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第50話

「え……でも……冒険者になったって……」

「冒険者になったからって死ぬとは限らない。それに俺はもう冒険者じゃない」


 深い森のような濃い緑色の瞳を大きく見開きながら俺を見つめるノーネに俺は言う。前かがみかつ無防備なピンクのネグリジェ姿で露わになっている胸元には意識しないようにして、瞳だけを見る。


「なら……幽霊……?」

「だから勝手に殺すな」

「じゃあ……なんです……?」

「ノコエンシス女子魔法学校で教師やってる」

「ノコエンシス……もしかして……クイちゃん……」

「ああ。クインテッサが理事長やってる。あいつも元気だよ」

「そ……そうなんですね……あ……中で話しますか……?」

「入っていいなら、お邪魔しようかな」

「ど……どうぞ……」


 ノーネはおどおどしながらも、ドアを大きく開けてくれた。


「私、お菓子とか用意してくるわね」


 それを見てか、ルトラさんが踵を返して廊下を歩いて行った。


「あ……えっと……ロージーに匂い嗅がれてる子は……?」


 ノーネがロージーに絡まれて人形みたいに硬直しているウェリカを見た。


「俺の親戚の、ウェンディだ」

「親戚……あ……ノーネ・ホプキンス……です」

「うぇ、うぇりじゃなくて、ウェンディですわわわ」

「きん、きんちょしなくて、だい、大丈夫……だよ」


 俺の見立てでは、二人とも緊張していた。


 *


「きょ……今日はなんで……来てくれたんですか」

「ロレッタのいる魔法学校に用があったんだけど、ノーネにも会いに行こうって思って」

「ロレちゃんに……どうでしたか……?」

「変わらず元気そうだったよ」

「そ……そうですか……」


 ルトラさんが持ってきてくれた焼き菓子を食べながら、部屋の中でノーネと話す。


 昼間にも関わらずレース付きの豪奢なカーテンが閉められており薄暗く、天蓋付きのベッドの上には分厚い書物の他、見慣れない動物のぬいぐるみが置かれていた。タンスの上にはどういう原理なのか全くわからないが、表面に時刻らしき数字が刻まれていて、文字通り刻一刻と数字が変化し続けている四角い箱が置かれていた。


「これ……お父さんが…ブーゲンビリアで買ってきた、時計で……」

「やっぱり時計なのか……」


 箱が気になって見ていたら、ノーネが説明してくれた。


 もしかしたら、異世界人が作ったやつなのかもな、と心の中で思った。


「あ……えっと……」

「そうだ。ノーネに少し、頼みたい事があるんだ」

「わた……わたしに……? わたしにできるなら……」


 しばらく無言の状態が続いてノーネが困ったように口を開いたのを見て、俺は本題を切り出した。ノーネは腕で胸を――とにかく、戸惑いながらも前向きな事を言ってくれた。


「ウェンディに回復魔法を教えてくれないか。元々適性のある俺だと上手くアドバイス出来なくて」

「で、でも……わたしもよく、わかんなくて……」

「そうだよな……やっぱり……」


 教えろって言われても難しいよなと思っていたら、目をきょろきょろと動かしていたノーネが真っすぐに俺を見つめ始めた。


「ううん……アルがわたしを助けてくれたように……今度はわたしがアルを助けたい……そう思ってたら……使えるようになってた……かな……? 初めて使ったのはクイちゃんですけど……」

「学校対抗戦のときのだよな。模擬戦の傷つき方じゃねえだろってなってたっけ」

「それを見て、わたしがどうにかしないとってなって……」

「なるほどな」

「うまく言えないけど……適性とかじゃなくって、自分が使いたいと思う事が大事なんじゃない、ですか……?」


 魔法の発動には、強い思いが必要だって事か。なんだかんだと考えていたが、結局のところこれに終始するのだろうか。


「ありがとう」

「全然、大丈夫です……あ、でも……」

「でも?」


 ノーネはもじもじと俯いてベッドに座った。上から見ると明らかな成長が見て取れて――ってどこを見てるんだ俺は。自分で自分をビンタした。


「わたしからも……頼みたいことが、あるんです」

「何だ?」

「その……えっと……」


 ノーネがまたもじもじしだす。


「……こっちに」


 ひとときの沈黙の後、ノーネが少し震えた声で言った。よくわからないが、とりあえず俺もベッドに乗り、彼女の隣に座る。


「……ん」


 刹那、胸に温かくて、柔らかいものが当たる感触がした。


 俺はノーネに、ぎゅっと、抱きしめられていた。


「あー……えっと……」


 しばらく抱きつかれた後、やがてノーネがベッドから降りた。そして俺の手を取り、俺もベッドから降ろさせた。


「こっちに……」


 ノーネは焼き菓子に夢中になっていたウェリカをよそに、俺を部屋から連れ出した。

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