第37話
暗い。
どこを見渡しても、一面真っ暗闇で、上下左右の感覚もめちゃくちゃだ。
どうして俺はこんなところにいるんだ?
そうだ。確か俺はシンシュさんを庇って、黒い筒から放たれた鉛玉で身体を撃ち抜かれて――で、どうなったんだ?
……死んだ? じゃあなんで俺は今ここでこんな事を考えていられているんだ?
死んだら脳の機能も止まる訳だから、無論こうして物事を考える事も、自分が現在置かれている状況も認識出来なくなるはずだ。
でもそうなっていない。じゃあここは死後の世界だとでもいうのか? 死んだ後の魂がうろうろしている世界か? なら他の魂はどこにいる?
「おにいっちゃーん! 会いたかったでーすよー!」
なんて考えていると俺の妹であるフィオラの姿をした何かが目の前に現れた。
「再会のお祝いにちゅーしましょ! ちゅー!」
「誰だお前は」
「なななっ!? まさかおにーちゃん、妹の事を忘れたのですか!? そうなのですか!?」
「フィオラは俺を兄さんと呼ぶし、そんな馬鹿みたいな喋り方もしない」
俺が言うと、フィオラの姿をした謎の存在はつまらなさそうにため息をついて、だらしなくあぐらをかき始めた。
「暗闇の中から現れたのだから、少しくらい騙されてくれてもいいだろう」
「誰なんだお前は」
「君が知る必要は無いし、教える気も無いよ」
偽フィオラ(仕方ないのでそう呼称する事にする)は俺と顔を合わせる事も無く、何も見えない上をじっと見つめたままそう言った。
「教えたところで、目覚めればどうせ何もかも忘れるからね」
「目覚めればって……俺、生きてるのか!?」
「死んでいるのならこんな状況生まれて無いだろう。とはいえ銃弾を三発も食らったんだ。今にも死にそうだよ」
死にかけなのか俺……。でも痛みも何も感じないから、いまいち実感が湧かない。
「死んでいないのはウェリカの婚約者であるガランスが回復魔法を使ってくれたお陰だよ。彼に感謝しないとね」
「そうなのか……」
確かブーゲンビリアの第二王子って言ってたっけ。彼も俺と同じ回復役なのだろうか。冒険者じゃないからそういう呼称は不適切なのかもしれないけど。
「だけどシンシュを庇う必要なんてあったのかな。彼女はカトレアの従者で、会ったばかりで他人も同然じゃないか。果たして身を挺する価値はあったのかい?」
「価値があるとか無いとかじゃない。守れるから守っただけだ」
このままだとシンシュさんが撃たれると思って咄嗟に身体が動いた。少なくとも、守る価値がある無いとかは全く考えていない。
「もう貴族でもないのに、いかにも貴族らしい答えだね」
「爵位を失っても、貴族の教えまで捨てるつもりは無い」
民の上に立つ者として、民を守る。どうやら今は死にかけみたいだけど、これからもそうして生きていきたいと思う。
「ところで君はウェリカの事が好きなのかい?」
「はあ!?」
脈略も無く偽フィオラに唐突に聞かれてつい大声が出てしまった。
「こうなる危険も承知の上でカトレアについて行ったのだろう? むしろ好き以外の理由があるのかい?」
「好きっていうか……守ってやりたいんだよ」
「それも貴族の教えからかい? それとも彼女が私に似てるからかい?」
「お前はフィオラじゃないだろ。偽物が」
「やはり、私と私のような能力を持っているあの子を重ねているのかい?」
偽フィオラは俺の発言を無視して質問を続けてきた。
「重ねちゃいけないのはわかってるよ。だけどフィオラが抱いていた夢、最強の風魔法使いに、ウェリカが一番近いんだよ」
「最強の風魔法使いか。なぜウェリカにそんなポテンシャルがあるのか、君は知っているかい?」
「シンシュさんが言っていた。風邪を引いて死にそうになって治ったらあんな魔力が宿っていたって」
「あんな阿呆みたいな話を君は信じるのかい?」
「だけど、嘘をついていたようにも思えなかったし……」
シンシュさんも事実そうなっているから、みたいな感じだったし。嘘ならあんな言い方はしない、はずだ。
「どうせ起きたら忘れるから言ってあげよう。なぜ彼女があれほどの魔力を持っているのか。それは――」
「……それは?」
偽フィオラは足を組みなおしてから俺の目をじっと見た。こいつは何か理由を知っているのだろうか。
「私が彼女の命を助けるついでに、その魔力も植え付けたからだよ」
「なるほど……ってなるか! おかしいだろそんなの!」
仮に百歩譲って植え付ける事が出来たとしても、並の魔法使いの九百倍の魔力なんてついでで植え付けられる次元じゃないだろ!
「そもそもお前何なんだよ!? 死にかけた俺の変な妄想か!?」
「妄想とは失礼だな。今は死んだ君の妹の姿を借りているけど、正真正銘、私は生きた存在だよ」
「どういう存在なんだよ!?」
「言ってもどうせ忘れるよ」
「いいから言え!」
忘れるかどうかなんて、実際目覚めてみるまでわからないだろ。
そう思っていると、偽フィオラは口角を少し上げて。
「私は、神にも等しい存在だよ」
はっきりと、そう言った。
「神じゃないのか?」
「神にも等しい存在だよ」
あくまでも神ではなく、神にも等しい存在らしい。結局どういう存在なんだよ。
「おっと、そろそろ意識が戻るようだよ。どうやらお別れの時間のようだ」
「待て! 最後に一つ教えろ!」
次第に視界の上側が明るくなり、同時に薄くなってゆく偽ウェリカを慌てて呼び止める。
「何だい?」
「お前の言ってる事が本当ならどうしてウェリカに魔力を植え付けた!」
俺の問いに、神にも等しい存在は俺の前から姿を消してこう言った。
「だって、魔法が使えない家系から世界最強の魔法使いが出てくるなんて、面白い事この上無いだろう?」
そうして、俺の意識は光の差し込む方へと引っ張り上げられていった。




