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メスガキ系幼馴染をわからせるのは諦めて普通の青春送ります……おや!? 幼馴染のようすが……!  作者: 野谷 海


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第15話 しょっぱい





 出しっぱなしの漫画や雑誌、脱ぎっぱなしの服や食べかけのお菓子などで居心地良く散らかった俺の部屋では現在、理解不能で対処不明な状況が発生していた。


 静まり返った空間で、ゲームの待機音を後ろに、幼馴染の咽び泣く音だけが悲しく響く。


 なんと声をかければ良いのか、そもそもなぜ泣いているのか。それすら分からず、俺は沈黙を続けていた。


 ベッドの傍、クッションの上で女の子座りで俯く遥香へは、手を伸ばせばすぐに届く距離。でも、そこには見えない壁が確かに存在していて、背中をさすることも、頭を撫でることも叶わず、ただ見下ろすことしか出来ない。


 ――泣いている遥香を見るのは、多分これが初めてだったから。


 俺がなんとか捻り出した言葉には、主語も述語も欠けていた。


「どうしたんだよ……なんで……」


 遥香は目をこすりながら、片目を向ける。


「まだ分からんと……? そんなの……あたしが奏向を好きだからに決まってんじゃん……」


 金属バットで頭を殴られたような衝撃。

 

 そんな経験なんかなくたって、それよりも痛いのは……確かだ。


「お前……こんなときに冗談言うなよ。だってお前、いっつも俺のこと見下して……」


「ぜんぶ、奏向と仲良くなりたくてやってただけだもん……なんで、どうして気付いてくんないの……?」


「いや意味わかんねぇだろ……なんだよその理屈……」


「ねぇ嫌だよ……絶対イヤ……奏向は、あたしとずっと一緒にいてくんなきゃイヤ……」


 なんなんだよこれ……どうなってんだよ。


「悪い……全然、頭追いつかねぇ……」


「ねぇ……夜空に、告ったの……?」


「まだだけど……」


「じゃあ、あたしにしときなよ……今なら、すぐ彼女できるよ……?」


「それは、違うだろ……」


 遥香は声のトーンとボリュームを上げて返す。


「なんで? あたしのこと嫌いじゃないでしょ? えっちな目で見てるときもあったじゃん!」


「そ、それは……」


「奏向がしたいこと、なんでもさせてあげるし、これまでバカにしてたのが気に食わないなら、もうあんなことしないって約束する。ゲームだってわざと負けてあげるし、今までのこと謝れって言うなら土下座でもなんだってするから……だから……お願い……」


 そう言って遥香は、俺の手を両手で掴んだ。


「お前、ちょっと落ち着けって……」


「じゃあ夜空のことなんか好きじゃないって言って……告白もせんとって……学校で2人が仲良くお喋りしてるとこ見るのもホントはもう嫌やけん……」


 どんどん溢れてくる、俺の知らない遥香。


 それにつれ、どんどん苦しくなっていく俺の肺。


「なんで今更、そんなこと言うんだよ……」


「それはこっちのセリフだよ。あたしの方が付き合いだって長いじゃん! 今までずっと2人一緒だったじゃん! なのになんで夜空なの……イヤだイヤだイヤだ、奏向が他の女子とイチャイチャするとかムリ、絶対ムリ、そんなの見せられたら死んじゃうよぉ……」


 また大粒の涙を流しながら、激しく動揺する幼馴染。


「いいから、一回落ち着けって!」


 俺が肩を掴むと、遥香はそれを振り解いて立ち上がった。すぐにベッドの上に腰掛けていた俺の太ももへ、どしんと重みが加わる。


 遥香は俺の膝の上へ跨るようにのしかかると、すかさず俺の両頬をガッチリと掴み、そのまま強く唇を押し当てた――。


 ――キス、接吻、口づけ、様々な呼び方あれど、俺にとってこれがファーストキスだった。


 そしてこの瞬間、ドラマや映画などで語られていたそれらは、偽りだったことを知る。


 世の先人たちはみんな嘘つきだ。ほろ苦くも、ましてや甘くなんかもない。


 俺の初めてのキスは、幼馴染の涙と鼻水の味だった。


 やけにリアルな、人間の味。


 それだから余計に、頭がぽわぽわとして、次々に回線を遮断していく。


 

 唇を離した遥香は恥ずかしそうに顔を赤らめ、吐息と共に言葉を吹きかける。


「奏向も初めて……だよね……?」


「そ、そうだけど……」


「ね……次は、奏向からして……?」


「……」


 雰囲気に押し流されそうになった俺に唯一可能な抵抗は、沈黙を貫くのみだった。


「ねぇ早く……ここから先の初めても、奏向にあげるから。奏向になら、何されても嫌って言わないから……だから早く、キスしてよ……ねぇして、してってばぁ!」

 

「こんなの……間違ってるだろ……」


「じゃあいい、もっかいあたしからする……」


 人生2度目のキスは、さっきよりも断然激しく、濃密だった。


 貪るような息づかい、吸い付いてくる柔らかくて温かい唇、デロデロの涎、口の中を掻き回す小さな舌の感触。たまにカチンと当たる歯。


 心と頭は真っ白なのに、身体は正直だ。


 ――俺のアソコは、勃起していた。


 もう分からない。いっそこのまま、押し倒して服をひん剥いてしまおうか。いつか屈服させてやると思ってはいたが、その時が遂に来たのだろうか。


 きっと遥香は、俺が何を望んでも、何をしようとも拒まない。股を開けと命じれば、わかりましたと従うだろう。でもそれが本当に、俺が何年にも渡って成し遂げたかったことなのだろうか。


 そんな遥香の無防備で無抵抗な姿を見て、俺は興奮できるのだろうか。何より、そんな最低なことをして、今後誰かを好きだと、胸を張って言えるのだろうか。


 気付いた時には、遥香を押しのけていた。


「もうやめてくれよ……お前、一体誰なんだよ。俺の知ってる黒川遥香は、男に泣いて縋ったりなんかしない。俺の好きだった女は、決して自分を安売りなんかしない。むしろ逆なんだよ。高飛車で生意気で上から目線のメスガキで、そんなお前に、俺は惚れてたんだよ。お前は、泣いて縋られる側の人間なんだよ!」


「……勝手に過去形にしないでよ! そのままずっと、好きでいてよ……!」


「少なくとも、俺は今のお前は嫌いだ」


 遥香は幼い少女のように泣きべそをかきながら問う。


「じゃあ……あたし……これからどうすればいいの……?」


「今まで通りいてくれよ」


「それだと夜空に奏向とられちゃうじゃん!」


「いや、俺にはそんな資格まだないってことが分かった。お前にキスされて、心のどっかで、揺らいじまったんだ。こんな中途半端な気持ちじゃ、白峰さんに告白どころか、胸を張って好きだとすら言えない……だからさ、もう少し考えてみるよ。俺が本当は、どうしたいのかを」


 遥香は、瞳に溜まった涙を袖で擦りとると、挑戦的な視線を向ける。


「分かった……ならあたしももう泣いて縋ったりなんかしない。あたしがどれだけ奏向のこと好きか、これからわからせてあげるから……」


「お前はやっぱ、そっちの顔の方が似合ってるよ」


「てか女子にされるがままなんて、やっぱ奏向ドMじゃん……」


「うるせーな。そんなすぐに今日のこと忘れてやらねーからな。しばらくは俺に生意気な口きかせられなくしてやる」


「ちんちんおっきくなってたくせに……」


 ニヒヒと笑う遥香。


「なっ……お前っ……」


 ――やはり俺は、こいつには敵わんらしい。


 


 


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