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無間地蔵の約束 ~光をくれた人~  作者: 沢 あさと


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第七章 見えざる光の果てに

一 それぞれの道


月日は流れた。

あの激動の日々から、もう何年も経っていた。


盲学校を卒業した健一は20代の青年となり市の福祉センターで働いていた。

点字の本を音声で読み上げ、

視覚に障害を持つ人々に“物語の声”を届ける仕事だった。


マイクの前に座ると、彼の声は穏やかで深く、

聴く者の心にまっすぐ届いた。

かつて失った光は、

いま、彼の声という形で誰かの心を照らしていた。


一方、由美もまた、

外に出ない生活の中で、自分の「言葉」を見つけていた。

小さなノートパソコンに向かい、

誰にも見せたくなかった過去を少しずつ物語に変えていく。


最初は匿名で投稿した短編。

その後、小説投稿サイトで人気を集め、

編集者の目に留まり、やがて書籍化される。


タイトルは――**『光をくれた人』**。


それは、健一との日々を元にした作品だった。



二 再会の知らせ


春の風がやわらかく街を包むある日、

由美のもとに一通の封書が届いた。

差出人は、市の文化交流課。


そこにはこう書かれていた。


> 「点字版『光をくれた人』の朗読会を開催いたします。

> 朗読担当:川島健一(市福祉センター所属)」


その名前を見た瞬間、

由美の胸の奥で、何かが温かく弾けた。


「まさか……健ちゃん……?」


声が震えた。

手紙を胸に抱きしめたまま、

涙がこぼれて止まらなかった。


「本当に……健ちゃんなの……?」


---


三 朗読会の日


会場は、市の小さなホールだった。

由美は帽子を深くかぶり、

顔の傷を隠すようにマスクをつけて席に着いた。


ステージの中央に、

白杖を手にした青年が立っている。


健一だった。


由美の心臓は激しく高鳴る。


(あれは……健ちゃんだ、間違いない!)


由美は両手で胸を抑えて震えた。

目に涙が溜まりこぼれ落ちる。


司会者の紹介が終わり、

健一はゆっくりとマイクの前に立った。


「……『光をくれた人』」

彼の声が、穏やかに空間を包み込む。


「――人は誰かを救おうとした時、

 その願いが自分をも変えてしまうことがある。

 それでも、人は願わずにはいられない。

 なぜなら、その願いこそが“生きること”だからだ。」


朗読が進むにつれ、

会場には静かな涙の音が広がった。

由美は、膝の上で手を強く握りしめていた。

彼の声が、あの日の庭の光を思い出させる。


――この声を、もう一度聞けるなんて。


朗読が終わり、拍手が起こった。

健一は深く頭を下げ、ゆっくりと会場を降りていった。



四 再会


会場の外。

夕暮れの風が桜の花びらを舞わせていた。

由美は1人佇んで門の片隅で彼を待っていた。

関係者が次々と会場から出て行って途切れていく。

そしてようやく杖をついて健一が出てきた。

彼は付き添いの人に挨拶をして1人で門の方向に歩いてくる。


由美は近づいてくるその姿を見て胸が張り裂けそうになった。

夢にまで見た人が今そこにいるのだ。

由美は勇気を振り絞り、彼に声をかけた。


「健ちゃん……」


健一が顔を上げる。

その瞳は見えていない。

けれど、由美の声を聞いた彼は驚いて思わず声が高くなる。


「……由美?」

「うん、私だよ」


沈黙が流れる。

それは、言葉よりも深い時間だった。


健一が微笑んだ。

「やっと会えたな」

「うん……長かったね」


2人は子供の時のように笑い合った。

その一瞬で2人の思い出がまた現実になる。

由美は泣きながら、

自分の頬の傷に触れた。


「もう、こんな顔になっちゃったけど……」


由美はそっと健一の手を取って顔の傷に触れさせた。

健一は少し驚いたがすぐに首を振った。


「由美……僕には、昔の君だけが見えるよ」


由美は目を見開いた。


「でも、健ちゃん……私、あなたに酷いことを……!」


健一は手をかざして由美の声を遮る。


「そんなことは気にしなくていいさ。由美だって苦しんだんだろ。」

「だから過去は過去だよ。恨むことは何もない」


健一は由美の顔を撫でて優しく微笑む。


「見えなくても、心は覚えてる。

 君の笑い声も、泣き顔も、

 全部、僕の中に光のまま残ってる」


由美は嗚咽をこらえながら言葉を絞り出す。


「……ありがとう……ありがとう 健ちゃん……」

「健ちゃんがいなくなって……わかったの……」

「私ね……ずっと……ずっと好きだった……」

「だのに……それなのに 私……うううううっ!!!」


由美の声はくぐもっていき、堪えきれずに咽び出す。

由美が握っていた健一の手に顔を埋めて由美は大声で泣き出してしまう。

健一はその由美の肩を両手でそっと支える。

健一の目からも一筋の涙が流れていた。


健一の手を由美の温かい涙が濡らしていく。

由美は肩から健一の力強い手の温もりを感じていた。

2人の長かった孤独がゆっくりと涙とともに溶けていった。



五 見えぬ光、見える心


桜が舞う坂道を、二人は手を繋いで歩いていた。

健一は白杖をつきながら、由美の歩幅に合わせてゆっくりと進む。

失っていた時間を取り戻すように……


「由美、君の小説の中にあった“光”って、何のこと?」

「……健ちゃんのことだよ」

「僕?」

「うん。あの日から、ずっと私の中にあったの。

 たとえ暗闇でも、人を照らせる光があるってことを――教えてくれたのは、健ちゃんよ」


健一は微笑んだ。

「それなら、僕の声もその光の一部だな」

「そうだね。私たちは……お互いの光なんだと思う」


夕陽が二人の背を照らす。

それは、見える者にも見えない者にも平等な光。

無間地蔵が与えた“願い”は、

最終的に二人の「心の成熟」として結実していた。


もう地蔵の影はどこにもない。

地蔵は健一の元からいつの間にか消えていた。

あの地蔵は本当にあったのだろうか、健一にはそれが現実でなく夢のように思える。

だが自分の目を奪ったのは確かにあの地蔵だった。

それだけは疑いようもない現実だった。

だがそれが不幸だとは限らない。

健一と由美が本当に欲しかったものはここにあるのだ。

それはもう夢ではない。


由美と健一が今感じてるのは静かに流れる風とお互いの手の温もりである。

その温もりが二人の未来を明るく照らしているのは確かであった。




終章 光の記憶


数年後。

福祉センターの録音室では、健一が新しい原稿を手にしていた。

それは由美の新作――**『風の声』**。


「……読ませてもらうよ、由美」

彼はマイクに向かって囁いた。


遠くの街の一室で、

由美がその録音をイヤホンで聴いていた。

健一の声が、静かに心に降り注ぐ。


目を閉じると、あの夏の日の空が広がる。

――青く、眩しく、そしてどこまでも優しい光。


由美は微笑み、そっと呟いた。


「ありがとう、健ちゃん。

 あなたの声が、今も私の世界を照らしてる。」


窓の外では、風が吹いていた。

その風の中に、ふたりの“光”が確かに生きていた。




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