしなみに気をつけて劇場へと向かった。
注目度も高いイベントなのもあってか、テレビ局の人がカメラを持って誰かにインタビューしていた。
ヒスイは邪魔にならないように人に紛れて、その場から去ることにした。
「さて、今回の慰霊コンサートですが、ブリューゲル様の言葉をお聞かせください」
「期待している」
「ええっ、それだけですか? も、もう少し一言!」
「ふむ、このような日に立ち会えたこと光栄に思う」
「い、以上、こちらのニュースでしたぁぁっ!」




