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友達から好きバレされた話

作者: 咲月なな

初投稿です。稚拙な文ですが、優しい目で読んでいただけると嬉しいです。

中3のときの実体験をもとにした青春ストーリーです。

 「久世が君のこと好きらしいよ」

 その日は夕日が綺麗で、明日は晴れそうだ、なんてぼんやり考えていたら白石にそう言われた。

 部活が終わってバス停まで二人で歩いていたときのことだった。

 「はあ」

 急に黙り込んだと思ったら、何だ。

 驚いてつんのめりそうになったのを右足を出して阻止した。

 「久世が?」

 「そう。三組の男子から、噂で聞いた」

 白石は、とにかく情報を掴むのが早い。よく白石から色んな噂を聞く。彼のことを情報屋と言っても過言ではないくらい、膨大な情報網を持っている。口が軽いので聞くまでもなく彼が勝手に話してくれる。そのお陰で、私も随分噂に詳しい。

 先に前置きしておくが、白石は、同じ部活の友達で、恋愛的ななにかでは断じて無い。互いに恋愛感情を持ったことがなく、そしてこれから先も持つことは無い。

 そんな白石によれば、クラスメイトの久世は私を好きらしい。


 

 久世は、今年、三年生で初めて同じクラスになり、最初の席替えで隣になった。話したこともない、切れ長の細い目の身長が低い男子で、「そういえばこんな子いたなあ」程度にしか思っていなかった。

 しかし、意外にフレンドリーで、よく話しかけてくるのだ。どうでもいい自慢話しかしてこないので、「わあ、すごいすごい」と棒読みであしらっていたが、最近は、その反応が気に入らなかったのか、ペンや消しゴムを盗んでは、「返してほしい?じゃあこっち来いよ、ほらほら」という小学校低学年レベルのちょっかいを掛けてくるようになった。

 私のことが好きなのかな、と思ったこともあったが、中学生にもなってそんな幼稚なことをするほど子供じゃないだろうと踏んでいたし、久世の方も、「反応が面白いから」と公言していたから、そういうものだと勝手に思っていた。

 それで話す機会が増えたせいか、なんだかんだで毎日雑談を交わすくらいに仲良くなって今に至る。

 全く友達としか思っていない。それ以下でもそれ以上でもない。



 「一昨日とか?本当に最近聞いたんだよね」

 白石は思い出すように赤い空を見上げながら言った。

 「君はそんなに興味なさそうだけど、久世がしつこくちょっかいかけてるって」

 実際どうなの、と白石は聞いてくる。

 私は三組で、白石は一組だから、教室での久世のことは白石は知る術が無い。

 少し考えてから、答える。

 「んんー、確かに、ちょっかいかけてくるかな」

 「仲いいの?」

 「いいんじゃない。結構話すよ」

 話す、というか、話しかけられる、というか。

 「実際、君は好きなわけ、久世のこと」

 「いやあ……好きとかじゃないんだよね。友達だと思ってたから、そういう事言われるの意外だな」

 さっきからの動揺を隠すために、言葉を選びながら言う。

 「久世が、私のこと好きなんて信じられない」

 好きとか、聞いたあとでも、やっぱり久世はからかい目的で話してるんじゃないかなあと思う。

 ニコニコ――いや、ニヤニヤ?――話しかけてくる久世を、恋愛対象どうこう以前に、友達というより、弟の感覚でいる。身長も155センチの私とほぼほぼ変わらないし、異性と見るのは難しい気がする。

 身長165センチ以下は男性としてアウト、なんていう記事をどこかで読んでだような気もする。

 「久世が私のこと好きって、信じられる?」

 「話聞いてる限り、脈アリっぽいと思うけど」

 白石はしばらく考え込んで、夕日を眺めていた。

 白石は結構、ナルシストの素質があるような気がするのは私だけだろうか。

 二年生のときに「俺って主人公だと思う」という発言で、一時期学年中の話題になったことがあった。

 最近はそういった発言が減少しているが、時々、言動の端々にナルシスト味を感じることがある。

 「……もう少し、何人かに聞いてみるよ」

 だいぶ間が空いたので、何の話だったか忘れかけていた。久世は本当に私のことが好きなのか、的な話だったかな。

 「うん、ありがとう」

 話もキリよく終わり、バス停に着いた。ちょうど、白石の乗るバスが到着した。

 「また明日ね」

 そう、白石に手をふると、振り返らずに手を上げてひらひらとしていた。

 こういうところだ、ナルシストだと感じる。

 ――久世が君のこと好きらしいよ。

 少しくすぐったいような気持ちで白石を見送った。

 その日の夜、私はあまり眠れなかった。



 翌朝、私は教室で読書をしていた。仲のいい友達は遅刻ギリギリに来ることが多いので朝はよく読書や宿題をやって過ごす。そして、大抵、久世に朝一番に話しかけられる。いつも、話しかけてくるのは久世だ。

