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#5|職場の偵察?

 数日後、孝人から「今日の午後に書店に来る」というメッセージが来た。昼休憩中、そのことを報告するために、また同じ休憩室に知紗を呼んだ。


「おーい、いつの間に距離縮めてたのかよ」


今までの孝人との出来事も含めて話を聞いた知紗は、少しからかったような言い方をする。


「今日は孝人さん、何時に来んの?」


「十四時くらいだって」


「私もその時間、文芸コーナー行こうかな」


私は驚きのあまり、「え!?」と声が出る。


「何でそんなに驚くのよ。冗談だって」


知紗はクスクス笑いながら、私の方を見る。その顔をしているときは、大体冗談じゃない時もあるため少しゾッとした。


「これあげるから許してよ。香織、手出して」


私は知紗の言う通り、手のひらを差し出すと、三つくらいレモン味の飴を置かれた。


「孝人さんと話すなら、息は良い匂いの方がいいでしょ?」


なんてことを言うんだ。知紗はドヤ顔をしているが、何を期待しているのだろう。反対に、私は困惑した顔になる。


「あ、ありがとう」


私はせっかくならと思い、飴を一つ口に入れた。酸味が徐々に甘くなって、普通に美味しい。黙々と飴を舐める私を、知紗はニヤニヤしながら見ている。


「……何?」


「べっつにー?」


きっと、知紗は何かを企んでいるんだろう。大体想像が出来たため、あえて本人には聞かないでおいた。




 昼休憩を終えて、只今の時刻は十四時を少し過ぎたあたり。自分のブースで腕時計をチラチラ確認しながら、今か今かと胸が躍る。

 すると、エレベーターを上って文芸コーナーへ入って来る孝人の姿が見えた。孝人はグレーのニットと黒のズボンに茶色のトレンチコートを羽織っている。何だか、いつもよりお洒落に見えた。チャームポイントのサングラスは、……付いてる。

 私は孝人の案内をしに行こうと、歩き出した。


「吉瀬さん、今大丈夫ですか?」


 すると、突然背後から後輩の男の子から声を掛けられた。正直今は、孝人の方に行きたい。


「どうしたの?」


「この本の在庫が合わなくて、一緒に確認していただいても、いいですか?」


在庫が書かれた紙を確認すると、新作の本の在庫が合わないようだった。かなりの人気作なこともあり、今すぐ取り掛かった方がいいだろうと判断せざるを得なかった。


「分かった。一緒にやろう」


その言葉を聞いて、後輩は「ありがとうございます!」と、満面の笑みで答える。

 書庫に行く前に周りを見渡すと、もう孝人は見当たらなくなっていた。



数十分後、書庫から出て店内に戻ってきたが、孝人はもう帰ってしまっただろうか。孝人を探しながら、店内の見回りをする。


「終わりましたか?」


「うわあ!」


 また突然、背後から声を掛けられる。振り返ると、そこには孝人が立っていた。見知った人だったため、分かりやすくホッとする。


「すみません。驚かせちゃいましたか?」


孝人は何故か、ニコニコとしている。私の反応が良かったことが、嬉しかったのだろうか。


「大丈夫です。私も孝人さんのこと見つけたのに声を掛けられなくて、ごめんなさい」


私は、深々と頭を下げた。それを見た孝人は、遠慮をするように両手を振っている。


「いえいえ。香織さんの業務が最優先ですから」


そう言いながら、孝人は先ほどの後輩をチラチラと見ていた。その表情は、少し堅いように感じる。

 私は、後輩が何かやらかしたのだろうかと、不安になった。


「後輩がどうかしましたか?」


孝人は「えっと」と言い、口を濁す。そして、照れ臭そうに頭を掻いた。


「——あの男の子と香織さんは、仲が良いんですか?」


「え?」


 驚きのあまり、声が漏れる。孝人さんは私と後輩の何を見て、こんなことを聞いたのかよく分からなかったらなかった。


「特別仲良いとか全然無いですよ! 普通の先輩後輩です」


私は、事実をそのまま伝えた。すると、孝人の堅くなっていた表情が徐々に緩んでいく。


「そうなんですか。良かったです。じゃあ、案内よろしくお願いします」


「は、はい」


孝人は何でもなかったように、すぐ話を切り替えた。

 私はその切り替えの早さに多少混乱しながらも、案内をすることにした。


 先ほどの後輩の話題は何だったのだろう。私がさっきまで書庫に居たのを見たからか、と疑問が湧く。——もしかして、嫉妬?

 そんなはずはない、思い上がってはいけないと思い、頭をブンブン振った。勘違いも、ほどほどにしないと。

 しかし、その意思とは関係なく、嫉妬を期待しているかのように胸が高鳴っていった。



 その後は、孝人にオススメの本を紹介したり、私が書いた本紹介の張り紙を見せたりした。孝人は相変わらず、私の『プロモーション』を褒めてくれた。私はほとんど仕事で褒められたことが無かったため、かなり気分が上がっていた。


「香織さん」


「はい」


「この後、時間ありますか?」


突然、孝人が真剣な眼差しで、私を見つめる。これは、いわゆるデートのお誘いというものではないか。


「いえ。私今日は十八時上がりなので、その後は何もないですよ」


顔が緩むのを抑えながら、平然を装って答えた。


「近くに美味しい店があるので、そこに夕飯食べに行きませんか?」


孝人は、自分から誘っておいて不安になったのか、段々と上目遣いになる。

 私は孝人から食事に誘われたという事実が、何より嬉しかった。心なしか、足元がふわっと軽くなる感じがする。


「もちろん! 是非、行きましょう!」


思わず、大きな声で言ってしまった。急いで口元を抑えたが、それを見た孝人は、「遅いでしょ」と言って笑っている。


「じゃあ、香織さんが終わるまで、近くのカフェで今日オススメされた本を読んでおきますね。感想を早く伝えたいです」


孝人はそう言い残し、手を振りながらレジの方に向かっていった。

 私も、早く夜にならないだろうかと思いながら、本の整理に取り掛かろうとする。


「香織」


聞きなれた声が、近づいて来る。


「見てたんでしょ、——知紗」


「あら、バレちゃったー」


知紗は棒読みで、わざとらしくショックを受けたようなリアクションを取る。


「ていうか、孝人さんって室内でサングラス付けるタイプなんだ。変わってるね」


知紗は近付いて、ヒソヒソと声を小さくする。孝人への感想は、私も以前から思っていたことだったため、共感してしまった。


「なんか眩しいらしい。もう、慣れたけどね」


それを聞いた知紗は、「へー」と答えるだけで、特にこれ以上言及してこなかった。

 その代わり、突然何かを思い出したかように、私の両肩を掴んできた。


「そういえば香織さ、この後デート行くんでしょ」


知紗は、いつになく目が燃えていた。一体、いつから聞いていたのだろうか。


「そうだよ?」


「私、メイク手伝ってあげようか?」


知紗は、口角を片方上げて笑っている。

 実は、知紗がメイク上手だということもあり、以前から何回もメイクを教えてもらっていた。その知紗が、今回は手伝うと言ってくれているのだ。断る理由が、全くない。


「是非、お願いします!」


私も、知紗の肩を勢いよく掴む。知紗は、「任せろ!」というように笑っていた。

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