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#3|初めての関係値

 知紗と昼休憩が重なった時に私の休憩室に来てもらい、いつもの長机があるパイプ椅子に並んで座る。そして、孝人と帰り道を一緒に過ごせたこと、また会える約束をしたことを伝えた。


「香織、意外とやるじゃん。見直した」


知紗は珍しく目を見開き、私の肩を揺らす。

「ありがとう」と言うと、労いとして私に飴を渡してきた。それを口に含むと、ほのかにイチゴの味がする。


「それで次は何かするの?」


「普通に図書館に行って、それで……?」


知紗は長机に体重を乗せ、何か期待を含んだ目で見つめてくる。しかし、私は喜びに浸っていて、「図書館で孝人に会う」以上のことを考えていなかった。

 

 私は困惑して口をつむぐ。知紗の方に目線をやると、先ほどの明るい表情が徐々に消えていく。現状を察してくれたようだ。


「噓でしょ」


知紗の眉間に皺が寄る。すると、腕と足を組み始め、わざとらしい咳払いをする。


「いい? 次は、何か小さいサプライズとか用意しておくの」


知紗がまた、恋の先生のような振る舞いを見せる。


「お菓子一個とかでも?」


「そうだよ。その小さな思い出が、形になっていくんだから」


その言葉に妙に納得し、「おー」と声が出た。確かに、ただ孝人と一緒に帰っただけでも、私にとっては大切な思い出となっていた。結果的に孝人への想いも増している。


「とりあえず、香織らしいものをしてみたらいいんじゃない?」


知紗は、飲んでいたコーヒーを一口飲む。私らしいものって、何だろうか。

 

 アドバイスを受けてから数日間、孝人へのサプライズで頭が埋め尽くされていた。そのせいで、何度か仕事に支障が出たことは、知紗には黙っておいた。




 それから私は、孝人と初めて帰り道を共にして以降、平日にも夏川図書館へ通っていた。しかし、その日には孝人はいなかった。

 

 ようやく会えたのは、一週間後のよく晴れた日曜日だった。以前約束していた通り、孝人はいつもの席に座っている。ただの口約束じゃなかったんだと、孝人の優しさが胸に染みた。

 昼時だったこともあり、窓から射しこんだ日差しが孝人の顔を照らしている。前髪に少しだけかかっている切れ長の目が、普段より見えている気がした。


 私は孝人の居る席に、静かに近付く。


 例の押し花の栞が乗っている机を、人指し指で三回叩く。

 

 孝人はゆっくりと顔を上げて、私と目が合うと優しく微笑んだ。


「向かいに座ってもいいですか?」


私は、孝人の返事が分かりきっているのにも関わらず、わざとらしく聞く。


「待ってましたよ」


 孝人の低く落ち着いた声を合図に、椅子に座った。そして、席に来る前に選んでおいた本を開く。ふと、孝人が読んでいる本の表紙を見るが、書かれている題名の漢字がイマイチ読めなかった。

 きっと、またミステリ小説なのだろうと勝手に想像しながら、自分の本に目線を戻して読み始めた。




 数時間後、日が沈みかけたくらいだろうか。目の前から物音がする。読んでいた本から顔を上げると、孝人が鞄の中を漁っており、黒縁眼鏡を外して例のサングラスに付け替えた。

 私は、周りに人がいないことを確認し、声を少し大きくする。


「もう帰るんですか?」


「今日は、暗くなる前に帰ります」


孝人が席から立ち上がる。

 

 今日はまだあまり話せていなかったため一緒に帰りたかったが、読んでいる途中の本を無理矢理中断させるのは、何だか違う気がした。

 私は、密かに準備していた()()を渡すチャンスが来たと、確信する。


「ちょっと待って下さい」


私は急いで、持参した大きめのショルダーバックから()()を取り出す。そして、立ち上がった孝人に近付き、以前名刺を渡された時のようにを両手で渡した。


「これは?」


「——私のオススメ本です」


受け取って貰えるか不安だったが、少し見栄を張って自信満々な顔を作る。その思いに反して、孝人は素直に受け取り、その本の表紙を眺めていた。


「『キリン酒場』? これはどんな本なの?」


 私は、その言葉でスイッチが入った。


「これは、動物のキリンさんが店主をしているバーに、色々な動物たちが話を聞いてもらいに来るんです。そこで動物たちは、手本的にお酒を飲みながら愚痴や罵りを言い合ったり、少し笑える話をしたりするんですが、たまに家族愛に溢れた話もすることもあります。人とは違った新しい視点が楽しめる、日常系の物語なんです!」


