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流れは、心になる。― 電気が生まれ、つながりになるまで ―第Ⅰ部

お読みいただきありがとうございます。東雲比呂志です。


本作は、シリーズ『流れは、心になる。― 電気が生まれ、つながりになるまで ―』の第1部となります。


春チャレンジ2025の課題テーマ「学校」から着想を得て、

どうせチャレンジするなら、学校で“難しい”と言われがちな科目を小説にしてしまおう――そう思ったのがこの物語の出発点でした。


電場、磁場、ローレンツ力、共鳴……理科の教科書ではわかりにくいそれらが、もし“心”や“つながり”と同じように感じられたら?


そんな思いつきから生まれたこの物語、どうぞ気軽に読んでみてください。

流れは、心になる。― 電気が生まれ、つながりになるまで ―第Ⅰ部

『インダクション・スクール ― 磁場と呼ばれた教室で』

プロローグ 見えないのに、動いてる。

 ――ぼくたちは、どうして動けるんだろう?

 この問いは、誰もが一度は考える。

 でも、ほとんどの者は、やがて忘れていく。

 足があるから? 風が吹いているから?

 それとも、誰かに押されたから?

 ちがう。

 もっと深いところで、ぼくたちは「見えない何か」に引かれたり、はねのけられたりしながら、動いている。

 たとえば、ひとりでじっとしていたいのに、誰かが近づいてきて、なぜか心がざわつくとき。

 逆に、気づいたら誰かのことを目で追ってしまうとき。

 ――引き合っているんだ。

 ――反発しているんだ。

 その力は、目には見えないけれど、たしかに「ある」。

 そして、ただ引っ張られるだけじゃなく、ぼくたち自身の中にも、「動こうとする力」が生まれてくる。

 それが、「電荷」として生まれたぼくたちの、はじまりだった。

 ここは、《磁界学園》。

 引き合い、反発し、流れ、渦をまく――

 そんな“動き”を学ぶ者たちが集まる場所。

 みんな、自分がどうして動いてしまうのか。

 どうすればぶつからずに、でもちゃんと“つながれる”のか。

 その理由を探しにきた。

 なぜなら、ここでの「気持ち」や「反応」が、やがて世界の“電気”を生み出すことになるから。

 主人公は、ひとつの小さな電荷。

 名前はクオ。

 少しネガティブ(負)で、よく誤解されて、すぐ他人と距離をとってしまう。

 だけど彼の中には、まだ誰も知らない“動き出す理由”が隠されていた。

 この物語は、そんな電荷たちが“自分の力”と向き合いながら、

 目には見えない「電場」や「磁場」、

 そして「共鳴」や「流れ」を見つけていく、ちょっと不思議な“学校の記録”である。

 やがて、この動きが“電流”と呼ばれ、

 そしてその先に、“心が流れる都市”が生まれることになる。

 でも、今はまだ。

 引かれたり、ぶつかったり、動かされたり――

 そんな「始まりのざわめき」だけが、ここにある。

 見えないのに、動いている。

 それは、たぶん、とても大事なことだ。


第1章 ぼくは動いてしまう

 どうして、ぼくは動いてしまうんだろう。

 止まりたいのに。

 ひとりでいたいのに。

 誰かが近くにいると、勝手に体が引き寄せられてしまう。

 逆に、ある相手が近づくと、今度は体が勝手に後ろへ引いてしまう。

 まるで磁石のN極とN極がぶつかるみたいに、はねのけられる感じ。

