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第53話

 天井には大きなシャンデリアが吊るされていて、縦に大きく伸びたテーブルの上には艶やかな花の刺繍があしらわれたクロスが敷かれている貴族の屋敷らしい絢爛な食堂へと案内された。


 テーブルの前にある、ずっと座っていても疲れなさそうなふわりとした座り心地の椅子に座らせられた俺の目の前にはなぜかクリームで覆われている表面にチョコペンらしきもので『おめでとう アル』と書かれているケーキがあった。しかも妙に筆跡が丸くて可愛らしかった。


「これは?」

「……ケーキ、です」

「いや、ケーキなのはわかるんだけど……おめでとう?」

「……おめでとうございます」


 別に祝われる事なんて無いんだけどなと思いながらもノーネに尋ねてみたけど、よくわからないまま口頭でも祝われた。


「俺、なんかおめでとうって祝われる事した?」

「そ……それは……はい」

「それって何?」

「あの……」


 ケーキの先――俺の真正面に座っているノーネを見ながら尋ねてみたけど、やっぱりよくわからなかった。仕方ないので、ノーネの隣に座っていたルトラさんを見やる。


「こうなるから『ありがとう』にしましょうって提案したじゃないの」


 ルトラさんは俺を一瞥すると、横を向いてノーネに笑いながら言った。


「だ……だって……いざ書こうとすると……手が震えて……上手く書けそうになくて……」

「ならいっそ――」

「い……いいですから!」

「私はまだ何も言ってないじゃない」

「はや……はやく……食べてください……痛んじゃうので……」


 ノーネが焦ったように俺に言った。なんでルトラさんの言葉を遮ったのかとか、なんでありがとうが書けないからおめでとうになったのかとか色々と気になる部分はあるけれど、まあ素直に頂くとしよう。


 ちょうどケーキの横にはナイフと何枚かの小皿があったので、書かれている字を分けるのは少し気が引けたがこのまま食べる訳にもいかなさそうなのでひとまず四等分して全員に配った。


「あたしも、いいの……?」

「遠慮しないでちょうだい。ふふ」


 俺の隣で借りてきた猫になっていたウェリカの独り言に、ルトラさんは笑顔で反応した。じゃあ食べようかと思ったのか、ウェリカはフォークを右手に取る。


「実は――」

「は、はやく……!」

「わ、わかった……」


 ルトラさんが俺に何か言おうとしたが、ノーネが必死の形相でそれを遮る。何か言われたらまずい事でもあるのだろうか。なんか余計に気になるんだが、はやくと言われたので早く食べるとしよう。


「いただきます」


 俺は一言言うと、フォークを右手に持ち小皿に乗せた一切れのケーキを小さく切り取ってから刺して、口に入れる。クリームの甘さと中に入っていたイチゴの酸味が絶妙にマッチしていて、とても美味しかった。


「もしかしてノーネ様、自分で言うつもり?」

「あっ、なっ、なに言ってんですか……」

「なら、私が言っちゃうわよ?」

「い……言わないでください……!」

「さっきから何の話してるんですか!?」


 我慢出来なくなったので、たまらず前にいる二人に声を掛けた。


「あ、それはね――」

「わた、わたしが、作ったんです……これ」

「そうだったのか」


 そんな事なら早く言ってくれれば良かったのに。


「美味しいぞ」

「あう……」


 素直に感想を述べると、ノーネは照れ臭そうに俺から顔を逸らした。


「この字もノーネが?」


 ノーネは無言で首肯した。


「可愛い字書くんだな」


 思えば、学生時代もノーネの字を見た事ってあまり無かったな。


「ふふふ。可愛いですって」


 からかうようにルトラさんがノーネに言う。ノーネは黙ってケーキを口に入れていて、反応はしなかったが、少しフォークを持つ手が小刻みに震えていた。


「アルにケーキ食べさせたいっていきなり言われてびっくりしちゃったけど、上手く作れてよかったわね」


 それから、ゆったりとした口調になって言う。こうして見ると、まるで親子のようだ。親子にしては実年齢が近すぎるけど、ノーネは幼くルトラさんは大人びているのでちょうどいい感じに思える。


「……」


 ふと視線を横に向けると、ウェリカが眼鏡越しにじっとこちらを見ていた。


「何だよ」

「……何でもない」


 ウェリカはそれだけ言うと、再びケーキを食べ始めた。なんなんだ。それはともかく、ノーネにこんな才能があったとは知らなかったな。


 ……やっぱり、まだまだ知らない事だらけだな。元同級生の事も、過去の事も。


「また……よかったら……作ります……ので」

「ああ」


 俯きながらもじもじと発せられたノーネの言葉に、俺ははっきりと頷く。


「……よかった、です」


 ようやくノーネが顔を上げ、ぎこちない笑みを俺に向けてきた。


 今でも、本当の意味でこの子を救う事が出来たのかは、俺にもわからない。


 だけど、こうして笑ってくれる彼女を見て、少しは――と。


 その時、ふと思った。


 なぜ盗賊団は、この子を攫ったのだろうか。


 高く売れそうな貴族令嬢なんて、言い方は悪いが、他にいくらでもいただろうに。


 幼くて大人しそうだから楽だと思ったのか? ホプキンス家に何か恨みがあったのか?


 それとも、魔法の才能にも恵まれていたから『生贄』に使えると思ったからか?


 あの頃の俺は怒りに身を任せて何か聞く前に一人残らず倒してしまったから、理由は一切聞き出せていない。知りたくても、知る事は永久に出来なさそうだ。


 隣にいるウェリカを見る。もうすぐケーキを食べ終わりそうだ。


 考えると、ウェリカだって今後攫われる危険性がある。いくら非凡な才能があると言っても、まだ不完全だ。それに彼女は人が傷つく事を嫌がる。自分や社会に害をなす盗賊団相手とはいえ、果たして全力を出して抵抗する事が出来るのだろうか。 


 実際問題、過去に今まで誰が攫われているのだろうか。貴族が多いのは既にわかっているが、貴族といっても十人十色だ。具体的にどんな特徴を持った人が攫われていたのか、改めて調べてみなければ。


「な……何見てんのよ……」


 目の前にいる、この子を守る為にも。

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