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(短編集)世界の壁を超えて届けたい物語

作者: ななよん

とある英雄に憧れた一人の青年が成長する瞬間を描いた物語です。

「フォートレススタンス!!」

僕の叫び声が、荒れ果てた戦場に響き渡る。だが、その声には力が宿っていない。ただの空虚な掛け声に過ぎないことを、誰よりも僕自身が分かっていた。

蠢く大量の敵を相手に、僕では皆を守り切れないという現実が重くのしかかる。結界を張った治癒士が守る子供達を護るだけで精一杯。一人また一人と街を守る自警団の人達が倒されていくのを、ただ見ているしかない。皆果敢にも我が身を顧みず、ただ街を守るという一心で戦い、傷つき、そして倒れて逝く。その姿に胸が締め付けられる。

僕の拙い守備スキルでは護れる範囲が狭過ぎる。一匹一匹は大したことの無いゴブリン共だが、その数が1000を超えた時、街に残された戦力では到底守り切れない。このスタンピードは恐らく尖兵に過ぎないのだ。それを考えると、背筋が凍る思いだった。

この街には有名な冒険者パーティが居て、彼らの存在は多くの冒険者を惹き付け、街は大きく発展していった。かく言う僕も、一人の鉄壁を誇る騎士に憧れ、騎士を目指して今に至る。その道のりは決して平坦ではなかったが、憧れは常に僕の心の支えとなっていた。

僕はあの英雄とも呼べる人達の足元にも及ばない存在だ。それでも、憧れたあの人に恥じない戦いをしたい。その一心で、今この場所に立っている。

「あの人達が戻って来るまで耐えろ!!決して諦めるな!」

誰かが激をとばしている声が聞こえる。きっと声の主もあの人達に憧れているのだろう。その声には、僕と同じ思いが込められているように感じられた。

尊敬にも似た憧れ、彼らの戦いは見る者を魅了する。圧倒的な力とタフネス。どんな攻撃にも屈しない、例え倒れてもまた立ち上がる不屈の精神。豪快な戦い振りでパーティを守り、そのパーティの火力を遺憾無く発揮させる。その姿に、僕の心は震えた。僕もこう在りたい、そう強く思った日々が、今でも鮮明に蘇る。

街に残っていた上級冒険者数名が必死に戦っているのが見える。おそらく4級か5級だろう。彼らの動きには無駄がなく、一撃一撃に重みがある。だが、それでも今の状況を打開するには力不足だということが、誰の目にも明らかだった。

多くの最上位冒険者は、今回のスタンピードとは違うダンジョンで戦っているはずだ。まさか2箇所のダンジョンがほぼ同じタイミングでスタンピードを起こすとは、誰が予想できただろう。その悪意に満ちた偶然に、運命の残酷さを感じずにはいられなかった。

幸い最初にスタンピードが起きたダンジョンよりランクが低いダンジョンのスタンピードだったお陰で、今僕達は生きている。これが逆だったら、僕達は一瞬で終わっていただろう。その事実が、現状の唯一の救いだった。

この街の領主様は自前の騎士団を持っていない。代わりに冒険者に対し厚く遇する事で街を護っていた。その政策は普段は効果的に機能していたが、今回のような非常事態には脆弱性を露呈してしまっている。


上級冒険者の攻撃で断続的なゴブリンの攻撃が少し収まった。僅かな暇の間に回復と携帯食、水分を無理矢理詰め込む。皆の顔に生気がない。いくら最上位の冒険者たちでも、今戦ってる相手より上級ダンジョンのスタンピードを抑えに出ているのだ。どう早く見積もってもあと2週間は戻らないだろう。

皆それが分かっているから、口にこそ出さないが絶望を感じているに違いない。僕にもっと力があったなら、皆にこんな顔をさせずに済んだだろう。僕の憧れたあの人達なら、この程度の敵に屈すること無く全てを駆逐してしまうのだろう。その差に愕然とせずにはいられない。


冒険者ギルドの受付嬢が支給品を配っているのが見えた。いつもギルドの酒場に屯していた冒険者達も前線で戦っているらしい。彼女は傷だらけの体で、それでも懸命に任務を果たそうとしていた。

受付嬢は僕達を見つけると駆け寄って来て支給品を手渡してくれた。回復用の水薬と携帯食。その手には細かな傷が無数についているのが見えた。「諦めないで下さいね、最後まで。」彼女はそう言って僕達の様な下級冒険者の手を握り、切に願っていた。

彼女も全身傷つき痛々しい姿をしていたが、その目には力が宿っていた。その瞳に映る希望は、きっと最上位冒険者たちの帰還を待ち望むものだったのだろう。

「敵がきたぞ!!」

少し離れた門の外から声が聞こえる。もう来やがった。皆フラフラとした足取りで立ち上がる。疲労の色が濃いが、それでも諦めの色は見えない。それは僕達にも共通する、最後の意地だった。

諦めないで...か。受付嬢が希望を抱いている相手は僕達じゃない。きっと彼らが戻って来てくれると信じているのだ。なら僕に出来ることは何だ。少しでも長く護り、彼らが間に合うと信じて戦う以外に無いだろう。

僕は頭に巻いていた長いバンダナをといて、そのバンダナで左手と盾を縛り付けた。決してこの盾を放さず、守り通す。それが僕の誓いだった。たとえ腕が千切れようと、この盾は放さない。

仲間達も準備を終えた様だ。ほんの少しの回復だけど、僅かに回復した心を奮い立たせる。敵の集団が視界に入った。無数のゴブリンの群れは、まるで黒い潮のように押し寄せてくる。

「来るぞ!各人自分に出来る事を精一杯やれ!彼等はきっと間に合うと信じ、疑うな!」

声の主は酒場で屯していた冒険者のおっさんだった。いつも彼らにちょっかいをかけ、面白おかしく一緒に酒を飲んでいた姿からはこんな精悍な姿を想像できなかった。彼もまた一人の英雄に違いない、昼行灯な英雄だけど。


それから僕らは必死に戦った。気がついたら右手に持ったショートソードが腕さら無くなって、腹にはダガーが突き刺さっていた。意識が朦朧とする中、仲間のヒーラーが僕に必死に回復をかけてくれているのが分かった。

意識が朦朧とし、世界がぐにゃりと歪みつつあった。でもその視界に受付嬢と彼女が必死に守ろうとしている子供達が見えた。その光景が、僕の意識を現実に引き戻す。

踏ん張れ俺!! 今だ!!今がその時だ!立ち上がり盾を構えろ!!

