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第2話 幼馴染はわからせてくれない





「なぁ奏向ー。お前、好きな奴いるー?」


 昼休み――教室で弁当を食べながら持田がボーッと窓から空を眺めて言う。


「な、なんだよいきなり……」


「なんか最近告られること多くてさぁ。でも俺、今は部活に集中したい時期だしどうしようか悩んでんだよなぁ」


「モテる男は辛いな」


 高校2年になって早1ヶ月。いい意味でファーストコンタクト時の印象とは違い、持田は裏表のない良い奴だった。こんな贅沢な悩みを打ち明けられても決して自慢には聞こえないし、当人もそれを鼻にかけている様子もない。


 人は見かけによらないとはこの事で、だからこそ俺は貴重な昼休みを、こうしてコイツと共に過ごしている。というか、持田以外に気を許せる友達がいないだけとも言える。

 

「でもお前には黒川さんがいるか! いつも夫婦漫才してるもんな!」


「アイツとは……ただの幼馴染だ……」


「そうかぁ? 俺にはお似合いに見えるけどな。黒川さん学年でもトップクラスに可愛いし、狙ってる奴も多いらしいぜ? ボヤボヤしてると取られちまうかもしんねーしさ」


「まぁ美人なのは、認めるけど……」


「あ、お前顔赤くね?」


「見るな! 黙って飯を食え! 神に感謝してよく噛んで食え! そしてもう喋るな!」


 俺は持田の弁当箱から玉子焼きをつまんで無理矢理口にねじ込んだ。


「ブヘッ、わ、分かったって、そんな怒んなよ。でも奏向揶揄うのやっぱおもしれーわ。黒川さんの気持ち、俺も分かる気がする」


「汚いから食ったまま喋るな」



 すると、クラスの喧騒を掻き消すように、聞き親しんだ声がする。


「あれー? いま奏向、男同士で『あーん』ってしてなかったぁ?」


 昼食を終え教室に戻ってきた遥香の姿を見るなり、持田はオーバーにも思える手振りをつけて返す。


「そうなんだよ黒川さん。こいつ俺のこと大好きみたいでさ〜。黒川さんの幼馴染、俺が貰っちゃっていい?」


「お、おい持田っ!」


「へ〜良かったじゃん奏向。こんなので良かったらリボンつけてあげちゃうよ〜?」


 遥香は俺の席にゆっくり近付きながら、左手でオッケーサインを送った。


「黒川さんの公認いただきましたー! じゃあ奏向、今日の放課後、俺と一緒に市役所行くか」


「は? 何しに?」


「そんなの婚姻届貰うに決まってんだろ?」


「そんなことするくらいならすぐにでも市役所に爆破予告してやる」


「ハハハ……持田くん、どうか奏向を末永く宜しくお願いします!」


 遥香が丁寧にお辞儀をすると、甘くフルーティな香りが、机2つ分離れた俺にまで届いた。


「任されよ!」


 持田が二の腕で力こぶを作ると同時に、昼休みと茶番の終了を告げる鐘がなる。



 この日の放課後、下駄箱で靴を履き替えていると、遥香がひょこっと顔を出した。


「ねぇ、今日奏向んち行ってもいい?」


「なんで?」


「ゲームしたいし」


「また俺をゲーム内でもボコるつもりかよ」


「うん。あたしが鍛えてあげる」


「なんでどのゲーム買っても持ち主の俺よりお前の方が強くなるのか、いまだに謎なんだが……」


「これが生まれ持った才能の差ってやつ? 1回死なないと埋めらんないかもね〜?」


 

 家に帰り俺の部屋で王道の格闘ゲームを始めるも、やはり結果はいつもと同じ。既にぐうの音も出尽くすほど滅多打ちにされていた。


 俺は一体、コイツに何で勝負を挑めば勝利を掴めるのだろう。


「ねね、ステージ変えてもっかいやろ! 今のステージじゃハメ技あんま決まんないし!」


「お前……そんなに俺をいたぶって楽しいか?」


「え、楽しいよ? むしろ……生き甲斐?」


 目玉焼きには醤油でしょ? みたいな顔で抜かす遥香。


「俺はソース派だけどな」


「は? 会話する気ある? 負け過ぎて頭おかしくなった? あ、元からか。じゃあ次負けたら土下座ね?」


「お前、絶対いい死に方しないぞ」


 プライドを賭けた勝負の始まるカウントダウンがテレビ画面に映し出されると、俺は以前から気になっていたことをなんの気なしに尋ねてみた。


「ってかお前、なんでそんな安物のヘアピンまだつけてんだ?」


 キュッと眉をひそめ、もの悲しげに俯く遥香。


「そげんこと、口に出さんとまだ分からんと……?」


 遥香はたまに、変な喋り方をする。幼稚園の年中さんまで地方に住んでいたからだ。その時は決まって口ごもりながら、虫の鳴くような声でゴニョゴニョと囁く。


「え、今なんて? もっかい言ってくれよ」


「言いとおない……」


 あれ……? いつもみたいに煽り返してこない。それどころか、どこかしおらしくすらある。


 これは――勝てる!

 

 付け入る隙を見出した俺は、ここぞとばかりに臨戦体制をとり隠しコマンドを入力する。


「謝るなら今のうちだぞ?」


「はあ? そーゆーのは勝ってから言えば?」


 一世一代の好機と期待したのも束の間。速攻でいつもの高飛車メスガキモードへと戻っていた遥香は、素早い手つきでコントローラーを巧みに操った。は、話が違うじゃないか!


「さっきまでの態度はどうしたんだよ!」


 反撃する暇もなくテレビ画面に表示された、無情なK.O.の文字。


「はい、やっぱあたしの勝ちー!」


 おもむろに立ち上がり手拍子を始めたかと思えば、いつの間にかそれは、土下座コールへと姿を変えていた。


「ほ、本気かよっ!?」


「土下座しないなら大声で襲われたって叫ぶから」


「え、冤罪だ! そんな嘘はすぐにバレる!」


「奏向ママはどっちの言うことを信じてくれるかなぁ?」


 既に仕事から帰宅して1階のリビングにいるであろう俺の母親は、俺なんかより遥香のことを実の娘のように溺愛している。


 よって俺に勝ち目は……ない。


「負けました……」


「ざぁこ♡」


 土下座していた俺には遥香の顔は見えなかったが、想像に容易い。どうせ人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべているに違いない。


 いつか、次こそ、わからせてやる……!

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