ひとつ
中身ありません。
宵の明星は弱々しく輝き、蛍光灯は宝石が嵌められた指輪を鼻先に突きつけてきたかのように光を放つ。
駆け足気味に過ぎ去る人影、ゆったりとした足取りで道を歩く者。
子どものはしゃぐ声、恋人の間を羽ばたく甘美な言葉。
雑多に塗れた世界の中にある道をただ足早に歩いていく。代わり映えのない日常に希望など見い出せないと語るかのような足取りで。
今日も帰り道を歩く。道中ですれ違う若い世代の楽しそうな雰囲気に照らされては人知れずため息をついてはあからさまに目を逸らし、それらを直視しないようにする。これが精一杯の現実逃避なのだ。
こんな風に会話を交わし笑いあったりすることのできる存在の一人や二人、居てもいいのではないかと思うが、全てに於いて《友人》となり得たかもしれない存在との間で通ずるものがなかったのだ。自分には愛想も社交性も流行の動向を掴む力もなかった。
できるだけ猫を被って彼らと接していてもボロはでる。
夕暮れ時のせいなのだろうか。歩数に比例するように増える重たい気持ちは一向に晴れない。
あぁ、いっそのこと星になれたなら。と思いながら顔を上げてみると薄墨色に変わりつつある藤色の空には最後の光を放つように輝く宵の明星があった。
他の星がなくても輝き続けていたあの星に思わず自分を重ねていた。