第58話
それから俺とウェリカは、ぱらりとページをめくる音だけが静かに聞こえる閲覧室で「パイロキネシス――イフリータを目指した少女」を黙々と読み始めた。
「ねぇ……これ、本当にあった事なの……?」
ウェリカが囁き声で絶句するのも無理ないほどに、本に記されていた内容はおぞましいものであった。どうか創作か何かであって欲しいと祈る。が、実際現実にあった話なのだろうと思わずにはいられなかった。
ルナ・リバーツ。それが「イフリータを目指した少女」の本名だった。研究所が王都マソティアナで彼女を保護した当時、推定六歳であり、出身地も不明、身寄りも無いと判断された事から「ミュータント計画」の実験体に選ばれたという。
ミュータント計画――魔物が持つ超能力を遺伝子操作や手術を用いるなどして後天的に人間に植え付け、常人とはかけ離れた強さを持つ存在を創り出そうと試みた計画であったらしい。
ルナのみならず戦災孤児や捨て子など多くの子供が研究所に「保護」され、その計画に強制的に参加させられていたという。しかしその多くが手術の影響に耐えられなかったり、自らの能力を制御出来ず、死に至ったらしい。
ルナはそんな中、ほぼ唯一と言っていいほど己の能力を制御でき、健康状態も正常に保つ事が出来た存在であったようだ。それでも、当初は容姿がサラマンダーのそれのようになったり、無意識の内に「保護室」を半焼させたり、体調不良に陥ったり精神状態が不安定になると発火してしまう、などといった事を起こしていたという。しかし次第に己の能力を自在にコントロールできるようになり、ルナは正真正銘、サラマンダーの能力を躯に宿した少女になったようだ。
やがて年を重ねて成長していく中でルナは基となったサラマンダーをも凌駕するほどの炎を操る事が出来るようになった。熱耐性が常人とは桁外れであるのはもちろん、己の身体の一部を意図的に燃焼させる、魔法さながら手の平から火柱を放つ、遠距離にあるものを触れる事なく念じただけで発火させる、火を吸収する事で鎮火させるなどといった能力――パイロキネシスを開花させていったという。
当然、戦略兵器として有用であると評価される事となり、ルナは研究所から連れ出され、各地の紛争地域へと送り込まれ、戦わされた。厳密には、戦闘にすら至らずに多くの人間を能力で瞬く間に燃やし尽くしたとの事だった。
こうして文字通り人知を超えた能力で無双し続けると思われていた彼女であったが、とある戦場で彼女は突如として姿をくらまし、以後の行方は一切不明となっているようだった。
以上がざっくりとした内容であったが「イフリータを目指した」というよりも「イフリータにさた」という表現の方が正しいだろうというのが真っ先に抱いた感想だった。それと、手段さえ選ばなければ人間を魔物のような存在にする事が可能だという事もわかった。
だが、それでも「魔物化現象」が起こる原因まではわからないままだ。誰かが意図的にやったとしても、遺伝子操作も手術も無しに不特定多数の人間を魔物に出来るものなのだろうか? それともブーゲンビリアには、俺がまだ想像する事すら出来ない技術が存在しているのだろうか。考えれば考えるほど、頭の中がごちゃごちゃになりそうだ。
「著者は誰だ?」
とりあえず、斜め読みだが読み終えたのは読み終えたので俺はウェリカに言いながら奥付に目をやる事にした。発行年は今から十五年前、著者はブーゲンビリア魔法生物学研究所、とされており具体的な人物名は書かれていなかった。まさか研究所にいる全員が執筆に携わっていた訳でもあるまいし、文責在記者くらいいそうな気がするのだが。これじゃ今更研究所に行ったところでしらばっくられて終わりそうだ。
「……オルシナスに聞けば、なにかわかるかもしれない」
ため息をつきそうになった俺に、ウェリカは小声でそう呟いた。
確かにいつかのお茶会で、オルシナスは自分の事をブーゲンビリアの研究所であらゆる魔物を殲滅するために造られた存在だと言っていたな。
「……この、ブーゲンビリア魔法生物学研究所ってところ出身なのかはあたしもよく知らないけど、魔物を倒すために造られたっていうなら、何か関連があるのかもしれないわ」
ウェリカがいつにもなく真剣な眼差しを俺に向けて、言った。
「あんたの家の周りで魔物化現象が起こった理由がわからないように、あたしもオルシナスの事、全然わからないのよ。あの子、自分の事は何一つ話そうとしないから」
どうしてそんなに真剣なんだと俺が聞く前に、ウェリカが静かに話した。そしてウェリカは、俺に言う。
「だから聞きに行きましょう。オルシナスに、知ってる事は無いかって」
俺はウェリカの言葉に、無言で首を縦に振った。




