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結果編


 結果は、二人が正解を出す前に現実の方に出た。

 

 自室に大人しく軟禁されていたジャンニは、大方の予想ではカスクス公爵領に送られ生涯幽閉となるか、あるいはミス・ファウンドランドに無事に子が生まれれば、表面上は幽閉あるいは病死というていをとって、親子三人密かに生きて行くことを許されるかと思われた。王家の血を引く男と取り潰しになったといえども由緒ある伯爵家の女の間に生まれた子だ。万一のために血を残すこともあるだろう、と。


 しかし、ジャンニはある日、本当に発狂したようになって夜半公爵家から抜け出し、カスクス領に向かった。そして、最愛の人を隠しておいた信頼する乳母の家に単騎で駆け付けてしまった。

 そこで見つけたのは、刺し殺された恋人とその同じナイフで自分の首を掻き切って自死していた乳母の、重なり合った死骸だった。



 ジャンニの自室には乳母からの手紙が残されていた。


最愛のジャンニさま

すべてわたくしの責めでございます。ジャンニさまがナキアに出会ったのも、その娘がお心の慰めになるならと領に留めましたのも、なにもかもわたくしの浅慮でございました。

このような、このようなことになるとは。

ジャンニさまをまっすぐで偽りを嫌うご性格にお育ていたしましたのも、弱きものを労わるお優しい性質を大切になさいませとお導きしたのも、今となっては愚かの極みにございました。将来背負っておいでになる、王となられるお従弟様の後ろ盾になられるお役目には、慈悲と同じほどの深慮、憐れみと同じほどの冷静な判断力が必要でございました。


それを教育係に委ね、人に優しくとお導きしたのはただひたすらわたくしの愚かさ故。

この責めを背負って、ナキアとともに旅立つ不忠を責めてくださいませ。

ナキアとはよくよく話し合いましてございます。せめてお子だけはとのナキアの懇願を退けたのもわたくし、その命を奪うのもわたくし。

神の御許に迎えられることはないでしょう。地獄で肉が裂け骨が折れるまで鞭打たれようとも、このことを成し終えなくては御恩ある王家、そして難しい立場を快く受け入れてくださったマッキンリー家とレディ・マッキンリーにどのようにも謝りようがありません。わたくしの命では到底及びませんが、これがわたくしのできる精一杯のことにございます。

お許しくださいとは申しません。わたくしの亡骸を打たれても切り刻まれても言い訳は致しません。

すべてわたくしひとりの責めにございます。


ジャンニさま、愛しく思うならこそお育てするわたくしには厳しさが必要でございました。ナキアをお気に留めたことを知った時、すぐに養父母と連絡を取り、城下の若者と娶せるだけでよろしかったのです。なまじ伯爵家の唯一残された御令嬢という元のご身分を知っておりましただけに、平民の妻とすることが躊躇われてしまいました。それがわたくしの罪、憐れみのはき違えでございました。


公爵ご夫妻、お世話になってきたミス・ロンバルディにお詫びの言葉もございません。

この命しか御恩にお返しするものがないことを情けなく思います。ナキアとナキアの子の恨みは、すべてわたくしのもの。命であがなえるものではありませんが、どうぞ、どうぞ、すべてはわたくしの責め、どうぞお許しくださいませ、どうぞどうぞ、お願いいたします。

フレベイル・マクギンティ



 この手紙が届いたのが夕刻、それからすぐに出ようとしたものの、すぐに出れば謹慎中の身はすぐに追われ、最後に愛しい人の顔を見ることもできないと、とどまった。気が狂いそうな時間を過ごし、夜半に厩から馬を二頭引き出し、一頭に乗り替え馬としてもう一頭を引いて、領まで駆け抜けた。

 厩番が馬の気が立っていることに気が付き、馬が足らないことはすぐに公爵に知らされた。ベッドから飛び起きた公爵は息子の部屋に走り、手紙を読むと諦めたようにため息をついたらしい。

 すぐに指示が出て追跡が始まったが、行き先がはっきりしているだけにカスクス騎士団の行動にも慌てた様子はなかった。騎士団長だって予想はしていたのだろう。街道沿いの早馬を乗り換えるための王家の厩で、暗い道を駆け抜けた乗り手の消息を確かめながら、確実に追った。

