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ボクと恐竜博士のやさしい時間

一 洋館の博士


 学校の帰り道、友達から聞いた話だ。


「なあ、あの丘の上の古い洋館、知ってる? そこにさ、昔、本物の恐竜博士が住んでるんだって!」


 恐竜博士? 本当に? ぼくの胸は一気に高鳴った。


 さびついた鉄の門を押すと、ぎぃっといやな音がした。中庭には雑草が伸び放題で、洋館の窓はほこりで白くくもっている。けれど玄関のドアをたたくと、中から声がした。


「……誰だい?」


 出てきたのは、背の高いおじいさん。白い髪とヒゲ、ちょっと大きな眼鏡。そして部屋の奥には――大きな恐竜の骨格模型!


「わあっ!」

 思わず声をあげるぼくに、おじいさんは少し驚いたように笑った。


「君は恐竜が好きなのか?」


「はい! 大好きです!」


 その瞬間、おじいさんの目がぱっと輝いた。


二 恐竜の話をする時間


 おじいさんは佐伯博士と名乗った。昔は大学で恐竜の研究をしていたという。部屋の中には化石のかけらや研究ノートが山のように積まれていて、まるで博物館の倉庫みたいだった。


「この歯の化石を見てごらん。ティラノサウルスのだよ。肉を切り裂くために、のこぎりのようなギザギザがあるんだ」


「本物ですか?!」


「もちろん。わたしがアメリカの発掘現場で掘り出したんだ」


 ぼくは夢中で博士の話を聞いた。恐竜の大きさ、戦い方、暮らし方……どれも図鑑よりずっと生き生きしている。博士は恐竜の名前をスラスラ言えて、まるで今そこにいるみたいに語ってくれる。


 でも、帰るときに博士は首をかしげて、こう言った。


「ところで君……名前はなんだったかな?」


 胸がきゅっとした。ぼくは名乗ったばかりのはずだったから。


三 博士の記憶


 それから毎日のように博士の家に通った。恐竜の話をするとき、博士は元気で若者みたい。けれど時々、同じことを何度も聞いたり、ぼくのことを忘れたりする。


「悠斗君だったね、すまない、どうも最近は物忘れがひどくてね」


 博士は少し困ったように笑った。


 学校の先生に相談すると、先生は優しい声で教えてくれた。


「佐伯さんはね、認知症という病気なんだよ。記憶が抜け落ちてしまったり、昨日のことを忘れてしまったりするんだ」


 ぼくはショックだった。でも同時に思った。博士が恐竜の話をしているときだけは、本当に生き生きしている。だからぼくは決めたんだ。


「博士と一緒に、恐竜の話をたくさんしよう」


四 幻の論文


 ある日、博士の机の引き出しから古いノートが出てきた。表紙には「新説:羽毛恐竜の進化」と書かれていた。


「博士、これ何ですか?」


 博士はしばらくノートを見つめ、目を細めた。


「……ああ、これはわたしが最後に書いていた論文だ。だけど途中でやめてしまった。頭がはっきりしなくなってね」


 ノートの中は途中で途切れている。恐竜がどうやって鳥に進化していったか――博士の考えがびっしり書かれていたけれど、まだ完成していなかった。


 その夜、ぼくは布団の中で考えた。


(博士と一緒に、この論文を完成させたい!)


五 博士とぼくの挑戦


 次の日から、ぼくは図書館で恐竜の本を借り、調べたことをノートに書き写した。博士に見せると、博士は嬉しそうにうなずいた。


「なるほど……君はなかなか鋭いね」


「博士が書きたいこと、ぼくも一緒に考えます!」


 博士は何度も同じことを忘れてしまう。昨日話したことも、次の日にはゼロに戻ってしまうこともあった。それでも、ぼくはあきらめなかった。博士と恐竜の話をしている間だけは、博士が博士らしくいられるから。


 やがて、少しずつ論文の形ができてきた。博士は震える手でペンを握り、文字を書き足していった。


六 最後のページ


 春の終わりの日。博士は完成した論文をぼくに手渡してくれた。


「悠斗君、ありがとう。君のおかげで最後まで書けたよ。これはわたしの宝物だ」


 博士の目はうるんでいた。


「でも博士、宝物は博士のものじゃなくて、恐竜が好きなみんなのものです。ぼくも、博士と一緒に書けてうれしいです!」


 博士は笑い、ぼくの頭をやさしくなでた。


 それから数日後、博士は病院に入ることになった。体が弱ってしまったのだ。博士はぼくの名前を思い出せなくなることもあったけれど、恐竜の名前だけはいつも正しく言えた。


「ティラノサウルス・レックス……最強の肉食恐竜だ」


 博士の声は、ぼくの心にずっと残っている。


七 恐竜は生き続ける


 博士が病院で眠っている間、ぼくは完成した論文を図書館の司書さんに見せた。やがてそれは大学に届けられ、博士の研究仲間たちが読み、そして学会で発表された。


 博士の名前は再び恐竜研究の中で光を放ったのだ。


 ぼくは博士に会いに行き、耳元でささやいた。


「博士、論文、みんなが読んでますよ。博士の恐竜は、これからも生き続けます」


 博士は目を閉じたまま、かすかに笑ったように見えた。


八 やさしい時間


 今でも、博士と過ごした日々を思い出す。恐竜の名前を言い合って笑った時間、化石を手に取って胸が高鳴った瞬間。博士がぼくの名前を忘れてしまっても、ぼくは博士のことを忘れない。


 博士が教えてくれたのは、恐竜のことだけじゃない。


「今を大切に生きること」


 それこそが、博士からぼくへの最大の贈り物だった。


 だから今日も、ぼくは恐竜図鑑をひらいて博士に語りかける。


「博士、見てください! アンキロサウルスです! しっぽのハンマーで敵を追い払うんですよ!」


 ページの中の恐竜たちは、まるで博士の笑顔のように、元気いっぱいに動き出す気がした。


おわり



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