「香織さん、声もう少し小さく……」


 孝人さんに注意され、私が思わず興奮していたことにはっとする。

 周囲を見渡すとあいにく人は居なかったが、私は声の大きさを落として、「すみません!」と一礼した。


「実は私、『プロモーション癖』があるんです。本屋で紹介文とか書く機会も多くなってから、さらにひどくなって。本当、鬱陶しいですよね」


私は、悪い癖を隠し切れなかったことが情けなく、俯いて自嘲する。


「——どうしてですか?」


 少し口調が強くなった低い声が聞こえる。その声のトーンに緊張が走り、徐々に目線を上げると、孝人は真剣なまなざしで私を見つめていた。

 私と目が合うと、ふわっといつもの優しい笑みに変わる。


「僕は、全然良いと思います。実際、紹介も上手で聞きやすかったです。僕も出版社で働いているので、少なくとも参考になりました」


 孝人は宥めるように話した後、私の方に一歩近付き、少し屈みながら私の右肩に手を添える。

 申し訳ないが、肩を覆うほど大きな孝人の手にしか、集中できない。孝人の体温が伝わっていることを意識してしまうと、一気に顔の熱が上がった。


「だから——僕の前では、沢山面白い本を教えてください」


 目の前で見つめられている孝人の微笑みと、低く落ち着いた声に圧倒される。私は思わず、「……はい」と()()()声で返事をしてしまっていた。


「では、この本読んだら感想伝えたいので、連絡先交換しませんか?」


 孝人を本を仕舞うと、今度はスマートフォンを取り出して見せた。まさか、孝人から提案されると思っていなかったため、胸が一気に弾む。


「是非!」

 

私もすぐにスマートフォンを取り出し、孝人の連絡先を登録する。これで、孝人との確実な繋がりを持つことが出来た、と気分が上がる。


 しかし、私はもっと孝人と直接話をしたい。一緒に過ごす時間をもっと作りたい。そのきっかけになればいいと思い、この本を渡したのだ。


「でも、感想は送らないでください」


孝人は思いがけない私の言葉に、「え?」と声を漏らす。


「——孝人さんと直接、会って話したいので」


 緊張からか少し震えた声と、照れて赤くなった顔を孝人の方に向ける。孝人の顔は、私に釣られて徐々に赤くなっていった。


「……わかりました。次会ったときに、伝えます」


孝人は少しドギマギして、声が小さくなる。手の甲で口元を抑え、目線を私から逸らした。


 私のことを少しでも意識してくれているのかと思うと、更に全身の熱が上がる。これが、勘違いじゃなければいいのに、と密かに期待した。


「孝人さん、もう帰りますよね? お気を付けてくださいね」


 お互いが意識し合っているであろうという空気感に耐えられず、孝人を帰らせるようなことを口走ってしまう。その言葉を聞いて、孝人は我に返ったようで、「あー」と言いながら片手を頭に当てていた。


「そうですね。では、また今度」


 孝人は姿勢を立ち直して、控えめに手を振りながら軽く一礼する。そして、読んでいた本を返却ボックスに入れて、図書館の出口に向かっていった。

 

 私も手を振り返し、孝人の姿が消えてから、再び席に座り直す。

 すかさずスマートフォンを取り出し、新しく増えた孝人とのトークルームを開く。何を送ろうか数分迷ったが、とりあえず「よろしくお願いします」と手を振る熊のスタンプを送った。

 

 すると、すぐに既読が付き、「よろしく!」と笑っているイルカの可愛いスタンプが送られてきた。


 思わず、「可愛い……」と悶えながら、両手で顔を覆う。私は孝人の『ギャップ』に弱いのだと、改めて自覚した。声に出ていたのか、いつも間にか近くに居た館長らしきお爺さんに、「ごほん」と咳払いされる。


 心の中で謝罪をしながら、気を取り直し、再び読んでいた本に向き合い始めた。

面白かったら、評価やコメントなどよろしくお願いします。

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