「..ぁああああああああ!!」僕は力の限り叫び盾を構えた。叫びと共に喉から血が溢れ出る。それでも、声を振り絞った。

僕の叫びに反応して数匹のゴブリンが僕に向かってくる。そうだ来いっ!俺が守ってみせる! 残った気合いで全身に力を無理矢理入れる。視界が真っ赤に染まるが、それでも盾を構え続けた。

ガキンっとゴブリンのダガーが盾に当たり、その衝撃だけで身体がふらつく。まだだ!! あの人ならこの程度で倒れない! 僕は盾を持った左手に力をこめてゴブリンの頭を殴りつける。

他のゴブリンが僕の足にダガーを突き刺した。鋭い痛みが脳まで駆け巡ったが、お陰で頭がはっきりした。足を刺しているゴブリンの頭に盾の角を突き刺し、ゴブリンの鼻から血が吹き出す。近くにいたゴブリン達が僕に怯え、後退る。

「どうしたァ!!かかって来い!!!」

精一杯の虚勢を張って叫ぶ!! 口から血が溢れ、足に力が入らなくなって来た。まだだ!!僕は守る為にここに居るんだ! そう心で叫び、無理矢理身体を起こす。

見上げたそこには大きなゴブリンが居た。ホブゴブリンだ。手に持った丸太の様な棍棒が僕に向かって振り下ろされる。咄嗟に盾で受け止めたが、受け止めた腕さら僕の足が折られた。


右腕を失い、左腕は砕け、足は折れた。もう動くところを探す方が難しい。視界に受付嬢と子供達が見える。恐怖で真っ青になった顔をしてなお子供達を守ろうとしている。その姿に、最後の力が湧いてくる。

(動け!!動いてくれ!今なんだ、今立たなきゃダメなんだっ!)

悔しさで涙が出る、鼻水と涎を垂らしながら僕は叫び折れた足で立ち上がった。何が出来る訳じゃない、もう腕も足も動かない。汚くかっこ悪い、涙と血と鼻水と涎まみれで僕はただ叫んだ。

「お前の敵は俺だぁああああ!!」

気迫のみだったが、周囲にいたゴブリンやホブゴブリンが僕に振り向いた。ああ、良かった。ちゃんと最後まで全部出し切れた。

向かって来るモンスター達が見える。視界が歪み倒れそうになるのを必死に耐えた。今僕が倒れればこのモンスター達は彼女たちを狙いに行ってしまう。例え数秒であっても、僕が立っている事で彼女達が護れるなら僕は立っていなければならない。


意識を跳ばすな、相手を睨め!!

憧れたあの人がしていた様に、気迫で敵に危険だと思わせろ。


ボブゴブリンの棍棒が振り上げられた。

最後まで僕は目を閉じない!

何の意味もない意地だった。


ガキンっ!!!


僕の前にホブゴブリンよりも大きな背中が見えた。



見間違う事などある筈がない。


涙がボロボロと零れ出した。

情けない顔をするなと、自分に言い聞かせても涙が止まらなかった。

周囲を蒼い炎が包みゴブリン共が焼かれていくのが見えた。

「があぁぁぁぁあっ!!」雄叫びと共に目の前に居たホブゴブリンが真っ二つに切り裂かれる。

そして片手でそっと僕を支えてくれた。

身体が光、痛みが引いていく。

その温もりの中で僕は意識を失った。


意識が戻ると僕は教会で寝かされていた。

どんな治療がされたのか、失ったはずの右手も着いていた。

そして砕けたはずの僕の左腕には受付嬢の手の温もりが感じられた。

子供達も居るのが見えた。


「気が付いたんですね!良かった....良かったぁ...」泣き出した受付嬢に釣られ子供達が一緒に泣き出した。

頭がぼーっとして現実味が無い。


「よう、英雄!」

僕のパーティメンバー達がボロボロの姿で声をかけてきた。

何が英雄なものか、守るべきものを自分で守り切れなかった存在だ。

僕は首を横に振って答えた。

「いや、あの時のお前は確かに英雄だったよ。少なくとも俺達とここに居る受付嬢や子供達にはそう見えた。」

「汚くてみっともなくて、ボロボロだっただけじゃないか?」

「それでも、貴方は二度も立ち上がった」

僕の手をぎゅっと握りしめた受付嬢が、涙ながらに言った。

「貴方はあの時確かに英雄でした。」


ああ、そうか。英雄って言うのはずっと英雄なんだと思っていた。

「憧れた英雄に恥じない様に、成すべき時に成すべきをしただけです。」


それこそが英雄の条件なのだろう。

僕はまだまだだ。

結局憧れの背中にまた助けられただけの、ちっぽけな存在だ。

でも例え一時でも、誰かを救えたのなら僕は良かったと心から思った。

本当の英雄になるにはまだまだ力不足だけど、あの時の思いを忘れない様に心に刻み進んでいこうと思った。

そしていつか、蒼炎の英雄達と肩を並べて笑い合いたいと強く願うのだった。

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