 「何の本読んでるの」

 声をかけられて顔を上げると、目の前に久世の顔があった。

 私は顔に出やすい。

 白石から聞いたことで、昨日の今日で平常心で本人と対話できるほど冷静な脳を持ち合わせていない。

 おそらく今、動揺が顔に出た。

 「何だろうね」

 誤魔化して、私は席を立った。逃げた。

 

 「自分のことを好きかもしれない人にどう接したらいいですか」

 「なあに、どうしたの。この恋愛マスターに任せてよね」

 千鶴はいつから恋愛マスターになったんだ。

 「美月からそういう話全然聞かない」

 「だって話してないもん。で、どうしたら良いかなあ」

 その日の昼休み、私は、恋愛マスターこと宮前千鶴と、橋本優莉に人生相談をしていた。

 ふたりとも私と同じ美術部で、大の親友だ。

 「え、その人って久世?」

 考えるまでもない、というふうに千鶴が言った。

 「何で一発でわかっちゃうの!?察し良すぎて引く」

 流石、恋愛マスターを名乗っているだけあって察しは早い。というか早すぎる。 

 やっぱりね、とドヤ顔のマスター。

 「あー、久世ね、見てれば察するよね」

 ウンウンと頷く優莉。

 なんだ、周りから見ると、そうなのか。

 「美月ってば、久世のこと好きなの?」

 瞳を輝かせて尋ねてくる二人の圧にやや押されながら、

 「いや、そういうわけじゃないんだけど、久世が私のこと好き、っていう話を聞いて」

 と、かくかくしかじか。

 「――ほう、なるほどね」

 「絶対、久世、美月のこと好きだと思う」

 「ウチもそう思う」

 だんだん複雑な気持ちになってくる。

 「私は友達としか思ってないのに」

 「しばらくは今まで通りでいいんじゃない?」

 ありがとうマスター。

 「それか美月が久世のこと好きになっちゃえば良いんだよ」

 優莉さん、それは話が違いますよ。

 「優莉天才!それアリ」

 マスター、全然アリじゃないです。

 「友達だと思っていた相手から積極的なアプローチを受けて、全く気がなかったのにだんだん気持ちがその人に傾いていって、いつしか好きになっちゃってる。友達からの交際発展パターン!」

 だんだん興奮が高まって、千鶴ワールドが展開されていく。

 「一目惚れとかより全然リアリティーがあって、ウチ、そういうの大好き!友達からなら全然アリ、むしろ推せる」

 きゃあきゃあと妄想で盛り上がる二人をよそに、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。



 私の学校の美術部は、ほとんど何も活動をしていない。

 そのせいで幽霊部員も多く、各学年5、6人程度しか部活に来ない。

 来たとしても、顧問がなかなか来ず、することがないので、雑談の時間と化している。

 昼休みの続きとして、千鶴、優莉と、事の発端である白石、それから、バドミントン部の広瀬夕真が美術室の一角に集まり、座り込んでいた。

 夕真は小学校からの付き合いで、中学一年生以来クラスは離れたが、好きな漫画やゲームの推しキャラが同じだったりする気の合う奴で、よく話す。

 高身長で、私から見ても顔がいいためよくモテるのだが、超がつくほどのサボり魔で、最近は部活をサボるために美術部に入り浸っている。

 ひとり事情を知らない夕真を除け者にするわけにもいかないので、白石から説明してもらった。

 「あー、いるよね、わかりやすい人」

 白石の説明を聞くと夕真はのんびり言った。

 「久世?だっけ。身長低めの猫っぽい顔の人でしょ、初めて名前と顔一致した。何回か見かけたことあるよ」

 猫っぽい。それだ。たしかに猫のような顔をしている。ひとり合点がいって納得した。

 「白石が昨日ああいう事言うから、今日私超気まずかった」

 「ごめんて」

 「美月って久世のこと好きなの?」

 夕真も同じことを聞いてきた。

 「友達としてはね」

 「付き合う気はないの?」

 「ええぇ……」

 「迷ってるやん」

 私、迷ってる?

