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四星:ジェネラルブラッド  作者: 徘徊猫


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2/7

淡い夢を追って

 ぼやけた視界のなかでそれが夢であることを悟る。

 鮮やかな水彩のように透明感のある色で、目の前にある大きな背中へと必死に駆け寄る。

 思ったよりも前に進まないのは、それがはるか昔のことだからだろう。

 『ししょう!』

 『お、どうかしたか。ヒスイ』

 彼女は温かく柔らかい口調で振り返る。口元には微笑を称えながら。

 『ぼく、ぜったいししょうになる!』

 『なんだ、師匠になりたいのか? なら、譲ってやってもいいぞ?』

 そんなユーモアを口にしながら、可笑しそうに笑う。

 『そうじゃなくって、ぼくはししょうのようになりたいんだ! みんなをたすけられるヒーローに!』

 『おや、私の可愛い弟子には大きな夢があるんだな。良いことだ……だが何も私みたいにならなくてもいいんだぞ。なんせ、私は─』

 師匠は言い淀んで、何もなかったかのように笑って誤魔化した。

 『─ともかくだ。夢も大事だが、一日一日もそれくらい大事なんだ。ちゃんと積み上げてようやく、英雄譚は語られるものなんだから。今は少しずつでも大きくなるんだ。その時間は私が守ってやる』

 当時はその決意がどんなものかも知らぬまま、去ってしまった彼女の背中。


 夢から覚めたとき、流れ落ちた涙と伸ばした手は行方も分からぬままに地面へと下ろした。


 *


 着替えをして道場の表に出ると、既にコハクが離れたところで誰かと話していた。

 暫くすると、コハクはヒスイに気付いて戻ってきた。

 「朝から早いな…昨日の件もあるのに」

 「あの程度ならすぐに回復できるよ。それに、せっかく仕事が入ってきたんだから怠けてるわけにもいかないよ」

 コハクは気丈に振る舞って屈託なさそうに笑う。

 「そうか。なら、今夜は何が食べたい?」

 「おっ、なら私はアンタお手製のシューマイが食べたいかな。いいよね?」

 「分かった、準備しとくよ」


 コハクを見送ってしばらくは冷蔵庫の確認をしながら、買い物と献立を考えていた。

 その時、トントンと叩く音が聞こえた。

 「こんな時間に…郵便か?」

 玄関の扉を開けると、一人の少女が微笑んで立っていた。

 「医療院のイロハです。定期診察に来ました」

 「ああ、すまない。今日だったか。お茶を用意するから中に入ってくれるか?」

 イロハを居間に案内すると、何かを言いたそうにこちらを見上げていた。

 「……随分とお疲れのように見えます。昨日何かありましたか? 体を大切に、ですよ。あまりご無理はなさらないで」

 「やっぱり君にはバレるみたいだね。実は昨日─」

 昨日の出来事を話すと、真剣な様子でイロハはヒスイの胸元、心臓の上あたりに手を当てた。

 「特に問題はなさそう……念のため、確認を──って、ああっ! 失礼でした、突然にぃっ」

 何度も頭を下げて謝るイロハに、ヒスイは苦笑いするしかなかった。


 お茶を出す頃には落ち着いた様子で、イロハは礼儀正しくお茶を受け取った。

 「……つい、いつもの癖が。中々治らないもので、不快でなければいいのですが」

 とはいえ、少しお茶を持つ手が震えている。やはり内心の動揺を押し殺せていないのだろうか。何ともいえない空気で、ヒスイは言葉を捻り出した。

 「まあ、気にしないでくれ」

 「そうですよね、あまり気にしてても仕方ないですから。一応、先程で大まかに確認しましたが、特に問題は見受けられませんでした。しかし、今回は大きな事もあったようなので……また、後日訪問しますね」

 「もう一度来させることになって申し訳ない。そうだ、どうせならご飯でも食べていかないか? 買い出しに行く予定もあって、外に出る用があるから」

 「私なんかでよければ、ぜひ」

 イロハ柔和な笑みで応えた。


 *


 「あはは……すみません、つい甘味処には目がなくて……」

 「いや、あんなに目を輝かせていたらこっちも気になってきたから」

 二人は近い商業地域まで来ると、人々の賑わいのなかに紛れた。人々は誰かと一緒に何かを語り合い、日々の幸福を満喫している。その様子をカフェの二階から眺めると、何ともいえない感慨に耽る。

