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第19話

 時間の空いたある日の放課後、俺は少し重い巾着袋を手に持ちながら学生寮まで足を運び、ストレリチアの部屋のドアを開けた。


「ストレリチアー?」

「ひゃあ!? の、ノックぐらいしてよ!」

「ごめんなさぁい!」


 慌てて閉めた。どうやら着替え中だったらしい。視界に映ったのは一瞬だったが、上下ともに淡い水色だった。にしてもあいつ、性格には難ありだが体つきはやはりなかなか――って生徒相手に何を考えているんだ俺は!


「入っていいよ……はぁ」


 しばらくしてドアが開くと、厚手で灰色のパーカーとレースのついた黒色のスカートを着たストレリチアがため息をつきながら顔を見せた。


「お邪魔します……」


 しずしずと部屋の中へと入っていく。部屋を見渡すと、予め備え付けられている家具しか無く私物も必要最低限に留めてられているなという印象を受ける。一言で言えば、広々としたシンプルな部屋だった。


「ボクが頼んだものは持ってきてくれたんだよね?」


 ふくれっ面のストレリチアが俺に手を伸ばしながら聞いてきた。実は以前からこいつに新しい魔法の研究に必要な素材を持ってきてくれと頼まれており、ウェリカとの墓参りの行き帰りの合間合間だったりでこっそり素材集めもしておいていたのである。具体的には木の実だったりキノコだったり馬の毛だったり雑草だったり毛虫だったりを集めてきた。


「ほらよ」


 俺はストレリチアに素材が入った巾着袋を手渡した。


「礼を言うよ。お返しは……さっきしたからいいよね」

「何かしたか?」

「しただろう! その……ボクの下着を見せただろ!」

「いや……あれは見せたというよりは……」


 チラっと見えちゃったというか……。実際見たのも一秒くらいだったしあれをお返しと言われてもな……。いやいや別に見返りを求めてる訳でも無いしこいつの下着を見たい訳でも無いけど!


「わかった……。確かにあの程度でお礼というのも虫が良すぎる気がするしね……」


 ストレリチアは覚悟を決めたような顔をすると、着ていたパーカーの裾に手を掛け一気に脱ぎ払った。その後すぐさまスカートも下げる。


「これでいいだろう!?」


 水色の下着姿に戻ったストレリチアが色白の肌を露わにし、俺の前に立ちふさがりながら顔を真っ赤に染めて言った。上半身は無駄のない肉付きでありながらも出ている所はしっかりと出ており形も大変素晴らしく、下半身もなだらかなラインを傷一つ無く描いておりそれはまさに新雪の如き美しさであった。違う! いや違くは無いが違う!


「脱げとは一言も言ってない!」

「けれども……他に返せるものは無いんだ!」

「もう何もいらないから!」


 最初から何かくれとも言ってないけど!


「それより! 今度はどんな魔法を作るつもりなんだ!?」


 強引に話題を変える。するとストレリチアはどこからともなく魔法陣が描かれた紙を取り出すと、俺の足元に置いた。


「遠くの人の現在を見通す魔法だ!」

「なんだそれ」

「簡単に言えば、対象の人が今どこで何をしているのかを見られる魔法だよ。ボクの理論が正しければ、どんなに遠くにいる人でも見る事が出来るはずだ」


 下着姿のストレリチアが説明を続ける。とりあえず魔法陣だけ見ておこう。


「今回のに限らずボクの作る魔法は緻密なマナの調整が重要でね。特定の属性が特定の比率で含まれている物質が必要不可欠なんだ。だから先生が持ってきてくれた素材をこの魔法陣の決まった位置に置くことで、初めて発動可能になるんだ」

「大変なんだな」

「自分の理想を叶えるのは楽じゃないって事だよ」


 下着姿のストレリチアが床に座りながら偉そうな口を叩いたので俺も合わせて床に座った。背中も綺麗だな……ってどこを見てるんだ俺は!?