 「じゃあさ、もし久世に『俺と付き合って』って言われたらどうする?」

 とマスター。

 「宮前さ、ちょっと久世役で告白してみてよ」

 「おうよ」

 白石の無茶振りもあっさり了承したマスター。

 目を閉じてイメトレをしていたであろうマスターは、数秒ののち目を開いた。

 私の手を握り、自称恋愛マスター千鶴、渾身の艶めかしい表情で一言。

 「…………美月」

 「「ぶっ」」

 千鶴以外が全員吹き出したので仕切り直しだ。

 「えっ、ウチ何かおかしかった!?」

 もともと大きな瞳を更に大きくしてきょとんとしている。

 「いやっ……まあまあまあ、クオリティーが想像以上で」

 「千鶴、流石だわあ」

 マスターは、ふざけているわけではない、本気だ。本気だからこそ、笑いが止まらない。

 「――ああ、そうだ、久世の仲いい友達から、久世のこと聞いてきた」

 ひとしきり笑ったあと、白石が目の端に浮かんだ涙を拭いながら言った。

 未だに腹を抱えて笑い転げている夕真は一旦放って置こう。

 「ナイス。どうだった?」

 優莉が親指をぐっと立てた。

 「好きな人、いるらしいよ、久世」

 「「激アツ展開、きたーーっ」」

 千鶴と優莉がうわっと盛り上がった。

 「これはキタね」

 「久世もう告っちゃえよ」

 「放課後、夕日の差し込む誰もいない教室で、二人っきり。『美月、好きだ。付き合ってください(イケボ)』って、その流れで顎クイいっちゃおう!きゃあー、良い!美月がオーケーしてそのままハグしちゃってえ……」

 千鶴ワールドに突入したようで、しばらく戻ってこなそうだ。

 「え、ハグするの?」

 やっと復活した夕真は話の展開に全くついてきていなかった。

 「白石情報だと、久世、好きな人いるらしいよ」

 と優莉が広瀬に言う。

 「誰?」

 「俺が明日聞いてくるよ、本人に」

 白石自ら申し出てくれたので、彼に任せることにしよう。



 その日はそれで解散になり、翌日の放課後また美術室に集まろうということになった。

 


