番外編 メスガキ中学生『プール開き』
これは――俺と遥香がまだ中学3年生だった頃の、些細な日常の記憶。
俺とメスガキ系幼馴染との、ありふれているけど大切で、かけがえのない思い出の物語。
***
この日は、プール開きだった。
俺は朝から少し熱っぽかったのもあり、見学することにした。
プールサイドの日陰に腰掛けて同級生のはしゃいでいる姿をボーッと眺めていると、アイツがやってくる。
「あれぇ〜? 奏向今日体育サボり〜?」
「……っ」
突然名前を呼ばれ、現在の体温の上昇とは関係のない悪寒が背筋に走る。
密かに遥香の水着姿を心待ちにしていた俺は、緩やかに声のした方へと首を向けた。
「え……」
遥香は、セーラー服姿だった。
「プププ……どしたの、その期待外れだったなぁみたいな顔……?」
おちょくったような、俺のこの反応を初めから狙っていたと言わんばかりのしたり顔。
「べ、別に! お前も見学か?」
「そだよ〜」
「元気そうなのに、なんで?」
遥香は俺の隣にちょこんと腰掛けた。
「ちょっとね〜」
「もしかして、女の子の日ってやつか?」
俺の何の気なしの質問に対して、まるでゴミでも見るかのような、蔑みの視線が飛んできた。これはいつものメスガキモードではなく、ガチなやつだ。
「……ねぇ奏向、言っておくけどあたし以外の女の子にそんなこと言ったら絶対セクハラで訴えられるからね? あ、でも奏向にはあたし以外に話せる女子なんていないかぁ〜。ごめんねぇ〜気がつかなくて〜?」
楽しそうに顔をくにゃりと歪ませている幼馴染。
「お前、ホント楽しそうだな……それでなんで今日は見学なんだよ?」
「教えな〜い」
「まさか、俺と話したくて休んだのか?」
ほんの冗談のつもりだったのに、遥香は俯いてボソボソと呟き始めた。
「奏向のばかちん、なしてこげんときばっか……」
「え、今なんて?」
「なんでもなか! あたしも体調悪かっただけだし!」
「そんなに声が張れるなら十分元気だろうが……」
「てか奏向、熱は?」
「さっき測ったら37.2°だった」
「微熱だね。保健室いかなくていーの?」
「いいよ。ちょっとだるいくらいだし」
「ちゃんとお薬飲んだ?」
「朝飲んできた。って、お前は母親かよ?」
「だって、奏向ママがいない時はあたしが奏向の面倒みてあげないとでしょ?」
「俺はもう小さい子供じゃないぞ? 自分のことはもう大体自分で出来る」
「うっそだぁ〜。じゃあ家に帰ってから風邪薬がどこにあるか知ってるの?」
「……し、知らん……」
「ほらー。リビングの棚の上にある救急箱に入ってるから、帰ったらちゃんと飲むんだよ?」
「なんでお前が俺より詳しいんだ……」
「それはやっぱ、幼馴染だし……」
遥香の顔はほんのりと赤かったけれど、これが夏のせいなのかどうかは、この時の俺にはわからなかった。
「遥香も体調悪いなら、俺なんかほっといて保健室行ったらどうだ?」
「保健室行くよりも、奏向をいじめてたほーが早く元気になれそうだから、あたしはここにいるんだけどぉ〜?」
また向けられた挑戦的な視線に、俺は思わずドキリとさせられてしまう。
水着なんか着ていなくても、夏用のセーラー服から露出された汗ばんだ肌だけで、十分エロいし、そそられる。
ここがプールサイドというのも、シチュエーションとしては最高だ。
「それはそうとお前、ちゃんと足閉じとけよ? プールに入ってる奴らにパンツ見られちまうぞ?」
「見えないようにしてるから大丈夫。てかそれってあたしのパンツが他の男子に見られるのがイヤってこと?」
心の中が見透かされているような気がした。
幼馴染の不敵な笑みの追撃で、俺の体温はきっと上がっていることだろう。
「な、なんでそうなるんだよ、俺はただお前を心配しただけで……!」
「奏向って、かわいいとこあるよね……?」
「か、揶揄うなよ!」
「だってホントでしょ〜?」
「お前と一緒にいたら熱上がりそうだから、保健室行ってくる!」
俺が立ち上がると、遥香も腰を上げた。
「じゃあ、あたしも行こっかな?」
「なんでついてくるんだよ!」
「だってまだイジメ足んないし」
「もう頼むから勘弁してくれよ……」
「ざぁこ♡」
ニヤニヤと笑う幼馴染の顔を、いつか見返してやりたいと思った。
でも俺にコイツをわからせることなんて、本当に可能なのだろうか。




