レンガを一つ一つ、積み上げるように
「ん? 裁定官? 知者って、錬金術師で軍師だろ?」
レックは自分の記憶と照らし合わせる。
「そう。あと、勇者の唯一の親友。生前に、彼が気を許した人間は彼くらいだと思う…」
「師匠の世代、魔境すぎないか? 何でこんなにすごい人たちがごろごろと」
「彼の場合は、賢いからね」
フィルモニアは彼のこと、そして当時のことを思い出す。それはどんなに戦っても先の見えない絶望との戦いだった。
「そんな人たちが揃ってもなお、それでも、世界を救うには至らなかったけど…。
それくらい、逼迫した時代だった。人々は自分を救うために、選択を下さざる負えなかったんだよ。
それが倫理に抵触するものであっても、探求するしかなかった。
でも、その時に生み出された全てが悪いものじゃない」
フィルモニアは自身の手のひらを見つめる。
「例えば…わたしとか、それが本来の目的ではなかったのかもしれないけど、わたしは人を傷つけるのではなく癒すことができるから…。それに、イロハたちも、わたしのコピーではあるけど愛しい娘だよ…? 生命はそこにいるだけで、世界を照らされる価値があるの。君たちに押しつけるわけでもないし、君たちの考え方も大切にしてほしい。ただ、わたしは…君たちがそういう尊い存在だってことも、知ってほしいな…」
彼女の微笑みには暗いものは一切ない。ただ万物の全てのものを深く愛している。それを支えることこそ、自身の生き方だと考えて。
「私の知っていることはこれくらい。わたしは知者みたいに賢くないから…、彼みたいに答えをあげられるわけじゃないの…わたしは人の生き方を肯定はできるけど、後押しはできないから。そういった訓戒や導くのは、頭が良い人に聞くべきだと思うよ。」
フィルモニアの話が終わり、アリアは知者の件に関して暫く逡巡していた。
「さすがに公務の邪魔をするわけにはいかないわよね……うん、そっちは時間のある時にするわ…」
*
フィルモニアは目の前で悩んでいるアリアを眺めていると、ふと疑問に思った。
「そういえば…何のために聞きに来たの? なんで、そこまで勇者を知ろうとするの?」
頭に思い浮かんだ疑問をそのまま言葉にして。
「音楽のため、…です!」
アリアは音楽の話になったせいか普段の調子になりかけて、慌てて訂正した。
「詳しく知ることで、良くなるの?」
「そう、ですね……例えば、ジオラマが分かりやすいかもしれません。
箱庭を作るとして、作り手はまずその空間に何が構成する上で必要か知ろうとするでしょう。
お城なら材質がレンガのお城だったり、石のお城かもしれない。時代や文明に合わせて、そういった大枠で作りたい……テーマ! うん、それを成立させるのが演目と捉えてくれて構わないわ。
とにかく、ここまでは形として捉えるのに必要な輪郭をなぞる作業よ。これはどの演奏者であっても共通しているでしょうね。
でも、それだけじゃ足りない。
芸術というのは、どこまでも現実のディテール、それが本当でなくてもそこにあったという説得感があるように振る舞えるようにさせないといけない。
分かりやすく言えば、海に近ければ海から渡った鳥が休んで風を感じているでしょうし、森であればリスとか小さな野生生物が顔を覗かせて森の恵みを享受しているでしょうし、城下町であればそこに住人がいて活気に満ちていなければならない。
その雰囲気を掴まなければ、評価される段階まで辿り着くことはないでしょうね。
だから、多くの芸術家は長く向き合うの。中身も大事だけど、それで見栄えが悪くなったら本末転倒だもの。登場人物が多すぎても目立たせたいところが埋もれてしまうかもしれないでしょ? 少なすぎれば、寂しい雰囲気になってしまうし。そのバランス感覚と向上心を、芸術家は常に持っていなければならない。
その感性と呼ばれるものは、表現者の解釈や癖、趣向みたいなもの。
頭の中で思い描いたイメージを、主観に沿って形にするの。
だから、類似するものは生まれないし、例え今と過去のワタシが同じものを演奏しようと思っても何処かで差異が出てくる。それが経験によるものなのか、調子なのか、外部から蓄積した何かなのかは分からないけどそういったものを丹念に調整すること。
少なくとも、それがワタシのオーケストラだと思っているわ」
熱が上がって語り終わったあと、はっとアリアは現状を思い返して固まった。
「そうなんだね。うん、参考になったよ…。良ければ、今度愛しい娘たちに芸術に触れる機会を作りたいから、君に頼んでもいいかな…?」
「そ、それはもちろん、喜んでっ!」
*
フィルモニアと分かれたあと、暫く休憩することにした。アリアはフィルモニアから聞いた話を細かくメモしてまとめている。
「詳しいんだな、ジオラマ」
レックは一人でせっせと建物を組み立てるアリアの姿を思い浮かべたが、似合わない。
「お父様…テッドのね。が、そういった趣味を見せてくれるから。なんだかんだで役に立つのよ? 一部の社交辞令とかで話題にしたりとか」
「そういえば、何でこれなかったんだっけか?」
今日は予めレックとアリアの二人で治療院に行くことを決めていたが、普段共にいるであろうアリアとテッドが離れている理由が気になった。
「テッドは……はぁ、今オーケストラにある“不協和音”を何とかするために任せてるの。ワタシが行っても、空気を悪くさせるだけだからね」
「不協和音?」
「簡単に言えば、お城にメカがあったり、森の中にぽつんと王様が座ってたらおかしいでしょ? そこまで極端じゃないけど、ワタシのイメージするものとの違和感を“不協和音”って呼んでるの。ワタシだけかもしれないけどね」
ふぅ、と息を吐いて、アリアは疲れた目をほぐす。
「テッドはワタシと長い付き合いだし、そういったものについて共有してきたからワタシの感覚がある程度分かる。信用もできるから、ワタシの代理を任せてるの。公演も近いし、問題の調査を並行させないと」
それに、とアリアは付け足す。
「別に、ワタシが間違ってるとは思ってないけど、ワタシの言ってることを正しいと証明するには徹底的に向き合わなきゃいけない。もしかしたら、ワタシの視野が狭いだけって可能性も考えてね」
「色々と考えるんだな、芸術家って」
もっと好きなように音を奏でたり、筆を動かしてるものだとレックは思っていた。
「勘違いしてほしくないんだけど、ワタシは楽団の子たちに要求してるわけじゃないの。あの子たちにはそれができる才能があると見込んでるから、ワタシはハードルを決めてるだけ。できない人に期待なんてしないでしょ? そういうことよ」
アリアは過去に言われていた数多くの言葉を振り返る。自分の言動が誤解を招いてることなど承知している。それでも、言わずにはいられない。
芸術家とはそういうものだ、とアリアは思う。
「勘違いなんてしない。お前のその真っすぐな努力は認めてるしな」
アリアはレックへと視線を向けたあと、にやりと笑った。
「話が分かるわね、ワタシもアナタみたいな人嫌いじゃないわ」
「ま、その性格は難儀だと思うけどな。結局、お前の母さんの伝言忘れてたよな」
「あ…」
まるで買い物を終えたあとに必要なものを忘れてたような感覚を感じながら、アリアはレックと共に治療院を後にした。