 翌朝、校門横でバスを降りると、偶然、広瀬を見つけた。

 広瀬は、中学3年生にしては少し高めの身長に、整った目鼻立ちをしているので少し目立つ。

 広瀬もこちらに気づいたようで歩速を緩め、校門前で合流した。

 「おはよう」

 「おはよう、広瀬っていつも登校この時間だったの」

 「いや、いつもより10分くらい早いかも。あ、俺、徒歩なんだ」

 若干眠そうに広瀬は答えた。

 気になったので聞いてみる。

 「そうなの。……眠そうだね、夜ふかししてたの?」

 昨日のように、座っているとあまり気にならないが、広瀬と私では軽く15センチは身長差があるので私が見上げる形になる。

 「うん、2時くらいまでゲームしてた。寝たけど5時に起きちゃって、だから少し早く家出てみた」

 今日なんか頭痛する、低気圧?と夕真は空を見上げた。

 私も釣られて見上げると、曇っていて、どんよりとした空気が漂っている。

 だが、夕真の頭痛の原因は夜更かししてゲームしたからではないかと思う。低気圧は冤罪だ。

 夕真は玄関フードに入ると、今日も部活サボって美術部行くわ、と笑顔をこちらに向け、自クラスの下駄箱の方へ向かっていった。


 三組に入り、席についてすぐ、久世が斜め前の席からゆっくりこちらを振り向いた。

 普段なら「二時間目、小テスト返却じゃんやばいよ」とか言ってきそうなのに、今日はだんまりしている。

 「……?おはよう、どうかした?」

 「……今日、誰かと登校してた?」

 質問に質問返し。

 「え?うん、夕真のこと?」

 「ユウマ……って」

 「あ、知らないか。広瀬夕真、二組のバド部。小学校同じでさ」

 夕真曰く、一度も同じクラスになったことがないんだっけ。

 「……いや、朝たまたま外見てたらお前とその人見えて、なんか見たことあるなって思ったからちょっと聞いてみただけ」

 すごい早口だった。さっきまで歯切れ悪かったのに。どうしたんだろう。

 「あのさ…………、いいや、なんでもない」

 「え、久世?」

 私の呼びかけには答えず、久世は前に向き直り、隣の席の女子に「一時間目なんだっけー」と話しかけていた。



 「――っていうことがあったんだけど」

 昨日と同じく美術室の隅で、私達5人はまた集まっていた。

 窓の外は薄暗く、黒い雲がかかっていて、今にも雨が降り出しそうにも関わらず、室内は蒸し暑かった。

 広瀬はポロシャツの袖を二の腕まで捲り上げていた。

 今朝の久世が普段と比べて言動が何かぎこちなかったことを4人に聞いてもらっていた。

 今朝の一件以来、久世とは話していない。

 話を聞き終えると、4人は一斉に口を開いた。

 「嫉妬じゃないの」

 「嫉妬だね」

 「ジェラシー」

 「俺嫉妬されてるやん」

 隣で夕真がひとり、心外、という顔をしていた。

 「嫉妬」

 と、発音しなれない言葉を声に出してみる。

 「なんか、悪いことした気分」

 「ていうか、広瀬またサボり?」

 大あくびをかました夕真に隣から千鶴が白い目を向ける。

 「いいやん。もう時期、引退だし」

 「バドって引退いつだっけ」

 「来週、大会。それが終わったら引退かな」

 俺は出場しないんだけど、と伸びをしながら続けた。

 出場、しないんかい。

 「それはさて置き、これは脈アリ確定じゃないの」

 話を戻し、隣から千鶴がニヤニヤと顔を近づけてくる。

 嫉妬だ脈アリだと言われても、こちらに気が無いのだから、困る。

 「あ、白石。久世から聞いてきてくれたの?好きな人」

 優莉が思い出したように白石に尋ねた。

 「ああ、そうだった。聞いてきたよ」

 流石、仕事が早い。

 それで、どうだったんだ。

 「好きな人はいるって。でも教えないと、はぐらかされた」

 えー、と千鶴が不満そうな声を上げた。

