第25話 同級生と焼肉パーティ
焼肉――それは網の上で繰り広げられる、小さな戦争。
自分の領土を守りつつ、肉という名の兵士を一人前になるまで育てていく。
俺が手塩にかけて育成した一等兵の牛タンが、そろそろいい頃合いだ。
さて、先にタレ皿へレモンを絞り、早速……
「あれ……? 俺の育てた牛タンは!?」
「あーしのふちのはは」
ハフハフと美味そうに咀嚼する遥香。
「おい表出ろ、今日という今日は許さん」
ゴクンと飲み込んだ遥香は気怠そうに返す。
「食べ放題なんだからまた頼めばいいじゃん。そんな怒ってたらご飯マズくなるよ?」
「誰のせいだ誰の……牛タンは食べ放題メニューに入ってないから別料金で頼んだんだよ!」
「や、夜木君、豚さんのタンならメニューにありますよ? 注文しますか……?」
優しい白峰さんは毎度こうして折衷案を提示してくれる。でも違うんだ。焼肉の始まりは牛タンだと、恐竜の時代から決まっているのだ。
「ありがとう白峰さん……でもまた追加で牛タンを注文するよ……」
「ねね、それならあたしの分もヨロ〜!」
「おい遥香……お前は俺を破産させるつもりか?」
「もし破産したら奏向ん家にあるゲーム売ってきてあげるからモーマンタイ」
凛々しい顔でグッと親指を立てる幼馴染。
「それも俺の資産なんだよ! 少しくらい遠慮しろよ!」
「じゃあこの後みんなで奏向ん家行く?」
面の皮一枚から送られる含みのある笑みに、現在の部屋の惨状がフラッシュバックした。
戦意を喪失し、小声で助けを求める。
「……ごめん、許して……」
「聞こえな〜い」
このメスガキめっ!
「すいませんでした!!」
「ざぁこ♡」
「そういや白峰さんって家どの辺なの?」
持田はこんな時でも白峰さんに会話を回すジェントルマンだった。
「こ、ここから2駅先です……」
「夜空の家、猫が10匹もいるんだよ!」
なぜかそれに遥香が乗っかる。
「え!? 俺マジ超猫大大大好き!」
「ほ、本当ですか……!? ぜひ今度ウチの猫ちゃんに会いにきてあげて下さい……」
「やったぜー! 白峰さんの家にお呼ばれするなんて総理大臣の家より貴重だよな、奏向?」
「そ、そうだな……」
前々から思っていたが、持田のコミュ力は一体どうなっているんだ。きっと何かしらの特殊訓練を受けたに違いない。俺が焼肉に集中して一切喋らずとも、満遍なく会話を回している。
「はい白峰さん、肉焼けたよ」
白峰さんの取皿へと焼けた肉を載せる持田。
「あ、ありがとうございます……」
こ、コイツはコミュ力だけに飽き足らず、気配りまで出来るのか……?
俺なんてさっきから自分の分しか焼いていないぞ。これか、これがモテ男との差か……?
挙げ句の果てにスポーツ万能ときたもんだ。
いかん。奴が遥香を好きだと聞いてからというもの、やけに持田を意識して自分と比べるようになってしまった。
勝ち目などない、住む世界が違う。俺なんて焼肉で言えばホルモンだ。ホルモンの語源は関西弁で捨てる物を意味する「放るもん」だと聞いたことがある。
俺なんてゴミだ……俺なんて……
「このハラミすっごく美味しいです……私、ハラミが大好きで……そういえば、この前初めて知ったんですけど、ハラミもホルモンの一種らしいんです!」
白峰さんのこの言葉に、救われた気がした。捨てる神あれば拾う神ありとはこの事だ。
「白峰さん、ありがとう……全ホルモンを代表してお礼を言わせてくれ……」
「えっ……!? 夜木君もホルモンだったんですか……!?」
白峰さんの隣に座っていた遥香は、正面の俺を小馬鹿にしたように言う。
「奏向がホルモンなら、持田君はカルビって感じだよねぇ〜」
「黒川さんは、どっちが好き……?」
突如寄せられた持田のこの質問が予想外だったのか、遥香は戸惑いながらも答える。
「や、焼肉なら……カルビ、かな……?」
「焼肉なら……ね……」
――憂いを含んだ、持田の表情。
なんだよこの恋愛ドラマのワンシーンみたいな駆け引きは……こいつマジで容赦ねぇな。
食事を終えた俺たちは、店を出て余韻に浸るように少し会話を挟み、解散となる。
「じゃあ俺は方向一緒だし白峰さん送ってくわ」
「頼むぞ持田」
「任せとけって。お前も黒川さんを無事に家まで送り届けろよ?」
「こいつは俺なんか居なくても平気だよ」
「ちょい奏向それどういう意味?」
怪訝な瞳を向けてくる幼馴染を両手で牽制しながら、俺たちは帰路についた。
街灯の灯りに照らされた帰り道で、遥香は道路に引かれた白線の上だけを器用に沿って歩く。
「お前、小さい頃からよくそうやって歩いてるよな」
「うん、癖になっちゃってるのかも。奏向にはないの? 自分ルール的な」
「そうだな……中学の時、給食とかは好きな食べ物を最後に残してたりしたかな」
「あ、そういえばそだったね。あたしがそれつまみ食いしたら、奏向めっちゃ怒ってた」
「それは今でも変わってねーけどな。牛タンの恨みは忘れてないぞ」
「しつこい男は嫌われるよ〜?」
「お前が言うな。あ、あともう一個あったわ」
「なぁに?」
「中学からの帰り道、わざとちょっと遠回りして、お前ん家の前を通って帰ってた」
「え……?」
バッと振り返った遥香は、今夜の月みたいにまん丸な瞳を俺に向けて、呆けていた。
「あの時はお前のこと、好きだったからな……」
「奏向……」
薄暗くてもよく視える、猫みたいにキラリと閃く2つの光。
「いつもやられっ放しじゃなんだから、たまには反撃したっていいだろ?」
意を決したように、口を開く遥香。
「あたし決めた……」
「何を?」
「今日……奏向ん家にお泊まりする!」
「は……? いやいやいや無理無理無理! 絶対来んな!」
「なんで? 昔は夏休みによくお互いの家で泊まり合ってたじゃん!」
「それはガキの頃の話だろ!?」
「いいもん。奏向の許可なんかなくたって奏向ママに直接電話で聞くから」
プイッとそっぽを向くと、遥香は早速スマホを取り出して俺の母へ電話を掛け始めた。
どうやらこの幼馴染は本気のようだ。
なぜあんなことを、言ってしまったんだろう。
俺は、もしかして焦っていたのか?
このままだと遥香を持田に奪われかねないなんて、そんなことを心のどこかで考えていたのだろうか。
電話を終えた遥香は、嬉しそうに笑った。
「奏向ママのOK、いただきました♪」
「あんのクソババア……」
「帰りにアイス買ってきてって言ってたよ?」
「誰が買うかっ!」
――もしも遥香に昨日みたいに迫られたら、俺は耐えることが出来るのであろうか。