「見たいなら……もっと見ていいよ……。先生のお陰でここまでこれたんだから……」


 不意に至近距離で顔が合い、ストレリチアはもじもじとしながら小さな声で囁いた。そう言われ思わず真っ赤な顔の下に目が――いくな俺! 下がっていた顎を手で正面に戻す。


「恥ずかしいならさっさと服着ろ!」

「でも……」

「もう十分受け取ったから! 魔法の発動で一番大切なのはイメージだろ!? お前は今その状態で明確にイメージ出来るのか!?」

「なんとかしてみせる……」

「俺がなんとかならなさそうだから着せるぞ!」


 俺は脱ぎ捨てられていたパーカーを拾い、上から強引に被せる。このままだと俺の脳内がやらしいイメージで覆いつくされてしまいそうだ。


「ひゃあん! じ、自分で着るから……!」


 敏感な部分に触れてしまったらしく艶めかしい声を上げさせてしまった。本当に一体どうしてこうなった!?


「ほら着たよ……」


 これでお互い少しは落ち着けるだろう。しかしパーカーだけを着ているのでギリギリパンツが見えるか見えないかという状態になってしまいこれはこれでそそられてしまいそうになるな俺!


「ともかくボクは……この魔法を使って先輩の様子を見たいんだ」

「先輩ってこの前俺が変身させられた子か?」

「そうだよ」


 あの時の記憶は所々抜け落ちててよく覚えてないけど、自分が女の子なんじゃないかと錯覚していた気がする。


「ボクはこの学校に来る前にも違う学校に通っていてね。彼女はその頃の先輩だった人なんだ」

「その先輩は今何してるんだ?」

「ここからずっと遠い場所で頑張ってるよ。いつまた会える日が来るのかわからないけれど、今元気か元気じゃないかくらいは知っておきたいんだ」

「なるほどな」


 俺もたまにライラやカイリが今どうしているのか気になる事があるから気持ちはわかる。とはいえそういうやり方は盗み見してるみたいで少し気は引けるが。


「じゃあ、発動するよ……」


 素材を魔法陣に置き終わったストレリチアはそう宣言して目を閉じると、魔法陣の中央に手を置いた。その瞬間、様々な属性のマナの奔流が肌をぴりつかせる。


「よし……よし……! いい感じだ……! 先生も目を閉じて、ボクの手に手を重ねてみて……!」

「わ、わかった」


 ストレリチアに言われるがまま、俺も目を閉じ、魔法陣の上に置かれたストレリチアの両手に自分の両手を重ねる。彼女の手は小さくすべすべしていて、温かった。


『お願いだから……大人しくしてて……ね?』


 すると脳内に、見覚えのある茶髪で幼い顔立ちの女の子の映像が浮かび上がる。家の中なのだろうか、白壁の部屋の中で細長く派手な模様の金属の筒を手に持ちながら、壁の隅にいるゴキブリに怯えた声で話しかけていた。


『いやぁぁぁぁ! ごめんなさいごめんなさいごめんさなあああああああ!』


 女の子が筒の先から霧のようなものをゴキブリ目掛けて吹きかけるとゴキブリは女の子に向かって飛翔した。そんなゴキブリに女の子は悲鳴を上げながら謝罪すると背中を向けて逃げ出した。


