第33話 転校生はかまってちゃん(遥香Side)
「夜空……ホントのこと教えてくれてありがとう」
「で、でも……私のことなんか気にしなくていいです。夜木君には遥香ちゃんのほうが、ずっとお似合いですし、私はそれを外から見てるだけで幸せ、ですから……」
「幸せなら、なんで今辛そうなの?」
「そ、それは……」
やっと顔を上げた夜空だったけど、続く言葉が喉に詰まってるみたいだった。
「夜空って友達には、嘘つかないんだよね?」
「す、すみません……本当はあの日、ライブから帰ってきてから、すっごく泣いてしまいました。悲しくって、切なくって、もしもお家に猫ちゃんたちが居なかったら、未だに泣いていたかもしれません……」
「ねぇ、ちゃんと言葉で聞かせてよ……奏向のこと、どう思ってるの?」
「……わ、私は夜木君が、好き、です……初めて、恋を、してしまったみたいです……」
照れながら本音を話してくれた夜空に、ホントの初恋なんだって伝わってきた。
あたしとおんなじだ。
「そっか。じゃあこれでやっと対等だね?」
あたしが笑顔を向けると、夜空はポカンと口を開けていた。
「ど、どうして怒らないんですか……? 遥香ちゃんには、私は邪魔者じゃないですか……」
「てかさ、夜空ってやっぱあたしのこと舐めてるよね? 言っとくけど、あたしと奏向はもうベロチューまでしちゃってるから!」
「べ、ベロチュー……!!」
真っ赤にさせた顔を、両手で覆う夜空。
「ま、あれは、あたしから無理やりしちゃったんだけどさ……」
「や、やっぱり遥香ちゃんは大人です……」
「夜空は、これ聞いてどう思った?」
「し、心臓が、チクってしました……」
「あたしも、奏向から夜空とのデートの話を聞かされる度に、おんなじ気持ちだった。羨ましいとも思ったし、心が痛くもなった。でもだからこそ、もっと頑張ろって思うこともできたんだよね」
「でも私は、遥香ちゃんと争いたくなんてありません……」
真っ直ぐに向けられたうるうるとした瞳を、直視できない。
「あたしは……夜空が身を引いてくれたことは、正直言って嬉しい。性格悪いって思われても、嬉しいものは嬉しいもん。でもさ、わかんないけど、ムカついてもいるんだよね……」
「わ、私はどうすればいいんでしょうか……」
「そんなの知らない。でもこっちが頼んでもないのに、夜空が勝手に身を引いたんだったら、そんな悲しそうな顔しないでよ。ずっと仲良くしてたいって、そんなのあたしだって同じだよ。きっと奏向だってそう思ってるよ。それでもこうなっちゃった以上は、どっかで折り合いつけなきゃいけないじゃん! その役目は夜空でもないし、あたしでもない。奏向なんだよ……この先は全部、奏向が決めなきゃいけないことなの! だからあたしたちは、それを待つしかない。恋は先に惚れた方が負けって、そういうことなんだって思う……なんかごめん、あたしばっか言いたいこと言っちゃった……」
顔を横にブンブンと振ってから、夜空は返す。
「い、いえ、確かに私、遥香ちゃんに何も相談せず勝手な事をして、すみませんでした……」
「別にあたしに相談なんてしなくてもいいけどさ……恋のライバルの前に、あたしら友達でしょ……? 夜空だけが辛い思いするのは、フェアじゃないよ。でも勘違いしないでね、奏向を譲るつもりは1ミリも、1ミクロンもないから!」
それを聞いた夜空は、さっきよりも顔を上げて、少しだけ嬉しそうに尋ねる。
「じゃ、じゃあ私……夜木君と、シマウマさんを見に行ってもいいですか……?」
「勝手にすれば? あたしは絶対負けないから。ベロチューもしたし……」
こんなことでまたマウントをとっちゃってることに、自分でも子供だって思う。
「べ、べろ……ちゅう……わ、私も、してみたいです……」
何を言い出すかと思ったら、夜空の予想外のセリフにあたしは笑ってしまった。
「アハハ……夜空ってホント正直だね……でもダメー!!」
「そんな……遥香ちゃんだけズルイです……」
「あたしは幼馴染だからいいのー!」
「えっ……じゃあ、我慢します……」
「だからさぁ……まぁいいや。ちゃんと話せてスッキリしたし。あたしの言いたいことは全部言ったから、今度は夜空の番だよ?」
「えっ……何を言えばいいんですか……?」
「あたしへの文句でも、なんでもいーよ?」
「そ、そんな文句なんて……」
「本当にー?」
申し訳なさそうにしながらも、あたしが念を押したら夜空は恐る恐る口を開いた。
「ひ、ひとつだけあるとすれば……遥香ちゃんが、羨ましいです。遥香ちゃんばっかりいつも夜木君と一緒に居られて、なんでも話せる関係で、ズルイです……私だって、もっと夜木君にいっぱい、構って欲しいです……!」
「ちゃんとあるじゃん」
「す、すまません……!」
すぐに小さく縮こまる夜空。
「いいんだよ? それで……」
「き、嫌いにならないで下さい……!」
「嫌いになれたら、楽なんだろね……」
「ど、どういう意味ですか……?」
「ううん、なんでもない。せっかくだからカラオケしよっか?」
「は、はい……!」
この子を嫌いになれたら、どんなにいいんだろう。でも好きな人の好きな人を、たったそれだけの理由で嫌いになるような、そんなイヤな女を、奏向はきっと選ばない。
あたしは、そう自分に言い聞かせることにした。




