第159話
「――」
グラウンドから空を見上げると、夏特有の透き通るような青が視界を埋め尽くす。同時に強い日差しも目に入り、無意識のうちに細めた。季節はもう、すっかり夏だ。
オルシナスはブーゲンビリアの研究所で「作り出された」存在であるらしく、異質な魔力や突き抜けた天才としか形容できない才能もそれに起因するものであるらしい。
一方でその力を手に入れた代償も大きいらしく、寿命が極端に短く「設定」されてしまっていたらしく、あの一件はまもなく自らの命が尽きることを理解したが故の行動らしかった。
「ね――!」
もっとも、彼女は死なず、一週間経った今日だって変わらずに教室にやって来て、いつも通りウェリカとストレリチアが騒ぎ、レイノが苦笑いするなか、表情を変えずに真面目に俺の授業を受けてくれていた。
「ちょ――!」
だがしかし、何はともあれ無事でよかったよかったと一安心――とはいかないのが今回の件だ。なんせ彼女が死ななかった原因が、彼女自身もわからないと言うのだから。体調は良好らしいが、だからと言って死ぬ運命から逃れられたと決まった訳ではないだろう。そもそも人はいつ死ぬかわからないし、俺だっていきなり銃で撃たれて死にかけたのだからあまり考えすぎるのもどうかとも思うのだが、やはり不安を感じずにはいられない。
だからせめて、この学校の生徒でいられるうちは――「ウェリカスプラッシュ!」
「ぐああああああああああああああ!」
いきなり顔面に強烈な水魔法を喰らい宙を舞い、地面に墜落させられた。一瞬死んだかと思ったぞ。ていうかウェリカスプラッシュって何だ。
「どんな魔法だそれ……」
くらくらする頭を光魔法で癒し、じゃりじゃりする口を水魔法でゆすぎながら、俺はさっきまで俺がいた場所でなんか怒った顔をしているウェリカを見やった。いつからいたんだあいつ……。
「あんたを追い越すために編み出したあたし特製の水魔法よ! あたしだって自分で魔導書とか読んで勉強してるんだから!」
「追い越そうとするのはいいけど、殺そうとするのはやめてくれ……」
「でも、死んでないでしょ?」
俺の元に歩き寄りながら、杖を振り回し薄く微笑んでくる。
「だったら別にいいわよね? みたいな顔をするのはやめろ!」
「ちゃんと手加減してるから大丈夫よ!」
まあ、手加減されてなかったらとっくに死んでるな。
「とりあえず、無暗に人に向けて撃たないという常識も勉強してくれ……」
「あんた以外には撃ったことないから安心しなさい」
まあ、俺以外に撃ってたら婚約とかそれ以前に退学になってるよな。
「俺にも撃つな」
「あたしが来たって気づいたら撃たなかったわよ!}
「ああそうか、ウェリカが来てることに気づかなかった俺が悪――い訳ないだろ!」
「だってあんたいっつもいっつもあたしに気づかないじゃない!」
「それは……まあ……ごめん」
考え事に夢中になっていると周りに意識がいかなくなってしまうのが俺の悪い癖だ。改善しようともしているが、なかなかできそうにもない。
「べ、別にいいわよ。最終的にはこうして気づいてくれるんだし……」
「気づいてるっていうか、気づかされてるって感じだけどな」
「次はちゃんと気づきなさいよね!」
そう言ってウェリカは俺を置いたまま校舎に――ってちょっと待て。
「俺に何か用があったんじゃないのか?」
「ああ、そういえばそうだったわね」
俺が呼び止めると、ウェリカは足を止めて振り向いた。同時に制服のポケットから1枚の手紙を取り出し俺に向かってぴらぴらさせてくる。
「今朝姉上からこの手紙が届いたのよ。けど、内容がちょっとね」
「ちょっとって?」
「なんかね、ブーゲンビリアの内乱がここ数日で急に激しくなったらしいのよ。今のところ領地にまで被害は来てないらしいけど、一応あんたにも伝えておこうって思って」
「そうか……」
今度は一体、何が起ころうっていうんだ。
「はぁ……」
どうかこのまま、平穏な学校生活を送らせてやりたいけど、どうなることやら……。
「ま、あたしが退学になることはないから、そこは安心しなさいよね!」
ため息をついた俺を見たからか、ウェリカが笑顔で俺の顔を覗き込みながら明るくそう言ってきた。
どうかこのまま、彼女が笑って過ごせますように。
俺は心の中で、そう思ったのだった。
ああでも。
「さっきの水魔法の水だけど、少し生温かった。まだ使いこなせてない証拠だからこれから特訓するぞ」
「いじわる!」
怒った表情も、ついつい見てみたくなるな。