 でも、ぼくは磁石じゃない。

 名前はクオ。

 《磁界学園》に通う、ただの電荷だ。

 たぶん、ちょっとだけ“負”よりの性格をしている。

「クオー、また反発し合ってんのかー」

 教室の奥から、陽気な声がした。

 正の電荷を持つポジだ。いつも明るくて、いつも周りに誰かがいて、

 そして……近づくと、ぼくは吸い寄せられる。

「うわっ、また動いた!」

 イスごと、ずるっと前に滑ってしまった。

「おまえマジで便利な体質だなー。ストーブ替わりに欲しいわ」

「勝手に近づいてこないでよ……!」

 でも、それはぼくのせいじゃない。

 勝手に力が働いて、勝手に引き合ってしまう。

 そのとき、先生が入ってきた。

 背中に渦巻き模様のローブを着た、静かな声の電場理論エン・フィールド先生。

「はい、着席ー。今日は“静電気の力”について実感してもらう」

「実感って、もうクオで毎日してるけどなー」

「……静かに」

 先生は黒板に、簡単な図を描いた。+と-の記号。それぞれに矢印が伸びている。

「いいかい。電荷同士の間には、“クーロン力”という力が働く。

 同じ符号なら反発し、違う符号なら引き合う。まるで“気が合う/合わない”のように」

「気が合わないから、ぼくとポジはぶつかるんだ……」

「ちがう。君たちは“引かれている”んだ。だからこそ、近づきすぎると反発が起きる」

「……わかるようで、わかんない」

 授業が終わったあと、ぼくは校庭の端にある“観測エリア”に向かった。

 そこには、目に見えないけれど、確かに“力の線”がある。

 引かれる感じ。押される感じ。

 まるで空気が重くなったり、誰かに背中を押されてるような、そんな奇妙な感覚。

「クオ、ひとり?」

 声をかけてきたのは、同じく負の電荷を持つ少女――ネガ。

 ぼくとは不思議と反発しない。似ているからだろうか。

 いや、ちがう。似ているからこそ、静かに共存できるのかもしれない。

「また、勝手に動いちゃった?」

「うん。なんでかな。ぼくの中に、誰かを引き寄せる力があるなんて思えないのに」

「クオ。それはきっと、“自分の意思じゃない動き”をまだ知らないからだよ」

「……?」

「ねえ、もしも私たちが“動く存在”じゃなく、“動かされる存在”だったとしたら?

 それでも、その動きを“自分のもの”として大切にできたら、どうなると思う?」

「それって……」

「たとえば、“この動きがきっかけになる”こともあるかもしれない」

 ネガの言葉が、どこか風のようにふわりと入ってきた。

 動くのは、いやだった。

 勝手に力が働いて、自分の意志じゃないようで。

 でも、もしそれが、誰かの気持ちに届く“きっかけ”になるのなら――

「……ぼく、知りたい。この力の正体を」

「じゃあ、次の授業、楽しみにしてなよ。

 “見えない線”が見えてくると、世界が変わるから」

 そう言って、ネガは校舎に戻っていった。

 彼女の背中から、まるで細い光の糸のような“力の流れ”が見えた気がした。

 見えないのに、動いてしまう。

 でもそれは、もしかすると、何かを始めるための“最初の揺れ”なのかもしれない。


第2章 見えない線 ― 電場と磁場

 翌朝、学園の空はいつもより静かだった。

 風が止まり、空気の奥にぴんと張ったような張りつめたものがある。

「今日は特別授業だ」

 先生が言った瞬間、教室がざわつく。

「外に出る。電場と磁場の“線”を見てもらう」

 “線”?

