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第84話

 まさかあんなところで、あの人の名前を見るなんて予想だにしていなかったな。


「ねえ……」


 過去にドラゴンと戦って勝ったって話、あながち嘘じゃなかったんだな。事実だとするならそれはそれで色々と語弊がありありではあるけれど、まさかその戦ったドラゴンっていうのが魂壊竜だとは思ってもいなかった。


「ちょっと……」


 エボニー先生、今どうしてるのかな。確か校長になったんだったけか。俺たちのクラスの担任から出世するところまで出世したな。クインテッサもだけど、年月とともに皆階段を上がっていっているんだと改めて感じる。


 俺は今、ちゃんと階段を上がれているのだろうか。それとも――。


「聞いてるの!?」

「踏み外す気は無い」

「何の話!?」


 思考が口から漏れ出てしまったが、今出来る事は踏み外す事の無いよう、一歩一歩、着実に歩み続けよう。


 ところで俺の前で腕を組みながら立っているウェリカがなぜか目を見開いて驚いているが、一体なぜだろうか。


 俺は今、学生寮のウェリカの自室に連れて来られていた。部屋には最低限必要そうなものだけが荷解きされて置かれていて、物がまだ入っている木箱やらがいたるところに置かれているせいか、物置か倉庫みたいな印象を受ける。そんな状態の部屋の中でも埃では無く果物のような甘い匂いが鼻腔をくすぐってくるので、やはり貴族のお嬢様は貴族のお嬢様なのだと感じさせてくる。


「あたしの知らない人と……話してたでしょ」


 ああ、その話か。


「あらぬ誤解をされてたから訂正してたんだよ。その流れでモンブランについても説明する事になったけど」


 あのまま隠し子だと思われでもしたらクインテッサから何を言われるのかわかったもんじゃなかったし。


「誤解って……何の誤解よ」

「……言いたくない」

「言いなさいよ」

「何でお前に言わなきゃならないんだよ」

「いいから言いなさいよ!」


 なんでそんなに怒ってんだよと思いつつも、俺は素直に言ってやる事にする。


 自分で言わなきゃならないのかよ、これ……。


「俺の後ろを歩いてるモンブランを見て、一体あの子は誰なんだって廊下で騒がれてな。もしかして俺の隠し子なんじゃないかって言われたんだよ。違うって言ったらじゃあロリコンなのかって言われるしモンブランはあっさり正体バラすしで……大変だったんだよ」

「ぷぷふぁ」


 案の定、ウェリカは噴き出した。膨れっ面が笑顔になったのは良かったけれども。けれどもだ。果たして本当に本当の事を言わなきゃならなかったのだろうかと、本当の事を言った後に思った。


「隠し子ってぷひゃぷひゃひゃはあ!」


 俺はまだ、お父さんではなく、お兄ちゃんと呼ばれたい。


 綺麗にメイキングされたベッドの上で爆笑しながら転がるウェリカを見て、自覚した。


 もう子持ちになってる同級生もいるのかなあと思いつつ、ふとベッドとは反対側にある机に目をやると、上に置かれている見た事も無い形状のペンに視線を奪われた。


「なんだこのペン?」


 ウェリカに聞きながら、そのペンを手に持ち近くで眺める。上部にはスイッチのようなものが付いており、何の気も無しに押してみると、軽い音とともに先端から小さな金属の針のようなものが飛び出してきた。再びスイッチを押すと、またカチッと軽い音が鳴って針のようなものが収納された。


「こっちに戻るとき姉上がくれたのよ。ボールペンっていって、いちいちインクを付けなくても字が書けるペンなんですって」

「へぇ……」

「ブーゲンビリアでは割と普通に使われているらしいわよ」

「これも異世界人が作ったやつなのかな」

「もしかしたらそうなのかもしれないわね」


 試しに自分の左手に針の先端を押し当ててみると、インクが中から染み出てきているのか、本当に字が書けてしまった。実際書いたのは字ですらないうねうねっとした線なのだがまあいいだろう。


「異世界か……」


 一体どんな世界なんだろうか。


 想像しても、結局この世界と何ら変わらない世界しか、俺には想像出来なかった。

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