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第5話

「ほら見て! あれが魔法学校だよ!」


 クインテッサに手を握られたまま馬車に揺られてのどかな草原を眺めていると、やがて地平線に白く四角い巨大な建築物が現れ始めた。周囲には大きな民家もあまり無いのでかなりの存在感を放っている。


「結構でかいな」

「でしょでしょ? 大奮発して作ったんだから!」

「いやぁ……立派だ」

「えへへ……なんか嬉しいな!」


 遠くに見える校舎より、隣で自慢げに胸を張るクインテッサの笑顔……と厚手な服からでも確認可能な立派な部分に目がいってしまったというのは黙っておく。


 *


 校門の前に着いて御者と馬にお礼を言って馬車を下りた後、俺とクインテッサは校舎まで続く道を歩いていると、前後左右から無数に視線が向けられていることを嫌でも感じた。当たり前だが、誰もが皆制服姿の女の子だ。


「なんかすっごいもぞもぞする」


 それになんだか空気が甘い。雰囲気とかそういうのではなく、本当にお菓子みたいな匂いがする。しばらく魔物の匂いしか嗅いでこなかったから、めちゃくちゃいい匂いに感じる。思いっきり深呼吸したいところだがそこは理性で堪える。


「女子校だからね……。あ、こんにちはー」


 前を歩くクインテッサが苦笑いで俺に言いつつ、明るい声で生徒に手を振りながら声を掛けている。声を掛けられた生徒は誰もが丁寧に頭を下げながらクインテッサに挨拶を返していた。まあ理事長で領主の娘に声を掛けられたんなら皆そうなるかなんて思っていたら、クインテッサがふと足を止めた。どうしたのかと思い横に立つと、ベンチに座っている緑色の髪を二つ結びにしている生徒と顔を合わせていた。


「ウェリカちゃん元気? 調子は大丈夫そ?」


 ウェリカと呼ばれた生徒はしばらく無言でクインテッサと俺を見ると、やがて口を開き、言った。


「当然よ! だってあたしは貴族だもの!」

「そっか! なら安心安心!」

「ふん! クラウディア家の人間を侮らないことね!」


 貴族だって調子悪い日もあるだろていうかお前クラウディア辺境伯の娘なのかよと思いつつも黙ってやり取りを眺めていると、そんなウェリカは俺を指さして言った。


「で、あんた誰?」

「ちょっと! この人はウェリカちゃん達の先生になってくれる人なんだからちゃんと綺麗な言葉を使って!」

「え」

「え」


 ウェリカと俺の言葉が重なった。待て。ちょっと待て。いきなりあんた呼ばわりとか失礼だなとかこいつを受け持つのかよとかも感じるがとりあえずちょっと待て。


「俺はまだなると決めた訳では――」

「お願い! なって! もうぶっちゃけるけど色んな人に断られまくってヤバい状況なの! もうアルドリノールくんしかいないの!」


 クインテッサが俺に縋りついてきた。まるでもう王都には帰さないぞと言わんばかりに。


「あー……なんで断られてんの?」

「それは……」


 言葉を濁すクインテッサ。答えが返ってこないのでウェリカに目で尋ねる。


「あたしだって、どうにかしたいわよ……」


 が、よくわからない答えが返ってきた。もしかして馬車で言っていた閾値がどうのこうのっていうのと関係があるのか? 


「とりあえず、他の生徒にも会わせてくれ。話はそれからだ」

「う、うん」


 ひとまず俺は、クインテッサとウェリカと共に校舎へと足を踏み入れた。


 *


 中に入ると、天井にはシャンデリアが吊るされ、床は格調高そうな赤いカーペットが一面に敷かれた広々とした空間が広がっていた。相変わらず廊下を行き交う人は皆女子生徒だった。


「クラスの他の子はどうしてるかわかる?」

「教室にいるんじゃない? 休み時間もあんまり出歩いてなさそうだし」

「そっか。なら丁度良さそうだね」


 クインテッサはウェリカとそんなやり取りをした後、俺を見て言った。


「まずは一回、受け持つクラスの子と話してみて。そしたら色々わかると思うから」


 まあ、色々説明されるよりも実際確かめてみた方が早い。みたいなものか。他にはどんな生徒がいるんだろうか、なんて思いながらウェリカの小さな背中を見る。


「ちなみにあたしはクラウディア辺境伯の次女、ウェリカ・クラウディアよ! 貴族たるあたしと話せること、つくづく光栄に思いなさい!」


 ウェリカが振り向きながら指をさしてそう言ってきた。次女だったのか。道理で見覚えが無かった訳だ。それより人に指をさすなと教えなかったのかあの堅物おっさんは。


「……よろしく」

「ちょっと! そこはよろしくお願いいたします。でしょ!?」

「……よろしくお願いいたします」

「なーんか棒読みな気がするけど、まあいいわ! あたしの靴を舐めるだけで許してあげるわ!」


 ……なんだこいつは。俺はたまらず前を歩くクインテッサの服の袖を引っ張り耳打ちした。


「もしかして他の奴に断られたのってこいつのせいじゃ?」

「ま、まあ……色々あるから……」


 やっぱり、ちゃんとした答えは返ってこなかった。












 でも、一つだけわかる。


「あたしの靴は栄養満点なのよ! だって可愛い貴族の靴だもの!」


 こいつが持つ魔力は、常識どころか人間の範疇にも収まりきらないほど、あまりにも強大で、異常すぎる。俺はこいつの両肩を掴み、翡翠色に染まっている瞳を見る。


「そ、そんなに怒らなくてもいいでしょ!? 冗談くらい理解しなさいよ!」


 手の平に伝わる魔力の流れを感じながら、俺は思う。冗談なんかじゃない。


 こいつはたった一人で世界を滅ぼせるくらいの、おかしすぎる力を持っている。

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