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境界:ジェネラルブラッド  作者: 徘徊猫
希望を残した最後の都市

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10/35

夕焼けの一時に染められて

 少年が少女を救うヒロイックストーリー、そんなものも悪くないかもしれない、とセツナは考えていた。

 ありきたりかもしれないが、少なくともいい落とし所かもしれないと。


 けれど、少女は、イロハはそんなものよりももっと美しい輝きを放っていた。自分の身を振り返らない献身と大切なものを知っていながらもそれを手放してしまう純真さ。つい、眺めてしたくなるくらいに。

 セツナの心は揺れていた。つい、手助けしたくなるくらいには。

 (うーん、せっかく用意したのにうちが動くのはなぁ……。でも、いっか。そんなもののためにこの瞬間を捨てられるようなタイプじゃないからね)


 無慈悲にも二人の間を裂いた車の上で、セツナはまるで最初から拘束されていなかったかのように立ち上がる。そして、胸の上でずっと手を結んでいるイロハに近づく。


 「……、ねえイロハ。うちのお願いを一つ聞いてくれる?」

 「……? なんですか?」

 「大したことじゃないよ。うちにちゃんと捕まって、耳をふさいでくれたらいい。あとは何とかなるから」

 「え?」

 要領を得ない答えにイロハは困惑しながらも、素直にセツナへ体を密着させる。


 「ふふ、あはは、アッハハハ。そろそろ、こんなつまらない檻は壊そう。どかんってね!」

 その言葉と同時に、ボンっと音を立ててドラックが爆発する。車は衝撃に何度も横転し、中にいれば無事では済まないだろう。


 その様子を外からセツナは涼し気な表情で笑ってみていた。

 「想定外って、どうしてこんなに起こるんだろう。まあ成果は得たから収穫かな」

 セツナは抱えていたイロハを地面におろした。突然の出来事で戸惑っている様子を、セツナは面白そうに眺める。

 「ほんと、君が普通の女の子だったら、ここまで引き伸ばされることもなかったのに。だから、うちは気に入ったわけだけど」

 イロハの覆っていた目隠しを解いて、立ち上がらせる。

 「ああ、説明はしないよ。私は何者でもない。ただのセツナ、それだけ覚えていてくれれば十分だから」

 何か言いたそうなイロハを差し置いて、セツナは視線を自分たちが来た方へと目を向ける。

 「ほら、行きなよ。君を待ってる人がいるんでしょ?」


 セツナはイロハの背中を押すと、彼女はその勢いに押されてそちらへと走り出す。

 「?」

 イロハは途中で立ち止まって振り返る。

 そしてこちらにお辞儀をしてまた走り出した。


 セツナは頭に付着した血を舐める。

 「ふふっ、これからも楽しませてよ。イロハちゃん。借りの分は味方になってあげるから」


 *


 ヒスイはふらふらとトラックが消えていった方へと向かっていた。

 それはいつ折れてもおかしくないボロボロの木の枝のような有様だった。その目はどこか虚ろで、微かな光を追いかけるかのように揺れている。


 進むなかで、何かがこちらに向かって動いているのを見つけた。小さくて、まだ幼い少女。

 歪んだ関係のなかで、それでも真心を手放さなかった少女。

 「っ……イロハ!」

 体に鞭を打って、ヒスイはイロハの下へと駆け寄る。イロハもこちらへと駆け寄った。そして、触れられる距離になって、そこにいることを確かめるようにヒスイは指でその輪郭に触れた。

 「助かったんだな? 良かった…」

 ぴと、とヒスイの指が何かに触れる。

 それはヒスイの指の汚れを洗い落とすかのように、次第に大きくなっていく。


 「どうしたんだ? どこか……痛いのか?」

 それが涙だと気づいて、ヒスイはそれを拭うものを探そうとしたが、彼の持ち物は全て血や汚れが付いていた。

 「ごめんなさいっ、私のせいで、巻き込んでっ…」


 イロハはヒスイの傷口の一つ一つに触れた。

 打撲、切傷、擦過傷……その身体には無数の傷が刻まれていた。

 

 それらを癒そうとその綺麗な腕を出したとき、ヒスイの手で制された。

 「……イロハ、申し訳ないと思わなくていい。それが無理なのだとしても。だが、俺も同じようにイロハが自身に傷を作るところを黙ってみたくはない」


 「確かに、ヒスイさんは優しいから、誰でも助けるのかもしれません! でもっ…私は、何を返せばいいんですかっ。」


 「俺の手を、握り返してくれ。本来、友人ってそういうものだろう? よく考えたら、俺たちは一緒にいたのにただ時間が流れるような“日常”を過ごしていなかった。別に特別なことなんて必要ないんだ。ただ、イロハが側にいてくれればそれでいい」

 ヒスイは手を差し出す。その手は汚れていて、美しくはない。泥や血に塗れている。


 それでも、イロハにとってはまるで夕日に色付く太陽のように鮮やかに思えた。

 「はいっ、私もずっとヒスイさんと一緒にいたいです…」

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