第63話
「どういう……こと……ですか」
俺が口を動かす前に、シンシュさんがレイノに尋ねた。
全身が小刻みにガクガクと震えているが、雨に打たれて身体が冷えたからなのか、それとも――いや、今考えるのはよそう。まず話を聞くのが先決だ。
ザーザーと雨脚が次第に強くなり始め、髪から水滴が落ちていく。
レイノは制服の色を濃くし続け、髪や眼鏡に付着する雨粒を気にする素振りを見せる事も無く、ただただ俯いていた。
「わたくしも……レイクレイン領の出身なんです……ですので……聞き捨て……なりません……」
シンシュさんが、詰まっているものを必死にひねり出すかのように、途切れ途切れながらも、強い声色で、レイノに言った。
「えっ、そうだったの……!?」
雨音の中で落ちた傘を拾っていたウェリカの驚愕した声が耳に入ってから、声通りの表情を俺に向けてきた。さっきから二人に何度か傘を差しだそうとしているが、空気が重すぎて話しかけられない様子だった。すると「ウェリカ様が差してください」と言いたげな目でシンシュさんがこちらを一瞬見た。それなら……といった感じでウェリカは傘を差した。ちなみに俺は濡れたままだ。濡れるのは慣れてるし別にいいけど。
「私は……十二年前……レイクレイン領で起こった……『魔物化現象』の生き残り……なんです……魔物になってもなお平然と生き続けてる……それが……私……なんです……」
魔物になっても……? と疑問を抱いていたが、その疑問はすぐに解消される事となった。
レイノはレンズが濡れた眼鏡を外し、裸眼の状態で俺と目を合わせた。
レンズ越しではない彼女の瞳は、血のような赤色に染まっていた。
まるでそれは、魔物特有の、赤い瞳のようだった。
「だから先生……私を……」
「とりあえず、早く建物の中に入ろう」
レイノが言い終える前に、俺はそう言った。
そう言わなければ、なにかとんでもない事を、言うと思ったから。
*
「あんた……そんな過去があったのね……」
ひとまず雨風を凌げる場所に全員で移動し、レイノから詳しく話を聞いた。そして真っ先に、ウェリカがそう漏らすほど、彼女の過去は壮絶なものだった。
聞くと、どうやらレイノも家庭の事情でレイクレイン領で暮らしていた時期があったらしく、そのときに「魔物化現象」が起こって魔物へと姿が変わってしまい――同じように魔物と化してしまった人や、魔物になりかけていた人を手に掛けた、らしい。
そうして視界に映る魔物をひたすら屠り続けていると、魔法使いの格好をした女の子と出会ったという。しかし彼女は既に満身創痍の状態となっていて「海に投げて欲しい」とレイノに言った。そしてレイノは言われた通り、港まで彼女を連れて行き、海へと蹴り落とした。
その後時間が経つにつれてなぜか姿が元の人間の姿へと戻っていき、以前読んだこの現象の資料に載せられていたノコエンシス家の肖像画――俺の家族――の顔が、記憶に残る顔と被ってならない、との事だった。
「だから……きっと私は……先生の家族を……この手で殺したんです……」
過去の出来事を話し終えたレイノは、今にも泣き出しそうな声で、俺にそう言った。
「確かに俺の……家族だったのかもしれない」
俺の家族は、俺以外それで全員が死んでいる。
だから、レイノが言う通り、彼女が俺の家族を殺したのかもしれない。
「だけど……」
俺は。
「レイノを、恨むつもりは無い」
「そんなのおかしすぎます! だって私は、先生から、町も、家も、家族も! 何もかもを奪ったんです!」
そう言い切った俺を見て、レイノは感情を抑える堤防が決壊したかのような形相で叫ぶ。確かにそういった感情が全く無いのかと問い詰められると、はいとは口が裂けても言えない。
だけど、俺は。
「きっと俺の家族も、許してやって欲しいと、言うはずだから。それに――」
俺の記憶に残る、俺の家族を。
「レイノは優しい子だって、俺は知ってるから」
目の前にいる、優しい彼女を、信じたい。
「そんな風に言われても……私は私を許せないんです! 誰がどう言おうが取り返しのつかない事をしてしまったんです!」
床に手をつき、俯いたレイノがまた叫ぶ。
「だったら、頼みがある」
俺はそんな彼女に、そう言った。そして、こう続けた。
「一緒に、魔物化現象の原因を追究して欲しい。魔物化現象を起こした犯人を、俺は明らかにしたいんだ」
「え……?」
顔を上げたレイノは、きょとんとした顔で俺を見た。
その顔は紛れもなく、人間の顔だった。