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第76話

 ブーゲンビリア王国の王都、マソティアナ。


 異世界から持ち込まれた数多の技術のせいでひどく歪になってしまっている街並みの中で姿を隠すようにひっそりと佇んでいる小さな木造家屋に、ブーゲンビリア王国第二王子であるガランス・フォン・ブーゲンビリアはいた。


 鉄筋コンクリートで造られている周囲の巨大な建築物と比べればその家屋はひどくみすぼらしく思える。まさかこの建物の中で王子が生活しているなんて異世界にかぶれた通行人は誰も思わないだろうなと、ガランスは窓から外の景色を見て思った。そしてそんな自分もまた、異世界人が縫製した服を着ているのは皮肉な話だと苦笑いする。


「何がおかしい」


 笑った顔を見られたのだろうか、同じ屋根の下にいる、煌びやかな宝石のように煌めく銀色の髪を腰付近まで伸ばした小柄な少女が真冬の雪のように冷めた瞳でガランスを見た。


「この国を滅茶苦茶にした異世界の文明を嫌っておきながら、異世界の技術を享受しているのがおかしくてね。自分で自分を嘲笑っていたところだよ」


 ガランスはまたしても、鼻で笑った。異世界人に人生丸ごと壊された自分が今こうしてやりたい事をやりたいように出来ているのは異世界人のお陰なのだから、最早笑うしかなかった。


「所詮人間なんてそんなものだ。発言と行動が一致する事なぞ永遠に無い。幼女を愛しておきながら幼女の自由を奪い取る者ばかりだ」

「僕は幼女の自由なんて奪っていない」

「どの口が言う。クラウディア家の幼女と強引に結婚しようとしただろうが」


 それを言われてしまうと、ガランスは耳が痛くなる。自分の野望を果たす為、幼い少女を犠牲にしようとした。その事に関しては、どう足掻いても言い訳の仕様が無い。


「ウェリカちゃんがあんなに可愛くて愛されていた子だと知ってたら、結婚しようなんて思わなかったよ」


 ガランスはウェリカの父親――クラウディア辺境伯からウェリカに対しての罵詈雑言をこれでもかと言うほどに聞かされた。実の父親からもそれだけ言われるのならばきっとどうしようもない人間に違いない。そう思っていたが、間違いだった。どうしようもない人間だったのは、父親の方だった。


「あれだけ可愛い自分の娘をあれほどまでに貶す人間が、この世界で生きる事は許されない」


 今でも思い出すと腹が立ちそうになるが、ガランスは感情的にならないようにしながら己の考えを率直に口にした。


「貴様もようやく、一端のロリコンになったな」

「一端も何端もいらないよ」

「ところでそんな貴様に朗報がある」


 銀髪の少女はガランスの返事に聞く耳を貸さず、自分のペースで話をしていく。この程度の事で一々癇に障ってもどうしようもないと、ガランスは既に知っている。


「どんな朗報だい? 一応言うけど、幼女と結婚とかはもうしないよ」

「ウェリカがこの国に来る」

「……え?」

「だがしかし、渡航方法に迷っている」

「ちょっと待って。どうして君がそんな事を?」

「魔法で彼女の姿を見た」


 見られるから見ただけだとでも言うかの如く、ごく自然に少女は言った。


「盗撮は捕まるよ」

「我は捕まらない。なぜならこの国を一度滅ぼしかけた存在、こんかいりゅうだからな」

「……」

「なぜ黙る」

「名前は無いの?」

「魂壊竜だ」

「それは種族名だよね。ガランス・フォン・ブーゲンビリア、みたいな名前だよ」

「一度付けられそうになったが、断った」

「付けられたって、誰に?」

「神にも等しい存在だ」


 少女――魂壊竜はドヤ顔でそう言った。は? とガランスは口に出そうになったが、気を取り直す。


「あいつは煮玉子とか我に名付けようとしたんだ。そんな名前になるくらいなら無名の方がまだ良いというものだ」

「煮玉子……にた……ニタさん。いいじゃないか、ニタさんで」

「よくないだろ!」


 結構良いのだと思うのだけどなと、肩をぽかすかと叩いてくるニタさんを見ながらガランスが思ったところで、


「いいからウェリカに会いに行くぞ」


 ニタさんが威勢よくそう言った。


「君だけで行ってくれ。僕が彼女に会う資格はな――」

「黄身だけだと!?」

「字が間違って――」


 こうして有無を言わさず、ガランスは家屋から引っ張り出された。


 外に出た瞬間強烈な浮遊感を感じ、なぜウェリカがブーゲンビリアに来たがっているのかニタさんに尋ねようとしたが、風を切って高速で空を飛んでいる状態ではガランスの声は何一つとして届かなかった。

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