第11話 転校生のルームツアー
白峰さんのお宅は、俺と遥香の住んでいる町からさほど遠くはなかった。
閑静な住宅街に佇む、スタイリッシュでモダンな一軒家の中へとお邪魔すると、早速数匹の猫がお出迎えしてくれた。
「こっちがタマで、この黒い子はクロ、あっちの恥ずかしがり屋さんはミィちゃんです」
「ヤバ〜い、マジ可愛すぎでしょ!」
「10匹もいたらまた名前聞くかもしれないけど……分かりやすい名前で助かるよ」
靴も脱がぬまま、玄関でしゃがみ込む遥香。
「ねえ夜空、この子触ってもいい?」
「はい。タマは人懐っこいので、すぐに抱っこもさせてくれると思いますよ?」
「マジ? タマちゃん、おいでぇ〜」
「夜木君もぜひ撫でてあげて下さい」
「俺、実は小さい頃、猫に引っ掻かれたことがあって触るのはまだちょっと怖いから、見てるだけでいいよ」
「そ、そうですか……残念です……」
白峰さんはあからさまにしょんぼりと肩を落とし、憂いを帯びた瞳でタマを見つめた。
「な、なんかごめん……」
「い、いえ、謝らないで下さい……!」
その後リビングへ通されると、動画に写っていた大きなキャットタワーが目に入る。俺たちが入室した途端に飼い主である白峰さんの元へ寄ってくる猫がほとんどだったのに対して、まだ小さい2匹の子猫だけは、その場から動こうとしなかった。
俺と同じことが気になったらしく、遥香が2匹を指さして尋ねる。
「この子たち、もしかして最近拾ったの?」
「そうなんです……先週、2匹一緒に捨てられていたのを偶然見つけたんです……」
「へぇ……酷いことする奴もいたもんだ。こんな可愛いのにな」
「ホントだよ。でも、夜空に見つけて貰えて良かったね。この子たちの名前なんていうの?」
「オスとメスだったので、カナちゃんとター君です……」
「カナとターって、ねぇ夜空、もしかしてそれ、奏向から名前とったの……?」
一瞬にしてカァッと顔が真っ赤に染まった白峰さんは、俺がホウキギターを目撃してしまった時のように、あわあわと慌てふためいた。
「ななな、なんで分かったんですか……!?」
「いや、分かるでしょ普通……」
「す、すすすみません夜木君……ご迷惑でしたか……?」
「そんな、迷惑だなんて……こ、光栄なことなんじゃないか……?」
遥香は2匹の頭を撫でながら、哀れみの視線を送る。
「むしろこの子たちの方が可哀想かも。ちゃんと立派な大人になるんだよぉ? ね、カナちゃん、ター君……」
「おいどういう意味だそれ?」
「わ、私、今、お茶淹れてきますっ……! ご、ごゆっくりくつろいでいて下さい……」
白峰さんは両手で顔を覆いながらドタバタと脱兎の如くキッチンへと行ってしまった。
もう一度視線をキャットタワーへ戻すと、遥香は腰を折り、手を膝について猫を眺めていた。ここから見えるその背中が、どことなくいつもより小さく見え、カナとターに向けている声にも、どこか覇気が感じられない。
「遥香、どうかしたか?」
「なにがー?」
そのまま、背中で返された。
「元気なくないか?」
「別に……」
「お前がそう言う時は、決まってそうじゃない時ばっかだろ?」
「あたしのことなんでも知ってるみたいに言わないでよ、奏向のくせに……」
「あぁそうかよ、心配して損した」
「分からんなら……構わんとって……」
白峰さんがお茶を淹れて戻ってくると、リビングのソファに腰掛けていた遥香はケロリと平常運転に戻っていた。
「ねね、夜空の部屋見せてよ?」
コイツの中にはもしや、人格が複数存在しているのではなかろうか。まぁ、女心というものは移り変わりが激しいらしいし、とにかく元気が出たなら、何よりじゃないか。
「えぇ……で、でも、そんなに珍しいモノなんてないと思いますよ……?」
「おい遥香、いきなり部屋見せろだなんて言ったら迷惑に決まってるだろ」
「め、迷惑だなんて、そんな……」
「奏向だって、ホントは見たいくせに」
――なぜ俺の心が読めるんだ。
「わ、分かりました。で、でしたら……」
白峰さんはテーブルに一度置いたティーカップをトレーの上に戻し、それを持って2階の部屋まで案内してくれた。
遥香以外の女子の部屋へ入るのは俺にとって初めての経験で、まるでデパートなどで女性物の下着コーナー付近を歩いているかのような緊張感が駆け巡る。
「ど、どうぞ……」
そう言って開かれた禁断の扉の奥には、抜き打ちにも関わらずきちんとベッドメイクされたベッド、白を基調としたインテリア、そして整理整頓された木目調の勉強机など、彼女の几帳面な性格を物語っているかのような綺麗で一切の無駄がない空間が広がっていた。
「お、お邪魔します……」
「ねぇ夜空、めっちゃいい匂いするんだけど、芳香剤使ってる?」
「は、はい……お気に入りの香りがあって、それを……」
「どこで売ってるやつ!? あたしもこれ欲しい!」
「え、駅前の雑貨屋さんで……」
唐突にガールズトークが始まってしまい、気まずくなった俺はぐるりと部屋を見渡す。
勉強机の隣には、白いベールのような布で隠された、本棚らしき家具があった。
読書感想文、ラーメンの件、他にもきっと、あるのだろう。ラーメンに関しては結果オーライだっただけで、本来ならば彼女が受ける必要などなかった苦痛が、苦悩が、他にも。
全部は無理かもしれない。
そんな力、俺にはたぶん、ない。
というより、白峰さんが求めてこない限り、俺が彼女の力になりたいだなんて、歪んだ正義感からくる、ただの自己満足だ。
でもだからって、知らんぷりは違う。
だったら今は彼女の笑顔を、少しでも増やすことだけ考えよう。
帰宅してからの俺は、今日という素晴らしき1日の余韻を噛み締めるように、41℃の風呂へ肩までどっぷり浸かっていた。
「今日の白峰さんも超可愛かったなぁ……」
意図せず一人言など口から流れ出てしまい、湯気と共に天井へ立ち昇る。
――あれ……? なんで俺は開口一番に、2人きりでデートをした遥香ではなくて、偶然会った白峰さんを思い出しながらだらしのない顔を浮かべて、惚気ているのだろう。
これじゃあまるで浮気をしているみたいじゃないか。まぁ……まだ付き合ってなんていないけれど……それでも、今のはあまり褒められたものではないはずだ。
――俺が好きなのは……遥香、だよな。