 「ヒントとかさ、他に何か言ってなかったの?」

 「同じ学年で……ああ、あと、仲いいんだって、自分で言ってた。それくらいかな」

 「同学年だって」

 「美月と仲いいじゃない」

 「広瀬もそう思うよねっ」

 「え、うーん」

 唐突に話を振られた夕真は、一瞬戸惑ったようだった。

 「久世と一回も同じクラスになったこと無いからよく知らないけど、あいつ結構いろんな女子と話してない?」

 夕真って、案外他人のこと見てるよな。

 優莉と白石が「確かに」と頷いたが、恋愛マスターは目を光らせた。

 「確かに、女子と話してるけど、一線引いてる様に見えない?美月だけ、明らかに距離感おかしい」

 恋愛マスターの目は誤魔化せないそうだ。

 「でもさ、脈アリだとしても、本人の気持ちが変わらないと意味が無い」

 白石が言うと何でもナルシストの響きを帯びて聞こえるのは何故なんだろう。

 やはりナルシストなのか。

 「どうなの、やっぱり友達としか見れない?」

 「これだけ言われたら、少しは気になっちゃうよ」

 千鶴の期待のこもった視線に圧を感じながら続ける。

 「でも、やっぱり友達なんだよね」

 そっかあ、と千鶴は残念そうだった。

 じゃあもしさ、と優莉が何か言おうとしたとき、「白石じゃん」と遠くから声が聞こえた。

 「まさかの御本人」と千鶴が隣でぼそっと言った。

 教室の前方の扉から久世が顔を出していた。

 「白石一緒に帰ろうよ。こんな遅くまで残ってるの珍しいね」

 そう言われて時計を見るともう18時を回っていた。文化部はほとんど帰宅している時間だ。

 久世はたしか軽音部だ。

 「いいよ、ちょっと待ってて」

 白石が帰ろうと荷物を片付け始めた。

 「俺いたらまずくね」

 と夕真が耳元で囁いた。

 流し目に、久世が夕真に訝しげな眼差しを向けているのが見えた。

 白石も事情知っているのだから、どうにか上手いことやってくれないかと淡い期待を抱いていた。

 だが、白石は白石だった。白石は私の肩をつついて言った。

 「君も一緒に帰る?あ、夕真もどう?」

 違うだろおおおお。私は心の中で白石を呪った。

 そうじゃない。ここは誘うなら夕真だけだ。私を先に誘って、夕真も誘ったら、火に油になる。

 「あ、ウチらバスの時間だー、帰らないとー」

 千鶴がへったくそなウインクをこちらに向けながら、大根役者に負けず劣らずの棒読みで優莉を引っ張って立ち上がった。

 「あ、私もー」と立ち上がると、「じゃあ俺も」と夕真もカバンを掴んで続いた。

 「じゃあ」って何だ夕真。誤解される。

 お疲れ様ですー、と逃げるように教室を出ていった二人を追うように、夕真と教室を出た。

 「これさ、まずくね」

 と、夕真がもう一度言った。

 まずいに決まっている。

 階段を下り、玄関に行くと、先に降りた二人が物陰に隠れるのが見えた。

 「見えてるわ」

 思わずツッコむと、二人がバツが悪そうに顔を出し、それからすぐ驚いた顔をして叫んだ。

 「「広瀬!?」」

 「久世じゃないの?」

 「せっかく一緒に帰れる機会作ったのに」

 どうやら待ち伏せしていたらしい。

 「もう二人も降りてくるよ」と広瀬。

 どうしようかと考えるより先に、白石と久世が降りてきてしまった。

 「え、なんだ。まだいたのか」

 この修羅場の元凶である白石は至って呑気だった。

 夕真と女子三人が白石を無言で見つめる中、久世が気まずそうに「やっぱ先帰る」と、靴を履き替えて出ていった。

 白石は、ただの情報屋で、うまく立ち回れるキューピッドではなかった。

 この日は厄日だったのかもしれない。雨が降り出した。


 次の日、私は久世と挨拶しか交わさなかった。

 放課後、5人で集まり、また雑談をした。

 

