第16話 幼馴染は本気だす
眠たい目を擦りながら瞼を上げると、黒く影ったテレビ画面と目が合った。
あの衝撃の事実を聞かされてから、これで早くも7回目の朝を迎える。
時計を確認すると、現在の時刻は8時55分――たぶん、もうそろそろだ。
「奏向ー、入るよー?」
予想通り声がすると、俺が返事をする前に部屋の扉が開く。
メスガキ系幼馴染の遥香は、まるで俺の行動を監視するかのように、夏休み開始から1日も欠かさず我が家へ入り浸るようになった。
「お前……100歩譲って家に来るのはいいとして、頼むからあと1時間遅く来てくんねーかなぁ。もうこれで合計7時間もお前のせいで睡眠時間が不足してるんだよ」
「そんなの、奏向がいつもより1時間早く寝ればいいだけじゃん」
「何のための夏休みだ。夜更かしをしない夏休みなんて、スイカのないスイカ割りみたいなもんなんだよ!」
「え、すご……今日ママにお土産でスイカ持たされたんだよね。もしかして奏向って予知能力とかあるんじゃ?」
「マジ? スイカ食いたい……」
スイカは俺の大好物だった。
「今奏向ママが切ってくれてるから、それまでに着替えて顔洗ってきなよ。準備できたら部屋まで持っていくから」
「おぉ、サンキュー……」
「じゃ、さっき文句言ったの謝って?」
したり顔で勝ち誇る幼馴染。
「ご、ごめん……」
「よくできましたぁ」
とまぁ、こんな感じで遥香は今までの調子を完全に取り戻していた。
スイカを食べると眠くなってしまい、ベッドで横になるとすぐにうたた寝をしてしまう。目を覚ますと、両手で頬杖をついてこちらをニタニタと見つめるメスガキの顔がすぐそこに。
「なっ……お前、暇なのか……?」
「奏向が寝ちゃったから、暇だよ?」
「ずっと見てたのか?」
「うん」
「なんで?」
「好きだから」
この幼馴染はあれ以降、開き直ってストレートに気持ちをぶつけてくるようになった。
その都度、反応に困って仕方がない。
「もう分かったって。そんなこと面と向かって言うの恥ずかしくないのかよ……」
「恥ずいよ?」
「じゃあやめろよ」
「じゃあ、あたしと付き合ってくれる?」
「俺が悪かった……許してください……」
「ざぁこ♡」
ケラケラと笑う遥香に心臓が締め付けられる思いだったけれど、こうやってまたいつもの嘲るような笑顔を見れていることに、ホッとしている自分もいた。
「と、トイレ行ってくる……」
あまりの恥ずかしさと不甲斐なさに、俺は部屋から逃げ出した。
現状俺は幼馴染からの告白を保留しているような状況な訳で、俺が今後とるべき行動の正解を知っている人がいたら、ぜひ教えて欲しい。レベルも経験値も足りない俺には、一向に答えが見つからない……
トイレの手洗い場で手を洗い、重い顔を上げふと鏡を見ると、首元に蚊に刺されたような痕があった。だが、全く痒くない。不審に思った俺は、あらゆる可能性を考慮してひとつの仮説を立てると、猛ダッシュで部屋へ戻る。
「お、お前……! 俺が寝てる間に何しやがった!?」
「ハハ、バレちゃった。キスマークってホントにつくのかなーって気になってやってみたんだけど、案外簡単についちゃうんだね。てへっ」
自分の頭へコツンと拳を乗せる遥香。
「テヘッ、じゃねーよ、どうしてくれんだ。こんなのもし母さんに見られたらなんて説明すりゃいいんだよ!?」
「あたしと付き合うことになったって言えばいいじゃん」
「ふざけるなよお前……」
「そんなに怒るなら、仕方ないなぁ……ほら、あたしにもつけていーよ?」
遥香はTシャツの襟に手をかけると、首筋から鎖骨を差し出すように見せつけた。
じ、実に色っぽい、スイカみたいにかぶりつきたい……でもダメだ!
「そんなの解決どころか余計に状況が悪化すんだよ!」
「分かってるって、半分冗談だし。ちゃんと対策も考えてあるから。こっちきて座って?」
手招きされるままベッドに腰掛けると、遥香は囁くような声で言う。
「目、瞑って……?」
「は? なんで?」
「いいから!」
「変なことしないって誓えるか?」
「奏向が嫌がることはしないよ?」
「本当だな?」
「約束破ったら、なんでも言うこと聞くから」
こいつがここまで言うのならばと、俺はゆっくり目を閉じた。
すると、ガサガサと何やら音が聞こえ始め、首元に遥香の手の温度が伝わる。わずかにひんやりとしたその感触に、思わずごくりと生唾を呑み込んだ。
「はい、もういいよ!」
目を開けて首元を触ってみると、そこには絆創膏が貼られていた。これなら確かに痕を隠せるけれど、どこか肩透かしを食らわされた気分になった。
「おいこれ、目を閉じる意味あったか?」
「だってその方が奏向をドキドキさせられるかなーって思ったんだもん。どうだった?」
お風呂のお湯加減いかが? みたいな何気ない表情で尋ねる遥香。
俺はこのメスガキの悪巧みにまんまと乗せられてしまっていた。俺も男だ。少しも何かを期待していなかったと言えばもちろん嘘になる。でもなんだこの弄ばれた感は。
「なぁ遥香……」
「なぁに?」
「お前、ホントに彼氏いたことないのか?」
「は? ないけど、なんで?」
「なんか妙にこういうの慣れ過ぎてないか?」
「少女漫画とかアニメで勉強した知識だけど、悪い?」
「日本のアニメや漫画はすごいんだな」
「そだよ。あ……ってことはやっぱドキッとしたんだぁ?」
俺の言葉の裏を読み、嬉しそうにニマニマと笑みを向けてくる。
「まぁ、多少は……」
「奏向は単純だねぇ。これならあたしにもまだチャンスありそうじゃん? これからもーっと本気出すから、覚悟しといてね?」
この後いつものようにゲームをしていると、お昼過ぎには今度は遥香の方がうとうとしだすと、そのまま床で横になり眠ってしまった。
俺は幼馴染に薄手の毛布をかけ、やっと静かになった開放感からひと息ついてスマホを手に取ると、ちょうどそのタイミングで1通のメッセージが届いた。
差出人の欄を見てハッとする。
そこには、ここ最近のドタバタですっかり忘れかけてしまっていた大切な友達の名前が表示されていた。
《白峰夜空からメッセージが届いています》
内容はたった一文。
『夜木君に会いたいです』
連絡先を交換して以来、これが彼女から送られてきた初めてのメッセージだった。




