第24話
「「病めるときも、健やかなるときも、互いを愛し合い、生涯支えあうことを、ここに誓います」」
祭壇の前で新郎新婦が呼吸を合わせ、愛を誓い合う。
「では、誓いの口づけを」
傍らに立っていた初老の司祭が促すと、オービンはアーレットと向かい合い、一歩彼女に近づいた。そしてアーレットのベールを丁寧にゆっくりと上げて下ろす。遮るものが無くなったアーレットが微笑むと、オービンは顔を近づけ――。
数秒間、アーレットの唇に、美しいキスをした。
こうして、二人は一つの家族となった。
*
「教え子が結婚するのってこんなに感慨深いものなんですね……! 私感動して泣いちゃいました……!」
式が終わり、帰りの馬車のキャビンの中で目の周りを少し赤くしたメーデル先生が言った。ほぼ他人も同然だった俺でもキスのときは心を揺さぶられたので、それが元教え子なら喜びもひとしおだろう。と、ふと隣に座る俺の現役教え子に目をやる。
「二人ともすごく幸せそうだったわね」
変装のために掛けていた眼鏡を外しながら、ウェリカが呟いた。
「そりゃお互い愛し合ってて、その証として結婚する訳だからな」
「……貴族の場合は、どうなのよ」
「貴族だって愛のある結婚はするさ」
「けど……全員が全員愛し合っている訳ではない……。でしょ……?」
「……まあな」
貴族の場合は互いの家の関係性の構築だとか、財産をともにする事による家の繁栄だとか、領地にもたらされる影響だとかの政治戦略的な意味合いがどうしても強くなってしまう。そもそもお互い愛し合っていたとしても、周囲に相応しくないと判断されればそれで終わりだし、貴族に成り上がろうと目論む平民に擦り寄られ続けたり、財産目的で誘拐されて強引に婚姻させられたという話もある。だから平民と何ら変わらない結婚が出来るとは絶対に言えない。
「だけど、俺の両親はちゃんと愛し合って結ばれたんだってよ」
確か社交界で会って意気投合して、逢引きを繰り返して――って聞いた記憶がある。それでも、互いが互いに相応しい血統を持っていたから最終的に結婚する事が出来た、というのは否めないのだろうが。
「そう……」
「だからお前も、いつか好きな相手と結婚出来るといいな」
俺の言葉にウェリカは何も言わなかった。今までの話を聞くに、他の貴族どころか平民との関わりもほとんど無かったのだろう。頷けないのも無理はないか。
「……ちなみになんですけど、アルドリノール先生って今ご結婚考えてる相手とか……いらっしゃるんですか?」
馬車が走る音だけが響く中、メーデル先生が沈黙を破り、俺の目を覗き込みながら聞いてきた。
「今はいませんけど」
「って事は以前はいたんですか!?」
素直に言ったら食い気味にメーデル先生が近づいてきた。
「まあ……」
「誰ですか!?」
「いや、それは……」
「……ギルド職員よ」
「ぶふぉあ!?」
言わなきゃダメですかと思いながら言い淀んでいると、ウェリカが暴露しやがったので思わず変な声で噴き出してしまった。
「ギルド職員ですか!? まさか受付嬢!?」
「……はい」
「巨乳だったの?」
「……はい。ってなぜお前も質問してくる!?」
二回目の質問にも普通に首肯してしまってから二回目は横からの声だったという事に気づいた。
「いいでしょ別に!」
「その質問じゃ俺が巨乳好きみたいに思われるだろうが!」
「事実でしょ?」
どうしよう。否定できない。どうしよう。
「なぜ結婚しなかったのかと言いますとですね。すれ違う時間が次第に増えて、考え方の違いも顕著になり始めて、このまま一緒にいても良い結末にはならないと思ったからです!」
だから聞かれてもいない事をメーデル先生に答えた。
「難しいものなんですね……。結婚するっていうのも……」
「そうですね……ははは……」
上手く話題を逸らせたな。あとはこのまま――。
「帰ったら焼肉、食べましょうね」
「はい! 私のクラスと、アナザークラスの皆さんも呼んで皆で食べましょう!」
よし、焼肉に持っていけた。
「ねえ、なら貧乳も好きなの? 答えなさいよ」
と思ったのにウェリカに蒸し返された。
「ノーコメントだ!」
「じゃ――」
「ノーコメント!」
それから到着まで、これで押し通した。