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#7|心の引っかかり

 あの日のディナーから約一ヶ月が経ち、私は相変わらず、時間があれば図書館へ立ち寄っている。孝人とメッセージ上でのやり取りが頻繁になり、オススメ本を交換する度に、感想会を開いていた。この期間で、私達の関係性はさらに親密になっていった。


 しかし、実は最近、私は違和感を感じている。孝人が、週休二日制にも関わらず、平日にも図書館へ来るようになっていたのだ。

 最初に聞いた時は、


「有給を使って来ちゃいました」


と話していた。私も最初は、「そうなのか」と納得した。

 しかし、時間が経つにつれ、平日に見かける機会が明らかに増えていた。憶測だが、最低でも週二回は居るはずだ。




 正午過ぎの火曜日の今日。私は、その真相を確かめに来た。

 図書館に入り、いつもの席に向かう。やはり、休日と比べると平日は利用者が少ない。静かな空間の中、足を運び、席へと近付いた。


——やっぱり、居る。


 孝人は黒縁眼鏡を掛けながら、集中して本を読んでいる。席のもとへ着いた私に、気が付いていない様子だった。

 机を、指先で二回叩く。反応が無いので、少し力を入れてもう一度やっても、孝人は本から目を離さない。私は、孝人の読んでいる本の近くに手を出して、ブンブンと振ってみた。

 しばらくして、孝人がようやく気付いたようで、急いで顔を上げた。


「びっくりした~」


孝人は目を丸くさせ、ホッとしたような口調で胸に手を当てている。


「やっと気が付きましたね。集中力すごいですよ、本当に」


「あはは、すみません」


少しいじけるように話した私を見て、孝人が申し訳なさそうに眉を下げた。私は席に着き、早速本題に入る。


「孝人さん。そういえば、最近平日に図書館で見かけること多いんですけど、何かあったんですか?」


「あー……」

 

孝人は言いたくないのか、気まずそうに口を噤んだ。私は悪いことをしてしまったと感じ、咄嗟に弁明をする。


「いや、無理に聞き出そうとしてるとかじゃないです! ただ、気になっていたので」


「いや、言うよ」


孝人は押し花の栞を本に挟んで、閉じる。そして、私へ真っ直ぐに目を合わせた。


「実は、休職していたんだ。二週間前くらいから」


「それは、何か目的があってですか?」


「うーん。そんなところかな」


 孝人が珍しく真剣な顔つきをしていたため、嘘ではないのだろう。事実を話してくれたことは嬉しかったが、きっとまた理由ははぐらかされたのだと、直感で分かった。孝人にとっては、まだ私はそこまで信頼できる人間ではないのかと、少し寂しさが残る。


「孝人さん」


「はい」


孝人は、本を開こうとしていた手を止める。


「その本読み終わったら、近くの公園に桜を見に行きませんか? 庭園には咲いていなかったので、まだお花見していないんですよ」


「いいですけど、結構葉桜になってません?」


「ただ散歩するだけでも、気持ちいいものですよ」


私の誘い文句に対して、孝人はふっと笑い、「そうですね」と答えた。

 これは、私がただ、孝人の信頼できる人間になりたい、もっと近付きたいというエゴだ。彼の為にとか、そんな優しさがある訳じゃない。恋というものは、時には傲慢で自己中心的なものなんだということを、改めて実感する。

 私は、孝人が本を読み終えるまで、静かに窓から庭園を眺めて居た。




「うわー。平日なのに人が多いですね」


 私は日差しを遮るように、手で顔をかざして呟いた。

 孝人が本を読み終えてすぐに、私達は公園内で散歩をしている。晴れていると言うこともあり、散歩だけでなく、ピクニックをしている人が多いようだ。


「僕も結構空いている思っていました」


孝人はいつものサングラスをかけて、周囲を見渡している。


「あっ、すみません」


声がした孝人の方を見ると、歩行者とぶつかったのか、頭を軽く下げて謝っていた。その直後、反対側の私にぶつかる。


「ごめんなさい」


「いいえ。大丈夫ですか?」


私が心配するも、孝人は「はい」と答えるだけで、進行方向に向き直った。


「やっぱり桜、ほとんど咲いてないですね」


私は孝人に気を遣わせないように、近くの木を指差しながら、話題を変えた。


「でも緑って、目に優しいですから」


「そうなんですか? じゃあ私、めっちゃ見ときます」


孝人は、辺りの木々を見渡す私を見ながら、ふふっと微笑んだ。その後、孝人が木々を見渡していたが、また人と衝突してしまった。




 しばらく公園内を歩いたが、時間が経つにつれて、孝人が人とぶつかることも増えた。しかも、顔色が少し悪くなっており、背中も丸まっている。


「孝人さん。顔色悪いですよ? 大丈夫じゃないですよね?」


「いや、僕のことは気にしないで」


孝人は、手を挙げて遠慮している素振りを見せているが、額には冷や汗が滲んでいる。


「じゃあ、ここのベンチに座りましょう。私は自販機で飲み物を買ってくるので、じっとして休んでください」


 そこまで無理をさせる訳にもいかないため、私は孝人の両肩を掴んで、無理やり座らせる。強い口調で指示をした私の圧を感じたのか、孝人は素直に「はい」と言って、大人しくなった。




「ありがとうございます」


 孝人はそう言って、私が買ってきた水を受け取って飲む。上下に動く喉ぼとけを見つめながら、私も自分用に買っておいた水を飲んだ。


「私、孝人さんの体調が悪いのに気が付かなくて、無理矢理連れ回して、すみませんでした」


自分しか見えておらず、ましてや好きな人をこんな辛い状態にさせてしまった事実に、胸がズキズキと痛くなる。頭を下げた私を見て、孝人が焦ったように口を開いた。


「僕の方こそ、こんな状況にしてしまってすみません。香織さんが謝る必要は無いんですよ」


 孝人のその優しさは、今は必要ないのに、と心の中で呟く。多少無理して微笑む孝人の表情を見て、私は上手く笑い返すことが出来ていたのだろうか。

 お互い無言の時間が続き、空気が重くなる。きっと、孝人さんは自分を責めているのだろう。


「孝人さん、今はゆっくりしていきましょう。ほとんど葉桜ですけど、こんな日も中々ないですよー」


 少しでも和ませようと、私は孝人さんを見て、微笑んでみた。孝人は、どこか遠くを見つめながら、「そうですね」と答えるだけだった。

 

 その後、帰り際になり、孝人の顔色は良くなっていった。しかし、表情が暗いままで、「今日は一人で帰ります」と言葉を残して、先に帰って行く。

 夕日が沈む公園に、私一人だけが、取り残されていた。




 誰もいない公園を、靴を引きずりながら歩く。

 今日の出来事で、私達の関係性が無くなってしまったらどうしようかと、突然に不安が襲う。きっと、こんな寂しい空間の中にいるからセンチメンタルになっているのだと、自分に言い聞かせるが、その思いとは反対に、涙が零れ落ちていた。


「何これ? どうして?」


 止まって、止まって、止まって——。そう願っても、涙は溢れ出てくることを止めない。私は諦めて、もうメイクなんてどうでもいいと、目元を強く拭った。


「うっ、うっ、ぐずっ……」


 日が沈みかけた広い公園内に、私の嗚咽と風で揺れた木々の音だけが、反響していた。

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