 

 騎士団が乳母の家にたどり着いた時、ジャンニはまだ恋人と乳母の血を浴びた死骸を両腕に抱き寄せていた。涙の後が残る頬にすでに表情はなく、部屋に入ってきた騎士を認識すると、手に持っていた二人の命を奪ったその同じナイフで首を掻き切ろうとしたが、騎士の力強い手にナイフを握った腕を払われて果たせなかった。



 ジャンニ・カスクスの詳報は、時を置かずマッキンリー家にも届いた。密かな動揺が広がる中、その日も花園で三人のティータイムが始まる。


「マイ・レディ、これが仰っていたことですか?」

「ええ、そうよ。答えは出ましたか?」


 大方こういうことになるだろうと思ってはいたものの、実際に自死が出てしまいハルモニアも思うところがないではない。自分にもできることがあったかもしれないと埒もないことを考えてしまう。婚約者のことと言えど、他家のこと。まして相手は王の甥、口出し無用。ただ事態が悪化するばかりなのを婚約者の理性に一抹の望みを掛けて見守る以外にできることはなかったのだ。


「はい、筋道は大体」

「では、アロイシス、回答を言ってごらんなさい」

「はい。 まず、公子の恋人はすでに取り潰された伯爵家の遺児で、ナキア、取り潰された家はファウンドランド伯爵家でした。一族三親等まで死罪という罪を負って伯爵名ごと恥に塗れて失われましたが、いまでも一部には冤罪という者がおります。実際、詳細は明らかにされていないので、疑いが残るのもやむない面もあります」


「そうですね、本来ならアロイシスがもともと所属していた組織のようなところの仕事となったはずです。外患誘致とはいえ、予備罪で三親等まで死刑というのは珍しいです。国としても内外に恥を晒すことになりましょう? そこまでにはならないように暗殺者がおりますのよ」

「この罪は捏造だったのでしょうか?」

「どうでしょう、わたくしはもっと大きな罪を隠蔽するために一部だけを公開したのだと思いますよ」

「そういうものなのですか。次期侯爵として統治教育をお受けになったマイ・レディがおっしゃるのですから」


「真相を知る関係者でなかったことを幸いと思うことにしましょう。ろくでもないことに巻き込まれるだけですよ。好奇心は猫をも殺すという言い慣しがあるでしょう?

 では、マクギンティ夫人がなぜナキア・ファウンドランドを庇ったか、そこはわかりますか、タデイ」

「はい。 推測ですがよろしいですか? 

 カスクス公子の乳母であられたマクギンティ夫人の実家がファウンドランド家と関係があり、孤児院に預けられたナキアさまを見知っておられたのではないでしょうか」

「なるほど、程よい路線ですね。 正解は、乳母の夫がファウンドランド家の執事だった、です」

「え? まさか」

「そうでしょう、ちょっと思いつきません。公爵家の跡継ぎの乳母が、家族ごと死刑になった伯爵家の執事の妻だったなんてね」


「本来、乳母は身元が確実に確認できるように、領地を分割して預かる子爵か男爵の代官の家筋から、授乳できる者を選ぶものです。ですが、長子が無事生まれて後に授けられることになっていた公爵領ですからね、当時はまだ王家預かりです。将来のためにジャンニの乳母は領から選ぶことになったのですが、領地の細かい人間関係までは十分に把握できていなかったのでしょう。

 夫の奉職する伯爵家がお取り潰しになりそうだというので、実家に難が及ばないよう心にもない離縁状を出し、生家に戻って子を産み、途方に暮れていたマクギンティ夫人に出仕が命じられたのです。身元は子爵家が保証しましたし、マクギンティは子爵家の母方の姓で、その身分は郷士ですから乳母を探す役目の者も書類を整える以上には調べなかったのかもしれません。カスクス家にとっては運が悪かったとしか言いようがありません」


