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第49話

「ワンワン!」


 屋敷の玄関まで辿り着くと、艶やかな黒毛の大型犬が勇ましく吠えながら走って出迎えてきた。


「ひいいっ!」


 ウェリカがビビって俺の背後に隠れる。犬は俺の顔を見て吠え続ける。


「この犬……」


 この家で飼われている犬だとするならば、心当たりがあった。


「もしかして……ロージーか?」


 俺は吠える犬に尋ねながら、顎の下を撫でてやった。すると犬は威嚇を止め、つぶらな瞳になって俺を見つめてきた。


「随分とでかくなったな。会ったのは……八年ぶりくらいか? なら当たり前っちゃ当たり前か」

「ねぇこの犬なんなの!?」


 ウェリカが俺の背中にしがみつきながら聞いてきた。


「ホプキンス家で飼われているカメリアンドッグのロージーだ。多分今年で八歳になる雌犬だ」

「そ、そうなのね……」

「ワン!」

「ひゃあぁ!」


 ウェリカもロージーを恐る恐る撫でようとしたが一喝されてすぐに手を引いた。


「この子怖い!」

「お前が怖がってるからロージーも怖がってんだよ」

「って言われても!」


 ウェリカがぷるぷると震える。大型犬にビビる小型犬そのものだった。


「どうしたのロージー……って」


 ロージーの鳴き声に気がついたのか両開きの形状になっている玄関の扉が開き、メイド服を着た淡い金髪の女性が顔を見せた。この人は――。


「お久しぶりです。ルトラさん」


 ロージーを撫でながら、俺はこの家のメイド――ルトラさんに挨拶した。


「まあ! アルじゃないの! まあまあまあまあ!」


 ルトラさんは両手をぱちりと合わせて鳴らし、ふわっと明るい表情になった。


「ノーネに会いに来たんですけど……元気にしてますか」


 穏やかに笑みをたたえているルトラさんに、俺は単刀直入に尋ねる。ノーネ・ホプキンス――ホプキンス公爵の長女であり嫡子でもある元同級生に、俺は会いに来たのだ。


「元気というか、相変わらずよ」

「そうですか……」

「あ! でも、アルが会いに来てくれたって聞いたら、きっと喜ぶと思うわ!」


 ほら入ってとルトラさんは俺を家の中に招く動作をしたところで、俺の後ろに隠れていたウェリカを前に引っ張り出した。ロージーにビビりまくっているせいで身体が硬くなっているので苦労した。


「彼女は…………俺の親戚のウェンディです。最強の魔法使い目指してます」

「最強の? まあまあまあ!」


 うふふと笑うルトラさん。なぜかウェリカに無言で脇腹を叩かれた。なんでだ。妹って言っても生徒って言っても色々面倒になるから親戚って事にしたのに。


「メイドのルトラよ。よろしくねー」

「ウェ……ンディです、わ」


 目線を合わせて微笑んだルトラさんに、ウェリカは恥ずかしそうにしながら挨拶を返していた。


 *


 屋敷の中は清潔に保たれており、廊下の床の左右には等間隔で光を灯す魔道具が置かれていた。ルトラさんに導かれ、俺たちは魔道具の間に敷かれた緑色の絨毯の上を歩く。


「ご主人様と奥様は今王都に滞在中なの。だからここにいるのは、私とロージーとノーネ様だけよ。ご主人様も本当はノーネも王都に連れて行きたいって言ってたんだけどね」


 あんな感じだから、と苦笑いで言うルトラさん。


「この犬はなんなのよ……!」


 ウェリカがとことこついてくるロージーに怯えながら小声で聞いてくる。


「ノーネが拾って来たんだよ。王都の貧民街で」

「貧民街……? 王都の……?」


 ホプキンス領の貴族がそんなとこ行くのか、と言いたげにウェリカが首を傾げた。


「国立魔法学校にいた頃、盗賊団に誘拐されて貧民街に監禁された事件があったんだよ。そのとき会ったらしい」

「誘拐……?」

「十歳の名家の娘なんて、盗賊団から喉から手が出るほど欲しかったんだろう。……ほんと、馬鹿みたいな話だけどな」


 貴族に成り上がりたい奴や上品な娘に下卑た事をしたい奴なんかに、貴族令嬢は高く売れる。それこそ一生遊んで暮らせるくらいの莫大な金が闇の中で動く。冒険者になってからも、外国の貴族の娘がどうのこうのみたいな話はよく耳にしてきた。腹立たしい事この上ないが、それが現実だった。


「アルが助けてくれたからノーネ様は今も生きていられてるの。だから、アルには感謝してもしきれないわ」

「……身体の傷は癒せても、心の傷は癒せなかった」

「いいのよ。命懸けで助けてくれた、それだけでいいのよ」


 後ろで耳をそばだてていたらしいルトラさんが、俺を見ながら優しく言った。だけど、命だけでもとはよく言うが、結局、俺は……。


「あんた……何したの……?」

「誘拐してた盗賊団を見つけて倒して助け出した。はずなんだけど、助け切れなかった」

「それって……」


 ウェリカが何か言おうとしたところで、廊下の端にある部屋のドアの前に着いてルトラさんが足を止めた。


「ノーネ様、お客様よ」


 ドアをノックしながら、部屋の主にルトラさんが喋りかける。


「…………縁談なら、帰らせてください」


 ややあって、ぼそぼそとした声がドアの向こうから耳に入る。


「縁談じゃないわ」

「じゃあ……何なんですか」

「開けてみたら、すぐにわかるわ」


 それから、静かな足音がして、ドアが音を立てて開いた。


「誰です……え……」


 銀色の髪をぼさぼさに肩の下まで伸ばしている部屋の主は、俺を視界に捉えると、幼さがまだ残る顔に驚愕を浮かべた。


「死んだんですか……?」

「死んでねえよ」


 なんでそういう結論になったのかがさっぱりわからないが、とりあえずこの子こそが俺の元同級生、ノーネ・ホプキンスだ。

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