第36話 幼馴染と夏祭り1
「じゃあ夜木君……いいですか……?」
「望むところだ……」
「「じゃんけん、ぽん!」」
あの後3人でファミレスへ食事に行き、未だ揉めていた俺と白峰さんは、じゃんけんで勝った方が遥香の分の会計を支払うということで落ち着いた。
結果的に勝ったのは白峰さんで、勝利の瞬間に飛び跳ねて喜ぶ彼女の姿は幼い少女そのものだった。
白峰さんを駅まで送り届け、俺と遥香も帰路に着く。
ふと空を見上げれば星が綺麗で、流れ星でも飛んできそうにも思える。
「そんな上ばっか見て転んでも知らないよ?」
夜の静けさによく通る、幼馴染の声。
「でも綺麗だぞ、今日の星」
「そお? あたしにはいつもとおんなじに見えるけど」
「遥香……今日はありがとな」
「別に〜、あたしはあたしの目的の為にやっただけだし……」
「一体どんな魔法使ったんだよ」
「そんなこと教える訳ないじゃんばぁ〜か」
「お前からバカって言われるの、これで何度目だろうな……」
「さあ、そろそろこの星の数くらいは言ってるかもね〜」
「ハハハ……そうかもな」
とりとめのない、いつもの雑談。無駄話。それが何より、心地良い。
「やっぱご機嫌だね、奏向……」
「全部お前のおかげだろ?」
「そうだけど、なんかやっぱムカつく。最近ずっと死にそうな顔してたくせに……」
切れ味の良いジト目が向けられていそうで、遥香の方を向けなかった。
「ちゃんとお礼、しないとだな……」
「ホントだよ! これであたしにかまってくれなくなったりしたら許さないから」
「約束も忘れてないって……」
「ホントにぃ〜? じゃあどこ連れてってくれるか考えてくれてたの?」
疑うような、吊り上がった声。
「ちゃんと考えてたって!」
「じゃあ、どこ……?」
今度はさっきよりも低いトーン。
「久しぶりに……夏祭り、行かないか……?」
「行きたいっ! 浴衣着たい! わたあめ食べたい!」
陽気な声のした方へ視線を向けると、幼馴染は空の星なんかより、ずっと輝いた表情をしていた。不思議と、脈が早くなるのを感じる。
「じゃあ、行くか……」
「うんっ!」
それから家に送り届けるまで、今度は遥香の方が空ばかりを見上げて歩いていた。
***
祭りの当日がやってくると、その日限りはいつもの朝9時になっても、遥香は俺の家に姿を見せなかった。
久しぶりの平和な朝にも関わらず、なんだか少し寂しいと感じてしまうのは、あのあざといメスガキの術中にまんまとハマってしまっているからなのだろうか。
特にやることもなくダラダラと過ごしていると、幼馴染からメッセージが届いた。最近毎日一緒にいたから、以前のやりとりが随分と昔だったことに、つい驚いてしまう。その内容は至ってシンプルで、待ち合わせ時刻と場所だけが記されていた。
俺が待ち合わせ場所の神社の鳥居に到着すると、遥香はすでにそこにいた。
白を基調とした青い花模様の入った浴衣姿。髪を後ろで結い、いつもより少し大人っぽく見えるその佇まいに、俺は見惚れて足を止める。
俺に気付いた遥香は、嬉しそうに下駄を鳴らしながら近付いて来た。
奴との距離が近くなればなるほどに、これが心臓の音なのか、それとも遠くから聞こえる太鼓の音なのか、わからなくなってしまう。
「どお? かわいい?」
自信に満ち満ちたその顔は、決して高慢でも不遜でもない。
「正直……可愛い……」
「アハハ……ホントに正直じゃん! じゃあ、これから毎日浴衣着よっかな……?」
あざといくらいの上目遣いが、俺を襲う。
「毎日は面倒だろ……」
慌てて視線を逸らすと、遥香は俺の手を引いた。
「冗談に決まってんじゃん。ほら、行こ?」
小走りで駆け出した幼馴染は、真っ先にわたあめの屋台に向かっているようだった。
これではどちらがエスコートしているのか分からないけれど、俺たちはこのくらいが丁度いいのかもしれないとも思わされてしまう。
屋台に並んでいると、うなじに見惚れている俺の方へくるりと首を捻った遥香。
「奏向もわたあめ食べる?」
「俺はいいかな」
「じゃあ、あたしのひとくちあげるね?」
ニコリと向けられる、純真無垢な笑顔。
「お、おぅ……」
なんだか今日の遥香には、一切のメスガキ要素が失われているような気がする。
こっちの遥香が本来の姿なのか、それとも今は敢えて抑えているのかは、この際どちらでもよかった。
と言うよりきっと、どちらも遥香なんだ。
時にウザったらしく、時に優しく。
それが俺の幼馴染で、常に一番の理解者でいてくれた黒川遥香という1人の女の子なんだ。
俺はコイツをわからせたいんじゃない。ずっとコイツに、わかっていて欲しいと思っていたのかもしれないな。
「はい奏向、あ〜ん」
大きなわたあめを向けてくる遥香。
「なんか、恥ずいな……」
「前に持田くんとはやってたじゃん! あん時ホントはあたしでもやったことないのにって、ちょっと嫉妬しちゃってたんだからね!?」
「そ、そうだったのかよ……」
「だからハイ! あーん!!」
「分かったよ……」
俺がそれに口をつけると、遥香は満足げな顔を浮かべて自分も美味しそうに頬張った。
俺は少しだけ、砂糖に嫉妬してしまった。




