授業7 ノコエンシス領について
「はい! 今日は私、クインテッサ・ノコエンシス理事長がここ、ノコエンシス領について皆さんに教えていきたいと思います!」
授業開始の鐘が鳴り、教壇に立った白衣姿のクインテッサが意気揚々と俺たちにそう言った。魔法とは直接関係ない内容ではあるが、学校がある場所について学んでおくのも大切だろうとの事でこういう授業も実施しているようだ。
「なんであんたがあたしの隣に座ってるのよ」
ウェリカの席の隣に雑に椅子を置いて座っていたら小声で尋ねられた。
「嫌か?」
「嫌じゃないけど……なんでいるのか気になって」
「せっかくだし俺も聞いとけって言われたんだよ。貴族も冒険者もやってたから大体はもう知ってると思うんだけどな」
この場所を治めている側の人間だからこそ知ってる事もあるだろうから聞いておいて損は無いのだろうけど。
「あたしはあんまり他の領地の事知らないのよね。自領から出られる機会もほとんど無かったし」
「……俺が連れてってやるよ。色んなところに」
今まで自由に色々な場所に行く事が出来なかった分、俺がたくさんの場所に連れて行ってやりたい。家からどういう扱いを受けていたのかを直接この目で見て知ってしまった以上、俺に出来る事はしてあげたいと改めて強く思うようになった。
「ほんとに……?」
「……ああ」
信じられない、といった様子で目を見開いたウェリカに俺は首肯した。
「こらー! そこの二人、イチャイチャしないー!」
ウェリカと話していたらクインテッサにびしっと注意されてしまった。
「す、すみません……」
「べ、別にイチャイチャなんか……」
素直に謝った俺の肩をウェリカはぺちりと叩いてきた。こういうのがイチャイチャしてるって言われるんじゃないのかと俺は思った。
「するなら終わってからにしてねー」
あっさりと俺たちにそう言った後、クインテッサは黒板に慣れた手つきでバキア王国の地形を描いていった。
「ここが王領で、王都はここねー。で、ノコエンシス領はこの辺り。見ての通り、王領からはすっごく遠いです」
国土の南側にある王領であるフェロール領に対してノコエンシス領は国土の東側に位置している。ちなみにクラウディア領は北に位置しており、ブーゲンビリア王国とは北端にそびえ立つ山脈を挟んで接している。
「レイクレイン領ってどこにあったの? この前行ったところは王都よりかは近かった気がするけど」
「全体で見れば南東の海沿いにあったな。今は三つぐらいに分割されてるけど」
「ごめん……聞いちゃって……」
「いいって別に」
若干申し訳なさそうにしているウェリカの頭を撫でてやろうとしたが、またイチャイチャしてると言われるのもあれなのでやめておいた。
「ノコエンシス領は降水量もそれなりにあって、農作物の栽培に適している国内有数の肥沃な土地を持っています! 収穫された農作物は周辺諸侯のみならず全国に運送されていて、国内の暮らしを支えているのです!」
クインテッサが自信ありげに説明する。ウェリカは真面目にメモを取り始める。お嬢様らしく、書く字は丁寧かつ綺麗だ。抜け毛にしか見えないライラの字とはまさに雲泥の差である。
「平原も多くて大きな建物を建てる余裕も十分にあったから、魔法学校をどこに設立するべきか周辺諸侯と話になったとき、ここが選ばれたんです!」
なるほどな。この前ウェリカと行った平原もめちゃくちゃ広かったし、その気になればまだまだ開発の余地はありそうだ。
「ぶっちゃけまだまだ土地は余りまくってるのでゆくゆくは魔法の研究所なんかも創っていければいいなって思ったりしてます! まだ何の予定も無いけど!」
なんて思っていたらクインテッサは続けてそう喋った。魔法の研究って言われると向こうでちょっと目を見開いたストレリチアの卑猥なじゃなくて妙な魔法の実験みたいなのがつい連想されてしまうが、実際には新たな魔道具の開発だったり、それぞれの物質に含まれているマナの分析だったり色々あるんだろうな。
「後は領都のヌチオズを風光明媚な観光都市として売り出していきたいなーなんて思ってたりもしてて……とりあえず今後に期待って事で!」
ノコエンシス領は良く言えば自然豊かな景勝地、悪く言えば草と木しかないようなところがほとんどな田舎だ。このまま自然を前面に押し出すのもいいし、余った土地を贅沢に使って発展を進めていってもいいと俺は思うが、今後この地がどうなるかは次期領主となるクインテッサに託されている。わかってはいたが、こう考えると領主って責任重大だな。
「ヌチオズ湖に生息している魚は正直――」
クインテッサはその後も色々と土地の説明や未来の展望や不味い魚でも美味しく食べれる方法などを説明し、授業終了の鐘が鳴った。
「とまあ、領地に関してはこんなところです! 今度はノコエンシス家についても教えていきたいと思うからよろしくねー」
クインテッサは俺たちに手を振って教室から去って行った。続けて席を立つ音が聞こえたので右に顔を向けると、レイノが荷物を持ち立ち上がっていた。
「レイノ――」
「ちょっと……外の空気……吸ってきますね……」
話をしようとしたが、レイノはそう告げるとクインテッサが閉めたドアをそそくさと再び開けて出ていってしまった。
書架整理をした日の翌日にレイノは学校に戻ってきた。が、俺が話しかけてもこんな感じでまともに受け答えをしてくれなくなってしまっている。
「避けられてんのかな、俺……」
俺は天井を仰ぎながら呟いた。実際そうとしか考えられないが、なぜなのか理由が全くわからない。
「あたしも同じような感じよ。何してたのって聞いてもはぐらかされてるって感じで、全然答えてくれないのよ」
ウェリカがノートを閉じながら言う。そうしてそのまま「あんたらは?」と首で振り向き後ろに目をやった。
「わたしも……よくわからない……」
「彼女も彼女で、色々あるんだろうね。ひとまず、本人が話してくれるのを待つしかないんじゃないかな」
後ろ側の席のオルシナスとストレリチアも、やはり理由はわからないようだった。
どうか、何事も無い事を祈る。




