第26話
「……何しに来たの」
授業を抜けさせられて応接室に連れて来られたあたしは、黙ってソファーに腰かけていた父上と母上に立ったまま言った。
「理由も無いのに来る訳が無いだろう」
父上は冷たい声であたしに言う。いつもそうだ。
「……じゃあ、何なのよ。その理由とやらは」
「お前の縁談が纏まった」
「は?」
考えるよりも先に、声が出た。
「話し合いはね、前から進んでいたの」
母上が言う。
「相手はブーゲンビリア王国の第二王子、ガランス・フォン・ブーゲンビリア殿だ」
父上がそう言った。ブーゲンビリア? 第二王子?
「このまま私達と一緒に帰るぞ」
「な……に……」
何か言わないと。心ではそう思っているのに、唇が震えて、動かせない。
「今までこんな田舎にいさせてごめんね。でも、これからはもっといいところで暮らせるから。ブーゲンビリアの王都のマソティアナってすごい場所なのよ? ギガンテアとは比べ物にならないくらいに――」
「ふざけないでよっ!!」
自分でも信じられないくらい、大きな声が出た。
「あたしを『こんな田舎』に連れて来させておいて勝手に縁談をしておいて纏まったので帰りましょう? ブーゲンビリアの王子と結婚しましょう? 冗談も大概にしてよ! それではいそうですかなんて言える訳が――」
「勘違いするな」
溢れ出てくる感情に身を任せて発した言葉も、父上にあっさりと止められた。
「初めからお前に選択肢など無い」
「だったら……なんであたしをここに通わせたのよ!」
「縁談を纏めるまでの単なる時間稼ぎに過ぎない。魔力制御とやらが出来るようになるかもしれないという一縷の望みもあったが、無意味だったな」
「無意味……?」
その言葉を聞いた瞬間。
あたしの中で、何かが、切れた。
――水の剣が欲しい。
願うと、すぐに叶った。
「殺してやる!!!!」
「ウェリカ!?」
あたしは叫びながらソファーの前にあった机に飛び乗ると、上から父上の首元に鋭い水の剣の切っ先を突きつけた。焦りの声を上げる母上に対して父上は何も言わない。
「……水魔法か。化け物度がますます増したな」
首元を刺そうとした瞬間、父上は懐から持ち手のついた黒くて小さい筒のようなものを取り出した。
「ブーゲンビリアで作られている武器だ。これを使えば私のような『人間』でも瞬時に化け物だろうが何だろうが簡単に殺す事が出来る。それにここで私を殺せば、お前の居場所はどこにも無くなるのをわかっているのか?」
父上にそう言われた瞬間、あたしの手から剣が消えた。手には、冷たい水の感触だけが残る。
「自分でもわかっているんだろう? 自分が『化け物』だって事を」
……やめて。
「光栄に思え。そんなお前にでも、役割が出来たんだ」
……やめてよ。
「内戦を終わらせる『兵器』としての、な」
「あああああああああああ!!」
あたしは何も考えられなくなって、応接室から飛び出した。