第85話
夜、俺はクインテッサに呼び出され、一人理事長室の前へとやって来ていた。今まで何度も訪れたが、何度見ても畏怖の心すら浮かび上がるくらいに大きな扉が俺の視界を覆いつくしている。
俺の身長二つ分くらいの長さは余裕であって、何を模しているのか全くわからないけれども照明を反射して煌びやかな金色の輝きを放っている豪華な装飾まであるし。どうせならアナザークラスのドアも――と一瞬思ったけど別にいらないなという結論に至った。変えたところで多分ウェリカしか喜びそうにない。
「入るぞ」
俺はそんな扉を拳で三回ほどノックして、その先にいるであろうクインテッサに呼び掛けた。すると「はいはーい」という明るい声が耳に届き、まもなく扉が内側から静かに開く。
「こんな遅い時間にごめんねー」
「気にしなくていいよ。お前も色々忙しいだろうし」
俺が理事長室に足を踏み入れると、クインテッサはすぐに両手を合わせて謝罪してきたが、毎日忙しそうに働いているのは知っているから気にはならない。
「ううん。謝らなきゃいけないのは、そんな事じゃないよね」
「ウェリカと書架整理させた事か?」
「わかってて、言ってるでしょ」
暗い雰囲気になりそうなのを防ごうとあえてそう言ってみたものの、あっさりと見透かされてしまった。
「……まあな」
だから、少し目つきを悪くしたクインテッサから目を逸らして、ぶっきらぼうに頷く事しか出来なくなった。
「結局、何も変わってないね。大事な事は全部、アルドリノールくんに任せっきりで、私はただただ見ているだけ。ウェリカちゃんの事も、レイノちゃんの事も、私がやらなきゃいけない事なのにね」
「俺が勝手にや――!?」
ってる事だよと言おうとした瞬間、身体にずっしりとした重さが伝わりバランスを崩しそうになったが何とか体勢を保つ。クインテッサが抱きついてきたのだと、遅れて理解した。
「えっと……」
どうしたらいいんだ、この状況で。というかなんで、いきなり。
顔にかかる金髪の髪からは甘い香りが漂ってくるし、胸には柔らかいものが当たっている感触が有無を言わさず伝わってくるしで、鼓動が嫌でも速くなっていくのを感じる。
「また、ブーゲンビリアに行くつもりなんだよね?」
「……その、つもりだけど」
「だったら、ひとつだけ約束して」
荒くなり始めていく息遣いを俺は無言で聞いた後、彼女は言った。
「……無理は、しないでね」
「……わかってるよ」
それから俺とクインテッサは、しばらくの間、互いの温もりを感じ合っていた。
無理はしないし、他の誰かにもさせる気は無い。だけど、無茶はするかもな。
近くから感じ取る異様な魔力を肌で感じながら、そう思った。