 電気に、線なんてあったっけ。

「さあ、観測フィールドへ移動」

 校庭の奥にある白いリング。

 その中心には空間がゆがんだような場所があり、そこでは“見えないはずのもの”が、見えるようになるらしい。

 ぼくとポジ、ネガ、ほかの生徒たちは丸く輪になって立ち、リングの光が強まると、視界の中に、何かがうっすらと浮かび始めた。

 それは、まっすぐに伸びる光の糸だった。

 ふわふわと空中を漂っているようにも見えるし、きちんと何かを指しているようにも見える。

「これが“電場”の線です」

 先生の声が静かに響く。

「電場とは、“電荷がつくる力の方向”です。+から出て、-に向かう。これは法則です」

 ポジの体のまわりから、無数の線が放射状に伸びていた。

 ぼくの体には、その線がゆるやかに吸い込まれていくようだった。

 まるで、彼が「こっちにおいで」と言っているみたいだった。

「……ほんとに引っ張られてるみたい」

「そうだ。これは見えなかっただけで、いつも君たちのまわりにあったんだ」

「……じゃあ、あのときも」

 ぼくが勝手にポジのほうに動いたあの瞬間も――この線に引っ張られていたのか。

 すると今度は、別の線が見えてきた。

 ぐるぐると渦を巻くような、丸い流れ。

 空気の流れとは違う、でも確かにそこに“流れている何か”。

「これが磁場です。動く電荷がつくる、もうひとつの場」

「電場は“引き合う方向”、磁場は“回り込む流れ”か……」

「そう。電荷が動けば磁場が生まれ、磁場が変われば電気が生まれる。

 このふたつは、たえずつながっている」

 ぼくの目の前に、ポジが手をかざす。

 そのまわりに、くるくると磁場の渦が生まれた。

 視線じゃない。声でもない。だけど――確かに、ぼくに何かが伝わってきた。

「おまえ、こういうの感じやすいよな」

「……そんなことない」

「だって、磁場の流れ、おまえの体に沿って曲がってんぞ」

「うそ」

「いやマジ。おまえ、電場も磁場も、めちゃくちゃ影響受けてる。てか、受信感度高すぎ」

 感度――そうか、ぼくは“感じやすい”のかもしれない。

 それは弱いんじゃない。

 “見えないものに気づける”ってことかもしれない。

「電場は“方向”を、磁場は“まわりの空気”を教えてくれる。

 どちらも、見えないけれど、動きのルールなんだよ」

 ネガがそう言って、にこっと笑った。

 磁場の渦が彼女の肩からゆるやかに伸びて、ぼくの方へ流れてきた。

 その時、ほんの少しだけ、体の中があたたかくなった。

 ぼくたちは、見えない何かの中で生きている。

 気づかなければ、ただの“空気”。

 でも、感じ取れたら――それはもう、立派な“力”なんだ。


第3章 横からの風 ― ローレンツ力

 ぼくは、まっすぐ前に進んでいるはずだった。

 でも――体が、勝手に右へそれていく。

「うわっ!」

 足を踏み出した瞬間、右から横風のような力が、ぐっと押してきた。

 重心がズレて、転びそうになった。

「おいおいクオ、走るだけでコケるなよー」

「ポジ……なんで、右に引っ張られるんだよこれ……」

「それは今日のテーマ、“ローレンツ力”ってやつだ」

 この日は《磁界運動場》での実地授業。

 先生が用意したのは、一定の磁場が流れている“可視空間”だった。