 「お待たせしました、ジャンボパフェデラックスの期間限定カップルメニューです。よい時間をお過ごしください」

 店員が持ってきたのは二人で食べるにも少し量が多い。

 「うわぁっ、一度食べてみたかったんですよね。誘う相手がいなくて、食べれないと思ってました」

 口元をにまにまと緩めながらパフェを見つめていると、何かに気づいたようにヒスイへと視線を向けた。

 「あ…ゴカイがナイヨウにイッテおきますが、アナタヲツゴウヨクリヨウシタワケデハ……」

 「うん、気にせず食べるといい」

 「そうですね、早くしないと溶けちゃいますから」

 イロハはぱくぱくとパフェを食べ、その大半を完食した。ヒスイは最初に予め分けられたものを食べた。

 その後、店の外でしばらく待っていると可愛らしいポーチを握りしめたイロハがアイスクリームを持って店から出てきた。

 「アイスクリームですよ! どうぞ!」

 「ああ、頂くよ…」

 (本当は甘いものがそこまで好きじゃないことは黙っていよう)


 沈む夕陽を眺めながら、川辺のベンチでアイスクリームを食べていた。意外と甘味が控えめで、ヒスイもその味に感動していた。

 「……楽しい時間はあっという間に過ぎちゃいますね」

 「よければ、後日も一緒に遊ぼうか?」

 「本当ですか? 良いですね! ……でも、」

 ぱぁっと明るい笑顔も少し曇る。

 「こうやって一日を過ごすと申し訳なく感じるんです。治療院には姉妹がいますから、私だけがこんな経験していいのかなって」

 「……それは、良いんじゃないかな。君だって、そういう権利はあるだろう」

 「そうおしゃってくれるのは……貴方が“守護者”の弟子だから。“治癒者”のコピーでしかない私たちに、そこまでしていただかなくてもいいんですよ」


 ふうっ、とイロハは息を吐く。

 「特別な存在というものは屈折を生む。治癒者はあまりにも慕われ過ぎたがゆえに、身を隠すことになりました。そして日陰に隠されていた私たちは日の目を浴びることになった。治癒者の後継として……」

 何処からかくたびれた犬が足を引き摺りながらイロハに擦り寄った。どうやら足が原因で弱っているらしい。

 イロハはナイフを取り出して、自分の腕を切った。

 ヒスイガ驚くのも束の間、彼女は血を犬に振り撒き、その足に血を滴らせる。すると、犬は今までとは見違えたように身軽に歩き回り、イロハの頬を舐める。

 「ふふ、元気になってよかった」

 イロハの犬を撫でる手から流れる血は徐々に塞がれていく。そして、可愛らしいポーチから絆創膏を取り出して、自身の傷口に貼った。

 「また怒られちゃいますね、無駄使いするなって」

 「君は…」

 「多くの人は私たちを対等に見たりはしません。でも、貴方が違うのは本物を見たことがあるから。……たぶん、そうなんです」

 微笑で微笑む笑顔が夕焼けに照らされる。

 「私たちは人の役に立つために生まれてきた……それはきっと幸運な祝福だから」

 「君は君だ、イロハ。そのために何かを犠牲にする必要なんてない……」

 「正直、何者でもいいんです。誰かを助けられるのなら。それが設計思想だとしても、後悔はしないから」

 残酷なまでに日は地平線へと沈んでいく。

 「それに、貴方にも分かるはずですよ。例え何かを犠牲にするとしても、それによって叶えたい願いが」


 イロハは強く吹いた風から髪を抑える。

 「でも、何度でもアイスクリームは食べたくなります。また食べましょう」


 *


 「んー、いい匂い」

 コハクが遅くに帰ってくるとシューマイの匂いに誘われて、キッチンまで顔を覗かせた。

 「味見していい?」

 コハクはヒスイの返事も聞かずに口に入れる。熱々のシューマイにほくほくとしながら、そのジューシーさを噛み締めていた。

 ヒスイはそれを見ながら、今日の出来事を口にする。

 「そういえば、今日イロハが来たんだ」

 「あー、あの子? 元気にしてる?」

 「相変わらずだよ」

 「そう」

 シューマイを飲み込んだコハクはヒスイへと視線を向けた。

 「相変わらず、ね。どうしてみんな、そんなに自己犠牲したがるのかな。もう少し自分勝手でも許されるよ」

 「彼女の場合は期待も大きいからな……彼女たちがいなければ失われる命は多い……」

 「……確かにね。本当にろくでもない」

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