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第82話

 今からおよそ二十年ほど前、ブーゲンビリア王国の上空に銀色の鱗を持つ巨大なドラゴン「魂壊竜」が突如として出現した。


 あらゆるものを瞬時に焼き尽くす灼熱のブレスを吐く事も、山の如く巨大な躯体で街をなぎ倒したりする事も、人間に対して何かを要求する事も、魂壊竜は決してしなかった。ただただ空の上に、魂壊竜は居続けた。


 にも関わらず、魂壊竜の姿を一度見た者は誰しも精神状態が不安定となり、月日もあまり経たない内に自ら命を絶ってしまったという。原因を知ろうにも、話を聞く前に死んでしまうし、自ら魂壊竜に接触して調査しようと試みた人間も間もなく自殺してしまうため、何一つわからないまま放置せざるを得なかったという。


 元々同時期にマゼンタ王女が失踪事件が起こっており、王室の間でも対立が加速するなどして不安定な情勢が続いていたブーゲンビリアは、この出来事をきっかけに更に泥沼へと沈んでいった。


 どうにかして魂壊竜の討伐を目指す者、神からの使いだとして崇拝する者、今が好機と見て国家転覆を試みる者などといったまさに十人十色といった思想を持った人間が次々と現れ、徒党を組み、集団を形成し、対立を深めていき、やがて内乱が勃発した。主な死因は自殺から他殺へと変わっていった――。


「ねえ、これってほんとのことなの?」

「我は別に何もしなかった訳じゃない。人の魂がぐちゃっと壊れるようちょちょっと細工をしていた」


 俺とモンブラン、それとミリアとセラフィーナは図書室の閲覧室で「魂壊竜回想録」なる本を囲んで読んでいた。本にはそのような内容が淡々とした文体で書かれていて、ミリアが事実なのかと疑いたくなる気持ちも少しわかったが、モンブランは平然と事実と異なる点を指摘した。


「なんでこんな事したの?」

「我は人間の魂を破壊する竜で、そういう存在だからだ」

「ブーゲンビリアに来たのはどうして?」

「この国を滅ぼせと言われたからだ」

「誰に?」

「いけすかないロリコンにだ」

「誰それ!?」

「ちょ……みっちゃん、静かに……」

「ご、ごめ、でもだって!」


 静かな図書室にミリアの耳をつんざくような声が響き、慌てた様子でセラフィーナが注意する。ミリアが謝るのも含め、一連の動作はやたらと板についていた。


「ていうか二十年前って今何歳なの!?」

「そうだな……」


 モンブランはミリアに問われると、目線を上げて両手で指折りを始めた。すぐ終わるかと思いきや、折って開いてを三周くらい繰り返しても止める素振りを見せようとしない。


「一体何歳なんだよ!?」


 たまらずツッコんでしまった。声が出てしまった後、あわあわしているセラフィーナと目が合ったので誤魔化すよう咄嗟に咳払いをしたが、多分誤魔化せていない。


「我にもわからん。そもそもいつ生まれたのかの記憶も無い」


 そしてモンブランはそう言った。確かドラゴンは人間よりも長命みたいな事をシンシュさんが言っていた気がする。もしかしたらそれもあるのかもしれないが、見た目幼女が言うと、単に物心がついてないだけなんじゃないかとつい思ってしまう。俺も実際生まれた当初の記憶は無いし。


「私だって無いよ!」


 ミリアも無いみたいだった。


「だがこの姿になってからは十六年経っているのは認識しているぞ」

「じゃあ私と同い年じゃん!」

「十六年以上生きている記憶もある」

「じゃあ違うじゃん!」


 何となくだけど、多分百六十年くらいは生きているような気がする。とはいえいくらドラゴンでもその年齢で幼女になるのだろうか。


「我は永遠の幼女にして、永遠のロリコンだ」


 永遠に考えても意味がわかりそうにないしわかりたくも無いような事をモンブランは言った。とりあえず実年齢は置いといて見た目はずっと幼女のままだって事なのだろうか。


「ちなみに我の言うロリコンの定義は――」


 聞きたくも無い事をぺらぺらと話し始めそうだったので、聞こえないふりをして俺は一人、目の前にある本に再び向き直った。


 どうやら魂壊竜は出現から二年の月日を経て、国中から集められた選りすぐりの魔法使いの手によって封印に成功し、無力化する事が出来たらしかった。もっとも、二年という月日はあまりにも長く、命を失った人間は最早数え切れない上に臭い物に蓋をしただけに過ぎなかったため、人々は絶望に包まれたままだったという。


 しかしそんな絶望の中、立ち上がった魔法使いの男が一人。その名は――。


「おい。もう本じゃなくて我に直接聞けばいいだろう」

「ああ、いや。そうなんだけどさ……」


 と、声を出しながら何を喋ろうか考えていたら白衣の襟元を後ろからぐいっと強く引っ張られた。


「何……してるのよ……」


 反射的に振り向くと、ウェリカが立っていた。


「何って言われてもな……」


 考えが纏まりきらないまま、俺は氷像の如く冷たい顔をしたウェリカに対し、曖昧にそう答えてしまう。


「ん!」


 怒ったような唸り声を上げたウェリカに腕を掴まれ、強引に腕を掴まれ立たされるとそのまま出入口へと連れて行かれてしまう。


「どこに行く気だよ」


 図書室よりも少し暑い廊下に出されて尋ねても、ウェリカは何も答えず、周囲の目も気にする事無く、俺の手を引いて真っすぐに廊下を歩き続けた。

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