 そんな日々が続いた一週間後、この件は急速に進展することになる。


 「制服移行って、昨年もこんな早かったっけ。まだ6月だよ」

 久世はいつの間にか自然に話すように戻り、私も白石から聞いたことを気にせずに話すことに慣れ、その日の朝も雑談を交わしていた。

 まだ6月といえども、もう時期夏至を迎えるので、だんだん暑さが本格的になってくる。

 夏服移行期間が始まり、ポロシャツや白セーラーの姿がぽつりぽつりと見え始めていた。

 未だ学ランの久世は周りを見渡して、「俺も明日からポロシャツにしようかな」とつぶやいた。

 「私、移行期間の初日から夏服着てたよ」

 とセーラーのリボンをひらひらとして見せると、お前は早すぎ、と笑っていた。

 そういえば、ペンや消しゴムを盗んでからかってくることが減ったな、と安堵とともに私は思った。


 最近は休み時間になると、千鶴と優莉がいじってくることが増えた。

 「また二人で話しちゃって、いい感じじゃないの」

 「好きになっちゃったり?」

 「そんなわけないじゃない」

 大抵、否定して受け流すけれど、以前よりもむず痒さを覚えるようになっていた。

 二人は意味深な笑みを浮かべながら「そっか」とだけ言って次の授業の話なんかをする。

 「次理科だよね」

 「うん、今日実験だよ」

 「楽しみだね」

 理科室では教室と同じ席に四人班の形で座る。斜め前の席の久世とは、同じ班だ。嫌でも意識してしまう。

 「ガスバーナーの使い方は覚えていますね。各班に塩化ナトリウムを用意してありますので、その他は各班で用意して――」

 ガスバーナーで塩化ナトリウムを加熱するようだ。

 「じゃあ試験管持ってくる」「私雑巾濡らしてくるね」

 教室の戸棚から分担して試験管やさじを持ってきて、黒板の説明を見ながら準備を整えた。

 同じ班の子がガスバーナーに火をつけ、塩化ナトリウムの入った試験管の加熱を始めた。

 二年生のときにも似たような実験を先生が演示していたような、と記憶を辿っていると、加熱が終わったようだ。

 「火、止めるね」

 久世が手際よくガスバーナーを止めた。

 ビーカーの水が少しこぼれていたのが気になって「こぼれてるの、拭くよ」と声をかけ、私は雑巾に手を伸ばした。

 向かいの席の子が木製の器具で試験管をつかみ、持ち上げるのと、私がそれに気づいて雑巾をつかんだ手を引いたのが、ほぼ同時だった。

 「熱っ」

 手を引くのが間に合わず、試験管の加熱部が手の甲に当たってしまった。

 「ごめんっ、大丈夫?」

 試験管を持った子が慌てて動きを止めた。

 手の甲の当たった箇所が赤くなってじりじりと痛みが広がっていく。

 「ううん、大丈夫だよ。ちょっとあたっただけ」

 赤くなっているだけで、皮膚が溶けているわけでもないから大丈夫だろう、と私は思った。

 「大丈夫なら良いんだけど……本当にごめん」

 「えっ大丈夫?痛くない?」

 「冷やしたほうが良いんじゃない?」

 班の人達が心配そうに顔を覗き込んできた。

 「少しあたっただけだし、そんな心配するほどじゃ」と、私は慌てて言ったが、それは久世に遮られた。

 「ちょっと見せて」

 「えっ、久世」

 久世は手を掴むと、赤くなった手の甲を見て、「保健室行ったほうが良いと思う」と言った。

 「先生に伝えてくる」

 班員の一人が他の班で話している先生のところへ小走りで行った。

 「そんな大袈裟だよ」

 と手を引っ込めるも、「心配だから。行って来い」と久世がいつになく優しく、でも強い口調だった。

 一人が呼びに行った先生にも「念の為、保健室へ行って冷やしてきなさい」と言われてしまったので、授業を抜けて保健室へ向かった。


 保健室に行ったのが授業の後半で、冷やしたり薬を塗ったりしてすぐにチャイムが鳴った。

 保健室の先生には、火傷をしたらとにかく早く冷やすこと、念の為保健室にも来ること、と注意を受けた。保冷剤をもらって教室に返された。

 荷物を取りに理科室に戻ったが、誰かが代わりに持っていってくれたのか、荷物は残っていなかった。もう誰も教室に残っておらず、三組の教室に急いで戻った。

 すでに皆、教室に揃い、友達の席で話していたり、次の授業の準備をしたりしていた。

 私の机には理科の教科書やノートなど置き去りにしてきた荷物が無造作においてあった。

 千鶴と優莉だと真っ先に思って、ロッカーの近くで話している二人のところに駆け寄ろうとしたその時だった。

 「あ、おかえり」

 斜め前の席から久世が振り返った。

 「ただいま」

 「荷物、置いといた」と焦れったそうに久世は言った。

 てっきりあの二人だと思っていたが、久世だったのか。

 「久世だったんだ。ありがとう」

 「火傷、大丈夫そう?」

 久世は私の持つ保冷剤を気にかけているように見えた。

 「うん。冷やして、薬塗ってもらった。もう大丈夫だよ」

 「ほんとに?痛くない?」

 「大丈夫だよ」

 本気で心配そうな顔をしていたので笑顔で答えた。

 「……久世、いつもふざけてるから、心配されてびっくりしちゃった」

 「や……、別に、まじで心配だったから」

 心臓が、小さく跳ねた。

 瞳を忙しなくあちらこちらに彷徨わせながら、久世は小さい声だった。

 照れ隠しに、挑発的な笑みを向ける。

 「へえ、私のこと心配してくれたんだ?」

 久世の顔を見て、鳩が豆鉄砲を食らった顔とはこんな感じなのかな、と思った。

 私の顔を穴があきそうなくらいじっとみつめてから、久世は視線を下げ、わざとらしいため息をついた。

 「……お前さあ……、はあ、早く治ると良いね」

 「今日優しいね」

 「そんなことねえよ」

 「なんでこっち見ないの」

 「なんでも」

 「ねえ、久世」

 さっきから目を合わせようとしない久世と、やっと目があった。

 「ありがとね」

 明日、私からおはようって言ってみようかな。

 そう思えるくらい、今日は心が晴れやかだった。

 窓の外には入道雲がそびえ立っている。

 もうすぐ、夏が来る。

 

拙い文ですが、読んでいただきありがとうございます。

思ったより小説を書くのは大変でした。

また書いてみようと思っています。


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