 うーん、と唸ったアロイシスとタデイ。しばらくはお茶を口にして、ジャンニ・カスクスの運命を気の毒に思うほかなかった。


 タデイが重い気分で口を開いた。

「つまり、マクギンティ夫人は、ナキアの身元を知っていて、公子の恋人になるよう仕向けたのですか? それなら責任を取って自死するのは当然ですが」

「どうでしょう、わたくしの知る限り、そうではないようですよ。

 ナキアはかわいらしい娘だったので、子のない商家の夫婦に引き取られたようです。七歳くらいだったでしょうか。それが運悪くカスクス領の者だったのですね。商家はカスクス城へのお出入りを許されていました。詳細まではわかりませんが、何かの偶然で顔を合わせたのですね」


「全体として運が悪かったとしか言いようがありませんが、最後は公子の心構えが問題でした。

 カスクス家でも、事情ははっきり掴んでいました。ナキアを公子に近づけたことも、乳母が旧ファウンドランド家の執事に嫁いだ者であったということも、公爵家の不手際。考えてみてもごらんなさい、乳母のマクギンティ夫人が産んだ子は、公子の乳母子、最も身近な従者だったのです。公子にだけ責めを負わせることはできません。

 生れは伯爵家といえども、罪人の子であるナキアを夫人にすることができるとは公子自身も思っていなかったでしょう。だから、様子を見ていたのです。公子は試されたのです」

「お気の毒と言えば……」

「いえ、この程度はお気の毒の内にも入りませんよ。ここで私情を優先するなら、先々はもっと酷いことになるのです。彼は王を補佐する最側近になるはずだったのです」


「マイ・レディ、公子はこの先どう云う処遇になるのですか?」

「アロイシスはどう思います?」

「今は領地で幽閉となっているとのことですが。気を病んで夜会を騒がせたのも一時のこととなり、婚約は公子有責での解消となるでしょう。公子自身は死のうとしたのですから、どこかで自死に成功するか、死を賜るのではありませんか? それで私に手を汚す必要はないとのことだったのでしょうか」

「いいえ、アロイシス、そんな生易しいことにはなりませんよ。

 もちろんわたくしとの婚約は解消になり、もともとなかったことになります。未来の女侯爵の履歴に傷をつけることはできませんから。

 公子は、死ぬことを許されません。ただナキアとマクギンティ夫人を思って、衰弱していくだけですわ。乳母子の侍従だけを世話役にね。きっとふたりで傷を舐め合うことになるでしょう。

 だから、死ぬより辛い目に合う、と言ったのです」


 考え込んでいたタデイが尋ねる。

「何故でしょう、マイ・レディ、なぜ死ねないのです? もう死んでいるも同然ではないですか」

「そうですね、タデイ。

あなたはわたくしが平民と駆け落ちしたらどうします?」

「もちろん、おひとりでは行かせませんとも、死ぬまでご一緒させていただきます」

「そこよ。そうしてしまうと、あなたの父母は責めを負って、侯爵家に遺書を残して手を取り合って死んでしまうでしょうね」

「あ、はい……確かに。侍女の役割は、主の前でこの首を掻き切っても駆け落ちをお止めすること。黙ってついて行けば、父母が責めを負うでしょう、確かにそうです」


「そういうことよ。アロイシス、わかるでしょう? 殺してあげることは慈悲にしかならないのよ。

 公子が自死すれば、責任は乳母に留まらないでしょう。何人“死んでお詫び”するか見当もつきません。いまならまだ乳母で済みますが、大事にすればナキアの養父母、孤児院の責任者、教育係、警備責任者、誰がどんな責任を感じて命で詫びるかわからない、だから、“一時気を病んだ”ことになっているのです。マクギンティ夫人がナキアを連れて死んだのも、これで許してください、他の方々に責めを負わせないでください、という意味です。“どうぞお許しください”と何度も書いていたというではありませんか。


 公子は、将来の責任の重さに一時気を病んで婚約破棄したものの、すでに回復した、だが強く悔いて自ら謹慎している、という形をとっているのです。

 死ぬこともできず、幽閉されたままナキアと乳母に何万回も詫びながら死という救いが訪れてくれるまでただ待つことしかできないのです」


 沈黙が支配する花園にコマドリが飛んできた。その胸の赤い羽根が、ことさらに血の色に見えてタデイはため息をついた。

 アロイシスは、貴族は面倒だな、と思っただけだ。彼にとっては、ただハルモニアがそこで微笑んでいる限り世界は平穏だった。


Thank you for reading, Granite 


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