第29話 転校生とライブ2
グッズを買いライブ会場のドーム内へと入場した俺たちは、期待に胸を膨らませていた。
「ど、どうしましょう夜木君……い、今からマジカンの演奏と歌声が生で聞けると思ったら、緊張で口から心臓出ちゃいそうです……」
白峰さんの身体が、ブルブルと震えていた。
「白峰さん、とりあえず水でも飲んで落ち着くんだ。飲んだらゆーっくり深呼吸してみて」
「スー……ハー……スー……ハー……」
胸に手を当てて息を整える白峰さん。
「ど、どう……?」
「な、なんとか落ち着きました……ありがとうございます。もし私がライブ中に気絶しちゃっても、気にせずに夜木君はライブを楽しんでくださいね……?」
この人なら本当にありそうで不安だったけれど、白峰さんはなんとか意識を失わずにライブを最後まで観ることができた。
俺は時折、ステージよりも隣の彼女が今どんな表情をしているのか気になってしまい、頻繁に横目で観察していた。
いつもの学校生活では見られない無邪気にはしゃいでいる姿を、あの日のホウキギターと重ねてみたり。あの演奏中に聞いていた曲はこれだったのかと、ライブ中のギターを担当するバンドメンバーの動きで気付いてしまったり。
白峰さんの知らない一面が見られるのなら、今までは高額だと思っていた音楽ライブのチケット料金は、もしかすると妥当かそれ以上の価値があったのかもしれないと、認識を改めさせられてしまった。
来てよかった。また行きたい。そう思わせてくれる素晴らしい満足感と余韻に包まれながら、会場の外へと出る。
もう空はすっかり暗くなってしまっていたけど、今にも走りだしたくなるような晴れやかな気分だった。
興奮冷めやらぬ帰り道、終始マジカンの話で盛り上がっていたのに、駅が近くなったタイミングで彼女は改まった様子で話題を変えた。
「実は今日、夜木君に伝えたいことがあったんです……」
こんな言い方をされては、いくら鈍いと言われる俺だって流石に勘ぐってしまう。
まさか、告白でもされてしまうのかと、身体中が強張るような緊張に襲われる。
「な、なに……?」
白峰さんは、深く息を吸ってから口を開いた。
「2人きりで会うのは、もう、これで最後にしませんか……?」
――俺が思っていた内容とは、真逆だった。
どこか少しだけ淡い期待をしていた分、戸惑いは更に大きく膨れ上がっていく。
「え……」
「ここ最近、色々と考えたんですけど、それがいいと思うんです……」
「で、でも、シマウマは……?」
「私が1人で2回動物園に行って、2票入れてこようと思います……」
「なんで……いきなり……そんなこと……」
「こうするのが一番だって、思ったんです……今まで私なんかに付き合ってくれて、本当にありがとうございました。もうこれ以上、私から夜木君にワガママを言うことはありませんから、安心して下さい……」
イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ。
今なら……遥香が俺に泣いて縋った気持ちが、痛いほど分かった。
なんでだよ。どうしてそんなこと言うんだよ。やめてくれよ。勘弁してくれ。冗談だろ?
俺……嫌われたのか……?
どこで失敗したんだ。どこで見限られたんだ。やっぱり、俺と一緒に居ても楽しくなかったんだ。
挽回するチャンスさえ与えてもらえずに、もうゲームオーバーかよ。セーブデータとかないのかよ。どこからでもいいから、やり直せるなら誰か電源落としてくれよ。どっかの頭のいい奴、早くタイムマシンを発明してくれよ。
それでも俺の頭の中で駆け巡るこれらの感情を、表に出すことは……できない。
よくわからないちっぽけなプライドが、邪魔をする。みっともなくあがいて、ダサい男だと、思われたくない。
それに、遥香には泣いて縋るのはお前らしくないなんて言っておいて、いざ自分の番になればクルリと掌を返すような事も、したくない。
「わ、わかった……」
嘘だ――何もわかってなんかいない。むしろ意味が分からない。
「今まで私の為にお時間を割いていただいて、本当にありがとうございました。すっごく楽しくて、夢のような時間でした……」
なんだよ……その恋人が別れる時みたいな台詞は…………俺は、今まで誰とも付き合ったことのない童貞野郎だっつーの……
「俺もすっげえ楽しかった!」
適当に話を合わそうとしてんじゃねえよ。何を無理して明るく振舞ってんだ、引き留めろよ。今からでも、嫌だって言えよ。
「じゃあ夜木君と次にお会いするのは、また学校が始まる9月ですかね……?」
まだ2週間近くもある。無理だ耐えられない。まだ間に合う、また会いたいって言えよ!
「そうだな……夏風邪とか流行ってるみたいだから、気を付けて……」
「はい……夜木君も……では、今日はこれで失礼します……さ、さようなら、です……」
「お、おう……じゃあ……」
足早に去っていく白峰さんの後ろ姿をジッと見つめながら、どうか振り返ってくれと強く願う。
でもやっぱり俺の願いは届かず、彼女の背中はとうとう見えなくなってしまった。