 目には見えないけど、そこには空気のように満ちた磁場が流れている。

「覚えておけ。磁場の中で動く電荷には、“横向きの力”が働く。

 それが“ローレンツ力”だ」

 先生は、磁力線を模した青い光の帯を地面に示しながら、ゆっくりと説明する。

「進行方向と磁場の向きが直角になるとき、力は“もうひとつの方向”に発生する。

 これが“右手の法則”で説明できるが……今は“風のようなもの”と考えていい」

 ポジが走ると、その磁場の中で、彼の体の周りにくるくると渦が生まれる。

 そして、彼は軽やかにターンして笑った。

「慣れると、この力で曲がるのも楽しいぞ。スケボーみたいな感じ」

「……なんでそんなに自然に動けるんだよ……」

「お前が“引っ張られる”感覚に敏感なら、きっと“曲げられる”感覚にもすぐ慣れるさ」

 ネガが近づいてきて、ぼくの肩にそっと手を置いた。

「クオ。まっすぐ行こうとしても、世界がそうさせてくれない時って、あるよね」

「……ある。っていうか、今まさにそう」

「でも、流されてるだけじゃない。“横からの風”は、ちゃんと法則があるんだよ。

 だから慣れれば、風を使って前に進めるようになる」

「風を使って、進む……?」

「そう。まっすぐ行けないなら、曲がって進めばいい。

 それって、すごく“電荷らしい”進み方だと思わない?」

 ネガの言葉は、なんとなく不思議な説得力があった。

 風に押されて困っていたのに――

 その“横からの力”さえ、進む力に変えられるかもしれないなんて。

「じゃあ……もう一回、走ってみる」

 ぼくは深呼吸して、磁場の流れるコースに立った。

 まっすぐ走る。

 ――と、やっぱり、右からぐっと押される。

 でも今度は、その力を“受け止めて”、左足でバランスをとってみた。

 足が、自然に曲がった。

「……曲がれた……!」

「よっしゃ! 初・ローレンツターン、おめでとう!」

 風のように感じた力。

 それは、ただの邪魔じゃなかった。

 「動いているからこそ、感じられる力」だった。

 そして、ぼくは思った。

 もしもずっと止まっていたら――

 この力にも、出会えなかったんだ。


第4章 風が電気を生んだ日 ― 電磁誘導

 午後、風が変わった。

 校庭にある古い観測塔のてっぺんで、ぼくはただ空を見ていた。

 薄い雲が流れ、磁界が少しずつざわついていた。

「今日は磁場が……ゆれてる?」

 体の中で、何かがざわざわと反応していた。

 引っ張られるわけでもなく、押されるでもない。

 ただ、何かが“変化している”。

 ふと、塔の下でポジが叫んだ。

「クオ! コイル、動かすなよ! 今、変化が――」

 その瞬間、ぼくの手にしていた導線の先が、ピリッと震えた。

「うわっ、今の何!? ビリッて……」

「それだ! いま磁場が変化して、電気が生まれたんだ!」

 ネガが階段を駆け上がってくる。

「それが、“電磁誘導”。磁場が変わることで、導線に電圧が生まれる現象」

「えっ、でも、ぼく何もしてない。動かしたわけでも、押したわけでも……」

「いいの。それでも“起きる”の。

 磁場が変わっただけで、電気が“生まれる”。それがファラデーの法則なんだよ」

 ぼくの中で、何かがつながった気がした。

 磁場の中で動けば力を受ける。

 でも、磁場そのものが動けば、電気が生まれる――?