『どうしたんですか先輩。ゴキブリですか』


 すると部屋のドアが開き、服を着崩している金髪の少年が気怠そうに姿を現した。


『そそそそっそそそ! ごごごごごき、ごごご!!』

『落ち着け。はぁ……仕方ないですね……』


 少年は履いていたスリッパを脱ぐと、床の上を走っていたゴキブリを瞬く間にそれで叩き潰した。


『これでいいですか?』

『あ、ありがとぉ……』


 先輩は涙目で少年にお礼を言って――映像はそこで途切れた。


 目を開けると、ストレリチアが俺の手とともに魔法陣から手を離していた。


「なんか……ゴキブリに負けて男の子に助けられてたな」


 ピンクスライムに負けて俺に助けられたストレリチアを見る。


「ストレリチア……?」


 彼女の顔はさっきまでとは正反対に、真っ青になっていた。


「どうしよう先生!? 先輩に男ができてる!」


 ストレリチアが俺の肩に縋りつきながら言った。


「あの男の子も先輩を先輩と言っていたし、ただの後輩という可能性も――」

「絶対無い! あの距離感は間違いなく同衾してる!」


 全否定されて思いっきり枕を投げつけられた。


「俺に当たるな」

「あの金髪は誰なんだ!」

「お前も知らなかったのか?」

「あんな後輩知らない!」


 なぜか俺の肩をポカポカと叩き始める。


「だから俺に当たるな!」

「なんで先輩は! あんなガラの悪そうな男と! 一緒にいるんだ!」

「知るか! そもそも先輩が誰と付き合ってようが先輩の自由だろ!」

「うるさい! ボクは……ボクは……うわああああああん!」


 ストレリチアが俺に抱き着いてきて号泣しだした。もう聞かなくてもわかるから聞かないが、こいつは先輩の事が好きだったんだろう。


「まあ……なんだ。辛いよな。片思いしてた人に、相手がいたっていうのは」

「ぐずっ……知ったような口をきくなあああ……」


 背中を叩いてやりながら励ますが、あっさりと見透かされてしまった。付き合った後の破局の辛さはわかるが、俺には失恋の経験が無いからどれほどの辛さなのかがあまりよくわからない。


「ごめん。だけどまた新しい恋を探せば……」

「どうやって! ボクには先輩しかいなかったのに!」

「いつかまた、いい人と巡り合えるさ」

「いつかっていつだよ!」

「俺にもわからないけど、頑張って生きていればそのうち来るよ。きっと」

「ううっ……うわわああああ……」


 こういうとき、どうすればいいのか俺にはわからない。だから俺は、くっついて離れようとしない彼女の身体を優しく撫で続けたのだった。


 *


「すまない……取り乱してしまって……」


 ストレリチアはしばらく泣き続けた後、目の周りを赤くしながら俺に頭を下げてきた。


「泣きたいときは泣きたいだけ泣いたらいい。そういう日は、俺にもあるから」


 つい最近もそういう日があったし。


「ありがとう……。すぐには立ち直れそうにはないけど……なんとか頑張ってみるよ。新しい恋とやらを探すために」

「そうか。頑張れよ」


 俺はそれだけ言うと立ち上がり、ドアの方へと向かう。


「また何かあったらいつでも言ってくれ。お前の担任として、何でも相談に乗ってやるから」

「ま、待って!」


 かっこよく去ろうとしたところで、ストレリチアに慌てた様子で呼び止められる。ストレリチアは立ち上がると、真っすぐに俺を見つめて言った。


「ボクは……研究の協力さえしてくれるのなら誰が担任でもいいって、そう思ってた。だけど今は、先生が担任で良かったって思うんだ。だからさ、また……素材集め、してくれないかな?」

「任せろ。あ、でも次はストレリチアと一緒に集められたらいいな」

「え……!? それって、どういう……」

「素材を見つけても本当にこれでいいのか判断できないときがあるんだよ。だからお前も一緒にいてくれたらやりやすいなって」

「そういう事か……まあ……いいよ。その方が確実だからね」


 ストレリチアはなぜか俺から顔を逸らしながら頷いた。もしかしたら、泣き腫らした顔を見られたくなかったのかもしれないな。


「じゃ、また明日な」

「あ、うん。また、明日……」


 これ以上顔は見ない方がいいなと思ったので早々と部屋から出た。それに、俺の顔もあまり見られたくなかったし。


「先生が担任で良かった」って言ってもらえて、ちょっと泣きそうになったから。

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