戦士たちの追憶
アリアとレックは後日、レックの上官であり『勇者至言』の著者の下へと訪れていた。
玄関でインターフォンを押すと、暫くして中から気怠げに男が出てきた。煙草を咥えながら、ふうっと物憂げに煙を吐く。
しかし、その身体はがっしりとしていて、今なお身体は衰えていないことが見て取れた。
そこまで確認した後、アリアはレックの背後に回って、煙を遠ざけることにした。
「んあ? ああっ、レックか……確か、勇者の話を友達と聞きに来たんだよな。その友達は──おい、レックちょっと待て。女だとは聞いてないぞ?!」
「おっさん。どうでもいいだろ、そんなこと」
「……ねえ、レック。ソレって、少し酷いんじゃない? 気遣いしてくれるなら、ワタシは喜んで受けるわよ」
「そうだぞ、レック。女性が来るなら、来るなりに整えておくもんだ。見たところ、それなりに良いとこの嬢ちゃんなんだろ……はぁ、近くに喫茶店があるからそこにしよう。ほら、こないだお前に言ってた出版関連で人気の隠れた喫茶店だ。そこに連れててってやるから少し待て!」
そう言って、男はがたごとと音を立てて、急いで取り出したのか埃をはたき落としながらベストやコートを手に取って出てきた。
*
クラシックな音楽が流れ、珈琲の匂いが店の中に漂う。アンティークなソファに腰を下ろして、向き合うように二人は座る。
「ふうん、雰囲気の良いトコね。ワタシ、嫌いじゃないわ」
「そりゃよかった……これで実はそんなことなかったら、おっさんの感性は駄目なのかという衝撃から立ち直れなかった…」
男は心からの安堵のため息を吐いた。
(そういう動揺を押し殺してこそ、本当の紳士だとは思うけどね)
アリアは早速話を聞いてみることにした。
別に、知り合ったばかりの相手に本当の紳士たるべしという指導をするためにここに来たわけではない。
「勇者、か。俺らからしたらやっぱり破軍の将って渾名の方が馴染みがあるんだが、編集が勇者のほうがいいって言うんだよ。否定はしないが、あの人は“勝利の象徴”だったからな」
殆ど愚痴のような滑り出しから始まったが。
「ああ、レック。あの言葉を覚えてるか? あの人が戦場に連れていく兵士になんというか」
「『オレのために死ね。
お前らに死の栄誉をくれてやる』、だよな」
「そう、それは死への行軍。同時に勝利への犠牲でもある。俺らはそれを受け入れた。それで、この都市を守ることに貢献できるなら、それ以上に役立つ生き方を凡人が選べるはずもない。それなら、死地を決められる方がマシってもんだ。特に、あの理不尽な時代にはな」
「誰も逃げなかったの?」
アリアは素直に思ったことを口にした。
「逃げなかったさ。それしか道がないと分かっているなら迷わないだろ? あの人はそういう光を放つ道標だった。ま、あの人は『オレに縋るな。お前が選べ』とも言ってたが」
その言葉を口に仕切った後、はぁ、と溜息を吐いた。
「俺はついていくことができなかった。そのことを後悔してるんだ。だから、簡単に死んじゃならねぇ。あいつらの分もできることを全てやってやらねぇと。そうでなければ、あの世で笑われちまうからな」
「おっさんはよくやってると思う。お陰で、勇者の名は今もこの世界に刻まれてるんだからな」
ふっ、と彼は自虐的に笑う。
「俺の記録なんて、あの人のほんの一部だ。お前らはフィルモニア様から色々と聞いたんだろ? なら、俺とは別のことを語っただろう。……結局、俺らは同じ戦場を駆け抜けたが、あの人と肩を並べられたのは他の三人の英雄だけだった。俺が追いかけてるのは勇者の影かもしれない。だが、それでもいいんだ。そういった象徴は必要なはずだからな」
その目は遠く昔の過去を思い返す。
「勇者の凱旋、あの頃にしては賑やかだった……お前にも見せたかったよ。槍を天高く掲げて光を浴びていたあの後ろ姿を……。俺はあの人が太陽すらも呑み込むと思ったものだった」
「くっ、見たかったぜ…」
本当に比喩表現が多いなと、アリアは思いながら熱中する彼らに水を差さないで放っておいた。彼からすれば、やはり文筆家が天職であったのかもしれない。
「俺らは忘れちゃならない。あの後ろ姿を、あの勇姿をな。最期は必ずやってくるのかもしれないが、それまでは確かに俺たちは生きてる。それは一寸先を照らす光じゃないかもしれないが、あの人の灯した火を遠くまで届けないきゃならないんだ。それが俺たちがこの都市を命懸けで守った理由であり、引き受けた使命でもある」
彼は胸に手を当てて、そこに宿る想いの熱に触れた。隣で魔物に襲われた同期、瘴気に汚染されて戻れなくなる前に命を絶った上官、それらの先で槍を振るう勇者──それは決して心を温めるものではないが、心臓が鼓動するたびに蘇る記憶だ。
「ま、俺は肺を瘴気でやっちまってからまともに戦えなくなっちまったが、いざとなれば今でも槍を手に取るつもりだ。嵐が来れば、俺たちはこの身で血の境界を刻もう。この世界には、それをするだけの価値がある。少なくとも、お前らみたいな若い世代をこれからも残したいんだ」
「おっさんはできることはやってるよ。戦えないのなら、その分オレが槍を振るうからさ。おっさんはその分残してくれよ。オレたちがいたってことを」
「レック、お前…」
その言葉に宿る意味を、結局戦場まで向かうことができない無力さを、そして戦場の残酷さを身に染みてなお前を向くレックの眩しさに、彼は涙が出そうになった。
「って、ジジイが言ってたぜ!」
すぐにその涙は引っ込んだ。
同じ言葉であっても、そこには呆れがある。
「……レック、お前ってやつは。はっ、元からそのつもりだ。だが、死に急ぐんじゃない。分かってるだろ。世界を変えられるのはいつだって生きてるやつだ。俺より早く死ぬだなんて許さないからな」
「死ぬつもりなんてない。ヒスイやコハクがいるんだからな。あいつらに、もう大切な人を失う苦しみを与えたくなんてない。そういう経験はもう十分だろ」
「そうだな、お前には“家族”がいる。それを忘れるな。血がつながってなかろうとも、そこに生まれた絆を絶やしてはならない」
(ワタシとテッドみたいなものかしら? ……ダメね、ワタシも解像度が足りないみたい。もっといろいろ知っていかないと)
二人の空気に置いていかれつつも、アリアは自分なりに解釈しようと置き換えたがいまいち実感は湧かない。ただ、その切実さが伝わってくる。
その想いに共鳴していると、自然と涙がつぅーと流れてきた。アリアは気にした様子もなくハンカチで拭う。すると、レックと男の会話が止んだ。
「? 二人ともどうしたのよ。どうぞ続けていいわよ」
「あ、いや、大丈夫なのか? なんか、俺が無礼をしてたら悪いな…」
「つまらなかったよな…、ここに来たのは勇者について知るためなのに」
「なに、やめて? その気持ち悪い気遣い…」
分かる、分かると何処からか聞こえてきそうな慰めの空気に、アリアは身を引いた。
「こっちの方が居心地悪いわよ! ほら、ささっとやめなさい! ヤ・メ・テ!」
アリアはそのジメジメとした悪い空気を掻き消そうと、大声で抗議した。