「それって……風みたいだね」

「そう。風そのものじゃなくても、“風が変わったとき”に、何かが起きる。

 それが、電磁誘導」

 ポジが、ぼくの手の中のコイルを見て笑った。

「クオ、お前ってやっぱすごいわ。自然に誘導されちゃう体質なんだな」

「勝手に言わないでよ……」

「いやいや、これは褒めてる。

 “変化を感じ取れる”って、電気の世界じゃ超大事なことだから」

 ネガも言った。

「人も同じだよ。“変わってる”人って、変化に敏感なんだ。

 だから、新しいものが生まれる場所に、きっと最初に立ち会える」

「ぼくが……最初に?」

「うん。電気って、目に見えないし、すぐにはわからないけど――

 “ちゃんと反応してくれる誰か”がいれば、生まれるんだ」

 そのとき、コイルの中をもう一度、なにかがふわっと流れた。

 それは風のようで、言葉のようで、気持ちのようだった。

 何かが変わるとき――そこには、目には見えない力が生まれる。

 誰かの心が変わるときも、きっと同じだ。

 ぼくの中にあった“ただ動いてしまう自分”という思いが、

 少しだけ、“動きの意味を持つ自分”に変わった気がした。


第5章 ぼくの中の渦 ― 自己誘導

 あの日、コイルの中で電気が生まれた。

 風が吹いたからだと思っていた。

 でも、今日はちがった。

 風も吹かない、磁場も動かない、誰も近づいてこない――

 それでも、ぼくの中で、何かがぐるぐると渦を巻いていた。

 なんでこんなに、モヤモヤするんだろう。

 誰かに言われた言葉。

 うまくいかなかった演習。

 自分の力を試すたび、なぜかブレーキがかかるような感覚。

「その感覚、たぶん“自己誘導”だよ」

 そう言ったのはネガだった。

 昼休みの実験室、ぼくは机に頭をのせたまま、彼女の言葉を聞いた。

「自己誘導?」

「うん。コイルに電気を流そうとするとき、その“自分の変化”に自分自身が反応して、逆向きの電圧が生まれるの。

 つまり、“自分を変えようとするとき、自分自身が抵抗する”ってこと」

「……なんか、すごくわかる気がする」

 ぼくは最近、自分の力を使おうとすると、かならず“重く”なる感覚に悩まされていた。

 行きたい方向に、進もうとするたび――

 何かが、ぐっと引き戻してくる。

「それが自己誘導。

 でもね、それって悪いことじゃないんだよ」

「そうなの?」

「うん。それは“変わろうとしている証拠”でもあるから。

 自己誘導って、変化の“揺れ”が大きいときほど起こるんだ」

 ネガは、小さなリングコイルを机に置いた。

「この中に流れる電流を変えようとすると、内部に渦巻く磁場が、それを止めようとする。

 けど、それがうまく整ったとき……ちゃんと、自分の流れができるの」

「……自分の流れ……」

「クオは、ずっと誰かの磁場や力に“動かされて”たよね。

 でも、今は“自分で動こう”としてる。その変化が、苦しく感じるのは当然なんだよ」

 苦しいのは、悪いことじゃない――

 変わろうとしているからこそ、苦しい。

 ぼくは、手のひらをリングコイルの上に置いて、ゆっくり深呼吸した。

 コイルの中に、ぼくの電気が入っていく。

 でも、入り込んだ瞬間に、逆の流れが起きる。

 それでも、静かに、焦らず、波を送っていく。

 すると、さっきまでざわついていた体の中の“渦”が、

 すっと落ち着いていくのを感じた。

 それはまるで――

 自分の心が、自分に「いいよ、そのままで」と言ってくれているようだった。

 誰かに動かされるだけじゃなく、

 自分の中から動き出す。

 その第一歩が、こんなにも静かで、あたたかいなんて。

 ぼくは今、ほんとうに“自分の電気”を流せた気がした。


第6章 ぼくたちは回路だった ― 電流のはじまり

 今日の実験は、これまでとはちがっていた。

 単なる反応や現象の観察ではなく、ぼくら自身が「流れをつくる」初めての授業。

「君たちは今から、“ひとつの回路”になります」

 先生がそう言ったとき、教室はしんと静まり返った。

「電圧は、気持ち。電流は、その気持ちの流れ。

 そして回路は、君たちがその気持ちを“どうつなげるか”という形です」

 ぼくはリング状に並べられた導体の一角に立った。

 隣にはポジ、反対側にはネガ。

 そして他の仲間たちが、円を描くように立っている。

「各自、自分の“電気”をこのリングに放ってみなさい。ただし、相手に届く“強さ”と“やさしさ”で」

 ぼくは両手をリングにそっとかざした。

 体の中心から、静かに電圧が立ち上がってくる。

 前みたいに“勝手に動く”んじゃない。

 今は、ぼくが、流したいと思って流してる。

「送るね……」

 ネガが小さくつぶやいた。

 その瞬間、ぼくの手元の導線が、ふっと温かくなった。

 ネガから流れてきた電気。ぼくの電圧と交わって、

 “流れ”が、リングの中をまわり始めた。

「今のが……電流?」

「そうだ。君たちがつながり、方向と強さを合わせたことで、“回路”が生まれたんだ」

 ポジが、リングの反対側でにやりと笑う。

「なんか、すげーなこれ。“つながってる”ってこういうことか」

「……うん。ちゃんと、伝わってる感じがする」

「電気は、目に見えない。けど、確かに“動く”ものだ。

 それが、気持ちとよく似ている理由なんだよ」

 先生がそう言ったとき、リングの中心が淡く光った。

 クオたちが作った“初めての流れ”が、教室全体を包んでいく。

 誰かが送り、誰かが受け取り、また誰かへと伝えていく。

 それは、ただの力のやりとりじゃない。選んで流し、受けとめて返す、まるで言葉のような循環。

 これが、「電流」。

 これが、「つながるということ」。

 ずっと「動かされている」だけだと思っていたぼくの力は、

 いつのまにか、誰かと“つながる力”に変わっていた。

 ぼくらは、ただの電荷じゃない。

 ぼくらは、回路だった。

 そして、ぼくらの中に流れたこの電気が――

 やがて、“心を伝えるエネルギー”になっていく。


エピ・プロローグ そして流れは、心へ

 ぼくたちは、回路になった。

 ひとつひとつの電荷が、ただの粒ではなく、流れの一部になった日。

 それが、すべてのはじまりだった。

 電気がただ“力”だったころ。

 押す、引く、回る、止める――そんな力のやりとりが、ぼくらの世界のすべてだった。

 でも、ある日、誰かが“流した”。

 ただ動くだけじゃなく、誰かに届くために。

 ただ感じるだけじゃなく、思いをのせて。

 その日、回路は目を覚ました。

 引き合うだけの関係が、つながるという意味を持った。

 反発していた心が、混ざらずとも共に流れる道を見つけた。

 それが、ぼくら“電荷”たちの、最後の授業だった。

 けれど、流れは止まらなかった。

 むしろそこから、流れは長い旅に出た。

 ぼくらがつくった一本の“やさしい電流”は、

 時を越え、形を変え、やがて“都市”をつくるエネルギーになった。

 その都市では、電気はもう“教わるもの”ではなかった。

 人々の生活にしみこんで、まるで空気のように流れ、消えていった。

 でも――流れは残っていた。

 ずっと誰かを待っていた。

 感じとってくれる誰かを。

 そして、ある日。

 その都市の片すみに、ひとりの少女がいた。

 名前は、カナ・トール。

 彼女は、ちょっと変わっていた。

 なんでもない自動ドアに、電気を通す。

 止まったままの機械に、そっと手をふれると、なぜか光がともる。

 「なんでか、わかんないけど……動くんだ」

 それは、感じている証だった。

 まだ誰も気づいていない、“心の流れ”という電気の存在に。

 カナの中に流れていたのは、ぼくらが始めた“最初の電流”の記憶。

 それはもう、磁場でも電場でもなく。

 数式でも、回路図でもなかった。

 それは――共鳴だった。

 彼女は、聞こえない声を感じとった。

 見えない回路をつなぎなおした。

 流れを、ただの“動き”ではなく、やさしい気持ちに変えていった。

 やがて、誰もが忘れかけていた“電気の本当の意味”が、

 もう一度、都市に灯りはじめる。

 ――でも、それはまた、べつの物語。

 ひとつの粒から始まった、ぼくらの流れが。

 どこか遠くで、また誰かの手のひらに届く。

 それだけで、きっと、ぼくらの存在には意味があったんだと思える。

 感じること。

 動くこと。

 つながること。

 そして、伝えること。

 それが、ぼくたちが受け継いできた、“電気”という名の気持ち。

(『エレクトロノヴァ ― 共鳴の都市』へ、つづく)


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


『インダクション・スクール ― 磁場と呼ばれた教室で』は、「学校」というテーマのもと、電場や磁場と“心の動き”を重ねて描いた物語でした。


見えないけれど、確かに人を動かす力がある。

それは、電気も、感情も、出会いも、すべて同じだと思っています。


次作となる第2部『エレクトロノヴァ ― 共鳴の都市レゾナンス・シティ』では、より広い“都市という磁場”へと舞台を移し、

感応と共鳴が世界を動かす瞬間を描いていきます。


引き続き、お付き合いいただけましたら嬉しいです。

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